12. 平穏な日々に乾杯
「上手くいったわね」
ケルテースの姿が見えなくなると、俺がもたれかかっていた木の裏から亜麻色の髪をした少女が現れた。もちろんラウラだ。
俺は「うん」と小さく返事をしてから、かぶっていたフードを取った。
風に揺られた髪が優しくなびく。
「正直、上出来すぎてビックリしてるよ。アイツが単純なヤツで助かった」
「全くよ。最初その計画を聞いた時には、私は降りようかと思ったもの」
ラウラの手には、懐中電灯ほどのサイズの鉄棒が握られていた。彼女の手と触れる部分には、布がグルグルと巻いてある。
「そもそもラウラが言い出しっぺじゃないか。俺1人じゃ到底実現できなかったよ」
「だからちゃんと言われた通りにやったじゃない。もし見つかったらどうしようって、隠れながらヒヤヒヤしてたわ」
「その割にはちょくちょくこっち見てきてたよね」
「なっ!? それは、私としてはキリルが心配だったわけで……」
「ま、お金さえ手に入れたら後はどうでもいいんだけどね」
そう言うと、先程ケルテースから受け取ったばかりのお金が入った袋を掲げた。
今回、俺の計画は次のようなものだった。
まず、周囲に人がいないところでケルテースを背後から襲って気絶させる。
次に、眠り込んだケルテースを木の下まで運び、腹部に焼き印を付ける。
この焼き印は、鉄棒の断面に適当な模様を掘ったものを、ラウラの火魔法で加熱して付けた。この作業をする時にケルテースが目を覚ますんじゃないかと、かなりドキドキした。万が一彼が目覚めたら、俺が首を絞めて落とすつもりだった。
ちなみに、鉄棒の断面には『バカ』とカタカナで書いた文字を、彫刻刀のようなもので掘っておいた。どうせ俺以外は読めないし。
そして焼き印を付けたラウラが気の裏に隠れ、後は俺が噓八百を並べてケルテースにお金を持ってこさせたらミッションコンプリート。
本当は、被害総額全額を要求したかった。
しかし、ケルテースはどうせ村人たちから取ったお金はほとんどを使い果たしているだろう。借金してでも支払わせるとなれば300〜400万フォートくらいが妥当と、ラウラと相談の上に考えたのだった。
以前、仮病という名の病気で学校を休むために身に着けた演技力が、意外なところで役に立った。芸は身を助けるとは言ったものだ。
♦
俺たちは村へ戻り、再びティサさんの家にやってきた。
農作業などを手伝う対価として、2人は寝所を提供してもらっている。
「おや、2人ともおかえり」
「ティサさん、ただいま戻りました」
俺たちが来た時には、ティサさんは庭で何やら作業をしていた。
2人が帰ってきたので休憩しようと、そろって家の中へと移る。
「あの、これを取り返してきました」
そう言って、ラウラはお金のは言った布袋を渡そうとした。
中身が何か分かったティサさんは、目を丸くする。
「まあ! どうしたんだい、これは?」
「布団の押し売り野郎から取り返してきました。流石に全部とはいかなかったんですけど……。あ、泥棒とかじゃないんで安心してください」
ラウラがケルテースからお金を手に入れた経緯を説明する。
それを聞いたティサさんは、ゆっくりと大きく頷いた。
「ああ、そうだったのかい。キリル君は商売上手だね。でも、そのお金は受け取れないわ」
ティサさんの言葉に俺たちは顔を見合わせる。
そして、俺がそのワケを尋ねてみた。
「どうしてですか? これは本来ティサさんのお金なんですよ」
「そうかもしれないねぇ。でも、私があの男から布団を買ったのも事実なんだし、一度払ったお金ってのは戻ってこないものだから」
ティサさんはそこで一旦区切り、お茶を飲んでから続ける。
「どうせ老い先短いし、家のこととかでお金が必要というわけでもないしねぇ。私は大丈夫だから、他の人たちに回しておくれ」
「……分かりました」
「でも、これに懲りてあの男は悪さをしなくなるよ。キリル君たちがしたことは、決して無駄なんかじゃないよ」
本人がいらないと言っているのだから、俺たちが無理矢理にでも押し付けるわけにはいかない。
その後ケルテースの被害者の家々を回ってみたが、お金を受け取ったのは2,3人程度だった。皆ティサさんと同じような理由を述べた。受け取った人も孫の駄賃にと少額だけもらい、あとは辞退したのだった。
結果、期せずして俺たちは大金を手にした。
「……私たち、たった1日でお金持ちになっちゃったね」
帰路、ラウラがボソッと呟いた。
長年貧困に苦しんでいたラウラ。それだけに、過去の自分の境遇がバカらしく思えたのか、どうも手放しに喜べないようだ。
「ま、元々この村の人たちの分だからね。本当は僕たちがもらっちゃダメなんだろうけど」
「そうよ! そうなのよ!」
俺の言葉に、ラウラが食いついてきた。
「お金ってのは、本当は頑張って苦労した人のところに来るべきなのよ。何よ、あんな卑怯な手段で一気にお金持ちになっちゃって」
「ラウラも一枚噛んだよね?」
「ぐっ。そ、それは、そうだけど……」
特にラウラは、ケルテースを気絶させたうえで火傷させるという物理攻撃に及んでいる。
それだけに、後味の悪さを感じているらしい。
「でも、やってみて分かったの。お金は真っ当な方法で稼ぐべきだって。何か私、ボチャーナトと同類みたいだわ……」
「たしかに、悪銭身に付かずって言うしね」
ラウラの言うことは間違ってはいない。だが、決して正しいとは言えない。
子供の頃、両親や教員からは“他人のために”動ける人間になりなさい、と言われて育ってきた。
ところがどうだろう。社会において成功者と言われる人物は、そのほとんどが自分ことばかり考えてきたのではないだろうか。
ひたすら現場で汗を流す労働者よりも、パーティーで腹の探り合いをする経営者の方が、何十倍も稼いでいる。
“他人のため”というのも、所詮は綺麗事に過ぎない。いかに他人を利用し、犠牲にするか。それが、お金を稼ぐ近道になる。
前世でのわずかな見分から、俺はそんな思想を持っていた。
それでも、ラウラの言うことにも一理あると思った。
「ねぇ、キリル」
「どしたの?」
「……そのお金、本当にもらっていいのかな?」
「………………」
俺はすっかり自分の懐に入れる気でいた。そのため、少しの間言葉に詰まった。
「……じゃあ、こうしよう!」
「え?」
♦
その日の夜、村の集会所に人々が集まった。
「なんだなんだ。一体何の集まりだ?」
「知らねえよ。ワケも分からず皆で集まって飲んでんだよ」
「まあいいじゃなの。楽しければそれが一番さ」
「そうだそうだ。無事に終わった今日にカンパ~イ!」
「お、アンタ良い事言うね。何でもないような毎日こそ素晴らしいんだな!」
俺たちはティサや村長たちと相談して、宴会を開くことにした。
予算は全額負担すると申し出たら、祭り好き村長によってすぐに俺たちの案は採用されたのだった。
「あ、こんなところにいた」
俺が1人寂しくティサさんの家でゴロゴロしていると、ラウラが顔を覗かせた。
「ん? なんだラウラか」
「なんだとは何よ。折角の主催者が不在だから探したのよ」
「皆でワイワイは苦手なんだよ……」
「あー、ぽいよね」
ラウラは軽く笑って、俺の傍らに腰を下ろした。プ~ンとアルコールの香りが漂ってくる。
「村の人たち、すごくはしゃいでたわ。そうそう、ティサさんがあの年で酒豪だったのよ」
「ふ~ん」
かなり飲んでいるのか、ラウラが興奮気味に宴会の様子を話す。
しかし、俺は興味ないと言わんばかりに聞き流していた。
「ねえ、聞いてる? キリル~」
「ん、ああ。聞いてるよ……って、ラウラ臭い。これだから酒と煙草は嫌いなんだよ」
「何よ~、女の子に臭いとか。失礼ね」
酔っぱらって気分が高揚しているラウラは、俺をポカポカ叩いてくる。
「ねー、キリルも行こーよー」
「俺はいなくてもいいんだよ。アレはお金を村に還元するためなんだから」
「いいじゃん、いいじゃん」
酔っ払いメンドクセー。
馬鹿になるというのに、大人たちが好んで酒を嗜む理由が俺には分からない。
翌日。
「キリル、ちょっと待って。頭が痛いの……」
「……飲み過ぎなんだよ。10代なのに酒なんか飲むなよな」
「いいじゃない。もう大人なんだから」
「そう言うヤツはだいたい子供なんだよ」
思わず長居してしまった村を去り、次なる町を目指す道中で、先日とは正反対の事態が発生していた。
ラウラはまだ16歳だが、この世界では15で成人なので問題ない。
そもそも、未成年者が飲酒したところで咎めるような人もいない。
前世では、「この前普通にお酒買えたんだけどぉ。大人っぽく見えたのかなぁ」なんて言ってるウザイ女子がクラスにいた。
そんな馬鹿に言いたい。
老けてるだけだから。
「キリル~。待って、っう! おえっぷ……」
「はぁ……」
ラウラに酒を飲ませてはならない。
旅の教訓が1つ増えたのだった。
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