14. 世話焼きな熊オヤジ
昨夜は疲労のあまり、電池が切れた時計のように固まって眠った。
一晩床の上で寝たことで背中が若干痛かったが、それでも体は軽くなったように感じられた。
上体を起こして部屋の中を確認してみると、すでにベッドはもぬけの殻となっている。相変わらずラウラは早起きだな。
そう思いつつ、喉が渇いたので水を飲むために部屋を出ようとした。
その時、ドアが勢いよく開けられて俺の顔面に直撃した。
「うぎゃ」
内開きのドアが顔に当たり、俺は再び床に倒れこむ。
それと同時にやってきたラウラが、声を荒げる。
「ちょっとキリル、一体いつまで寝たら気が済むのよ!」
「~~~~~」
倒れこんだ俺を起こそうと肩をつかみ、体を揺すってきた。
空腹、尿意、寝起きの低血圧。そこに加えてぶつかった痛みに悩まされているところへこの仕打ち。目が回ってさらに気持ち悪くなってくる。
しかし、ラウラは俺の気持ちなどお構いなし。
「起きろ~、キリル~。もうお昼だぞ~」
「んあ~~~」
まだ頭がはっきりしていないせいで、だらしない声が出た。
「……はい、起きよっ」
「あと5時間……」
「何を寝ぼけたこと言ってるのよ。その頃には夕方になってるわよ」
「ぅが~」
「全く……」
ラウラはやれやれと言わんばかりに息を吐き、魔法で水球を作り出した。
そして、それを俺の頭にぶつける。
「うわっ! 何するんだ!?」
「目、覚めた?」
「…………はい」
目の前で仁王立ちするラウラの姿を認め、抵抗を諦めた。
もしラウラが俺の実家であるスラクシン家にいたら、ヒキニートになることはなかったかもね。…………いや、それはないか。
♦
カランコロン
俺が朝食を兼ねた昼食を済ませると、ラウラと共に【マショディック】の冒険者ギルドを訪れた。
現状、お金に困っているというわけではない。それでも少し余裕があるだけに過ぎず、無理のない程度に稼いでおくに越したことはない。
ギルドにある依頼の紙は、ギルドがクライアントからの申請を受理すると掲示板に張り出される。そのため、朝一で来なければ良い物が残っていないというようなことはない。
家事手伝いから護衛や救助など、様々な依頼がある。
「う~ん、色々あるわね。キリル、そっちに何か良いのあった?」
「いや、どれも面倒くさそうなのばっか」
「……逆に聞くけど、どういうのだったらいいの?」
「交通量調査と深夜のガソリンスタンド」
「ゴメン、ちょっと何言ってるか分かんない」
「それか、道路沿いで看板持って突っ立ってるアレ」
「……とりあえず、キリルにやる気がない事だけは分かったわ」
俺に頼った自分がバカだったとばかりに、ラウラは1人で依頼を物色する。
「キリルは闘えないし、討伐は厳しいかなぁ。でもキリルならアレがあるし、いけそうね」
「ふぁ~あ」
ウンウン言ってるラウラの横で俺があくびをしていると、背後から野太い声が聞こえた。
「おう、お前ら見ない顔だな。新入りか?」
振り返ってみると、熊がいた。
否、厳密には熊のような男だった。
「…………熊?」
「だ、誰が熊だ! 俺か、俺のことか!?」
思わず声にしてしまったことで、男は憤る。
俺は熊が弱そうな新人を弄んで楽しもうとする人種かと思い、反射的に身構えた。
「すみません、連れが失礼なことを言ってしまって……。ところで、私たちに何か用ですか?」
ラウラが素早く謝罪したことで、熊男はそれ以上荒れることはなかった。そして、「まあいいか」と呟いてから俺たちに話してきた。
「俺はメドベ、冒険者をかれこれ20年以上やってるんだ。ちょっくらBランクの俺が、先輩として色々と教えてやるよ。な~に、俺の言う通りにしていれば、悪いようにはしないさ」
やっぱり新人いびりじゃねーかーー!!!
俺は熊を敵認定し、咄嗟に自分とラウラにバリアを発動させる。そんな俺につられてか、ラウラもいつ熊が攻撃してきてもいいように構える。
ところが熊は俺たち2人の様子を見て、慌てて両手を体の前で振った。
「お、落ち着けって! 俺は別に、お前たちに危害を加えようとしたんじゃねえ。そもそも俺はこのギルドの職員でもあるんだ。ホラ、これを見てくれ」
そう言うと、熊は懐からゴールドカードのような物を取り出して見せてきた。
それは、熊が冒険者ギルドの職員であることを示す身分証だった。カードの中央には『メドベ・カルツェグ』と書かれている。
「あ、ホントだ。もうキリルったら、いきなり闘おうとするんだから」
「イヤ、だって……」
ラウラの説教を食らった俺を見て、熊改めメドベさんが大きく笑った。
「ハッハッハッ! いやいや、見ず知らずの相手に警戒を怠らないことは、冒険者として大事なことだぞ。まあ、俺もこんな見た目だから、誤解されることも多いんだ」
てっきり外見だけで誤解してしまったと分かり、俺はバリアを解除する。
バリアも体内エネルギーである魔力を消費するため、常に使い続けることはできない。内側から疲れてくる感じ。
「でも、何でギルドの職員であるおじさんが、冒険者をされているんですか?」
「ああ。俺は普段はギルドで働いてるけど、休みの日には冒険者として若い連中の指導とかやってるんだ。あと、俺のことは気軽にメドベと呼んでくれ」
ラウラの問いに、メドベさんが快活に答える。
新人の敵どころか、聖人君主のような方でした。
「すみません、早とちりしてしまって。てっきり新人いじめかと思ってしまいました」
俺はメドベさんを疑ったことを素直に謝った。
「ハッハッ、気にすんな坊主。魔法使いなんか、見た目だけじゃ実力が分からない。外見に油断して気安く絡むと、こっちが火傷することもあるからな」
「うっ」
初対面の人を外見で判断したことについて揚げ足を取られ、俺は言葉に詰まった。
「そうでしたか。私たちも冒険者としての経験が浅いので、メドベさんの申し出はありがたいです」
「おう。遠慮せずに俺を頼ってくれ。特にそっちの坊主なんか、まともに闘ったこともなさそうだしな」
「うっ」
メドベさんの無自覚によって、俺の精神ポイントはドンドン削られていった。
何気ない一言が、誰かを傷つけることもあるんだよ。
「そうなんです。でも、守りだけは一人前なんですよ」
「…………」
ラウラが俺の傷口に塩を塗った。
多くの人がいるギルドの中で、俺が回復魔法を使えることを言わなかったことは、ラウラなりの配慮だろう。けれど、どうも釈然としないな~。
「そうか。だがな、守りがしっかりしているってのは大切だぞ。命あっての物種だからな。敵を倒すことよりも、味方を守ることの方が重要だ」
気落ちした俺を励ますことも欠かさない。メドベさんは指導者としても優秀なようだ。
「だが、坊主が戦えないとなると、無難に清掃とか採取とかにした方がいいかもな」
「あ、メドベさんが指導してくれるなら私、討伐依頼を受けたいんですけど……」
メドベさんが適当な依頼の紙を手に取ろうとすると、ラウラがそう言った。
それを聞いた彼は2本の指で顎髭を撫で、しばらく考え込んだ。
「まあ、確かに。2人とも闘えないのと、1人だけでも闘えるのだとじゃ、天と地の差だもんな。でもな、いくら俺がいたとしても、絶対に嬢ちゃんを守れる保証はないぞ」
「大丈夫です。キリルがいる限り、私は死にませんから!」
その言葉に、メドベさんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「おいおい、普通そういうのは男の方から言うもんだろ」
「ラウラは剣で、俺は傷薬です」
「せめて盾になれ! 可愛い女の子を危険に晒すんじゃねーよっ!!」
メドベさんが思わず声を荒げ、ギルド内の注目を集めた。彼はそれに気付き、大きなため息をこぼす。
「仕方ねー。俺が責任を持って面倒を見てやるよ。……依頼はオークでいいか?」
「はいっ。じゃあ私、受付で手続きしてきますね!」
そして、ラウラは元気よく駆けだしていった。可愛いと言われ、気を良くしたらしい。彼女くらいのレベルになると、言われ慣れていそうなものなのだが。
カランコロン
掲示板の前に男2人が取り残され、時に話すこともない。そこで俺は、ギルドの来訪者の方に目をやった。
それは、男女5人のパーティーだった。それだけなら珍しくもなんともない。しかしその5人は、まだ成人前と思われる年頃だった。
ふと気になったので、隣のメドベさんに尋ねてみる。
「メドベさん、あの子たちも冒険者なんですか?」
「ああ、アイツらか。……まあな」
そう呟いた彼の顔には、どこか疲れたような色が見える。
視線で疑問が伝わったのか、彼は理由を教えてくれた。
「この町には学園があるんだがな、そこのカリキュラムの一貫で、ああして小さい頃から戦闘の経験を積ませるようにしているんだ」
「なるほど」
そう説明してくれたメドベさんの顔は、先程までとは打って変わって沈んでいた。
もしかしなくとも、あの少年少女が原因だろう。
それからすぐに、俺は自分の予想が正しかったと知ることになる。
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