13. シングルルームでおやすみ
村を発って数日後、俺とラウラはようやく【マショディック】という町に到着した。
何日もひたすら歩き続け、夜は野宿という初の苦行を味わったことで、すっかりクタクタにだった。
「うあ¬~。やっと着いた~」
「もう、そんな情けない声出さないでよ。……と言っても、確かに疲れたわね。ギルドに寄ってから宿へ行きましょう」
「いや、ギルドは明日にしよう。俺はもう歩けない」
回復魔法のおかげで肉体的な疲労はいくらかマシになっているとはいえ、精神的なものまでは治らない。
まだ陽は高いとはいえ、できることなら今すぐ横になりたい。
「……そうね。別にギルド急ぎの用があるわけでもないし、今日はもう休みましょうか」
「やった! 柔らかい布団と温かいお風呂が待ってるぜ」
ラウラの同意が得られたことで、俺は少しばかり覇気を取り戻した。そんな俺に、彼女は呆れたような視線を向けてくる。
とりあえず、門の近くにあった宿……は高そうだったので、少し進んだところにある庶民向けの宿に入った。
別に、今の俺たちはお金に困っているわけではない。しかし、あのようなホテルの客層は貴族や大商人のような富裕層がメインである。ぽっと出の俺たちが入っても、ただただ居心地が悪いだけだろう。
宿の名前は『満腹の美学』。店主はスーツの上から袈裟をかけてるのかな。
ドアを開けて中へ入ると、元気のよい声が聞こえてきた。
「いらっしゃいませ~!」
声の主は、20歳くらいの茶髪の少女だった。
主の娘だろうか。接客向きの社交的なタイプだ。
「お食事ですか? それとも宿泊ですか?」
「宿泊でお願いします。1人部屋を2つ。とりあえず2泊で」
ラウラが答えると、受付の少女は少し顔を曇らせた。
胸元にあるネームプレートには、“サボー”と書かれている。それが彼女の名前のようだ。
「あー。宿泊となると、今ウチ1人部屋が空いていないんですよね。2人部屋だったら丁度1つ空いているんですけど~」
「えぇっ!?」
それを聞いて、ラウラは狼狽した様子。
サボーは顔を斜め上に向けつつも、横目でチラチラと2人を見てくる。……何か恣意的なものを感じる気がする。
「じゃあ、それでお願いします……」
「毎度あり~!」
ため息まじりにラウラが言うと、サボーは元気いっぱいに返事をした。
「あ、ウチは壁が薄いんで、そーゆーことはちょっと~」
サボーは意味ありげな表情で、右手で筒を作り、そこへ左の人差し指を出し入れするという謎のジェスチャーを示してきた。はて、何のことでしょうね。
「大丈夫です。コレは弟なんで」
「え゛?」
弟と言われ、ついついイヤそうな声が出てしまった。
そんな俺に、ラウラがゆっくりと振り返る。
「お姉ちゃんと同じ部屋だけど、何か文句ある?」
「ソンナコトナイヨー。オ姉チャント同ジデ嬉シイナー。オ姉チャン大好キー」
ラウラから放たれる圧力に押され、心にもないことを口走ってしまった。
人間、将来の不利益と目先の不利益を天秤にかけられないもんだよ。だからテスト前にあせって勉強するんだよね。
「あらら~。姉弟なら問題ありませんね~。でもシスコンの弟くん、大好きなお姉ちゃんにちょっかいかけたらダメだよ~」
この人、全部分かった上でワザと言ってるな……。
「お姉ちゃんに不満があったら、宿のお姉ちゃんに相談していいからね。君は可愛い顔してるから、ちょっとしたお願いなら聞いてあげるよ」
「ちょっと、何言ってるんですか!?」
サボーが俺の鼻頭を指でつつくと、ラウラが咎めるように言った。
だがサボーは反省する様子を見せることなく、いたずらな笑みを浮かべる。
どうでもいいけど、さっさと部屋まで連れてってくれ。もう疲れたんだよ、俺は。ラウラは2泊と言ってたけど、なんなら2カ月くらいゴロゴロしたいところだ。
「はい。こちらがお2人のお部屋になりま~す」
「「……え?」」
案内された401号室を見て、俺たちは言葉を失った。
1人が両手を広げなくても埋まりそうなベッドが、部屋の大部分を占めている。とてもじゃないけど、2人が泊まるようなところとは思えない。
あれかな、ここは小人向けの宿なのかな。
「いやいや、これってシングル……」
「何言ってるんですかお客さん。こちらは立派な2人部屋ですよ!」
クレームは受け付けないとばかりに、サボーが主張する。
「それにしても狭すぎでしょ。2人とも大人の男の人だったら入りきらないわよ」
「大丈夫です。“姉弟”なんですから!」
「「…………」」
最早、何を言っても無駄だろうと反論を諦めた。
別の宿に切り替えても良かったかもしれないが、今俺たちがいるのは401号室の前。もちろん、この中世ファンタジーの世界にエレベーターなんて代物はない。
旅の疲れが溜まった俺に、階段を下りる気力はなかった。
「ごゆっくり~」
疲労困憊の俺たちとは対照的に、体力の有り余ったサボーは元気よく下へ戻っていった。
呆然と佇んでいるラウラを置いて、俺は先に部屋に入る。そして、そのまま掛け布団の上にダイブした。
「あ゛~~~。じゃ、俺が布団で寝るから、ラウラはそっちね」
「はあ!?」
その言葉で、ラウラは停止した時間を取り戻した。
「何でそうなるのよ。“そっち”って何? 床のこと? 私に床で寝ろと。普通こういうのは男の子であるキリルが――」
「借金返済、病気平癒」
「むぐぅ!」
恐らくラウラが一生かけても返しきれないであろう大恩を持ち出され、言葉を失った。
「……冗談だよ。俺たちなら2人でも入れるから、半分ずつ使おう」
青菜に塩のようになったラウラを見て、さすがに申し訳なく思えた。
他の人、ましてや旅の同伴者に冷たく当たったら、今度こそ地獄送りの口実にされるかもしれない。そういう打算が、ゲフンゲフン……いえ、純粋な親切心でございます。ワタクシ、博愛主義者ざますゆえ。
ところが、それを聞いたラウラは赤面して叫んだ。
「な、何言ってるのよ! キリルのバカ!!」
「えぇ、なんで?」
俺としては妥当な折衷案を出したつもりでいた。そのせいか、ラウラの怒りのワケが分からなかった。
疲労により、思考まで弱くなっていたらしい。
「俺たち、姉弟でしょ?」
「そうね、そうだったわね」
「うん。それなら――」
ふっふっふー、これぞブーメラン。これなら納得するしかないよね。
「なら、大人しく姉にベッドを譲りなさい!」
だが、それは大きく的を外した見解だった。
「えー!? そこは普通逆でしょ。お姉ちゃんなんだから」
「うるさいっ。それは姉が言われたくないセリフ第2位よ! ちなみに1位は『ジェネレーションギャップ』ね」
「知らんがな! あと絶対順位おかしいだろ、それ」
ドンドンドン
「「あ……」」
大声で口論を繰り広げていると、隣室から壁を殴る音が聞こえた。
燃え上っていた俺たちは、水をかけられたように静かになる。
結局、俺は床へと追放された。
何日も野宿を経験したせいか、あまり気になることが無かったのは不幸中の幸いか。
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