11. やっちまったな!!
ラウラたちが村を訪れた2日後、ケルテースがやってきた。
すでにその声は知られており、在宅の村人は居留守でしのぎ切ろうとする。さすがにドアを蹴破るわけにもいかず、諦めるしかない。
「チッ、そろそろこの村ともおさらばだな」
今回は布団セットを10組ほど持ってきていたが、結局4組しか売れなかった。
ケルテースもさすがに限界を感じていた。
「また新しい所を探さねーとな」
この村には宿泊施設もないため、陽が傾く前には帰路に就かねばならない。
6組の布団が乗った荷車を押して、ケルテースは村を後にした。
村から【エルシェー】までは、1本道でつながっている。1時間半も歩けば着く距離だ。同時に町を出発しない限りは、他の旅人を見ることも少ない。
荷車を押していくのも始めは辛かったが、何度も繰り返している内にすっかり慣れてしまった。
1時間くらい歩いただろうか。
丁度大きな木が道の傍らにあり、ケルテースはその木陰で一息入れようと思った。その時、背後から衝撃を感じ、意識が途切れた。
「……っ。…………さんっ」
「…………う、ん」
「……お兄さん、起きてください!」
「あ゛? なんだぁ?」
ケルテースが目を覚ますと、その傍でフードを深くかぶった少年が自分の顔を覗き込んでいた。
「あ、やっと起きたんですね。良かったー」
「おう、俺は……」
後頭部と腹部に痛みを感じつつも、ケルテースは上体を起こす。すると、少年は顔を明るくさせた。
「おぉ。俺は、どうしてたんだ……?」
「お兄さん、そこで倒れてたんですよ」
「何だと!?」
意識を失う直前、背後から殴打された感覚があった。
ケルテースは自身の被害者である爺婆が報復しに来たのではないかと、村人を疑う。
「僕のちょっと前をお兄さんが歩いていたんですけど、突然倒れたんです。その時、地面に強く頭をぶつけたみたいですね」
「ああ、それでか……」
てっきり殴られたのではないかと思ったが、自分で倒れたせいらしい。
だが、彼は「疑って悪かったな」なんて言える人間ではない。
「僕はこう見えて医療の心得があるんです。それでお兄さんを簡単に診察してみたんですけど、どうやら内臓機能がかなり弱くなっていたようなんです」
「そ、それは本当か!?」
内臓機能が弱まっているということで思いつくのは毒物の摂取だ。もしくは重い病。
どちらにしろ、自分の体が危険な状態にあることには変わりない。
「はい。特殊な魔法で検査したところ、僕はこの病気が分かりました」
「教えてくれ。俺は何の病気なんだ!?」
「落ち着いてください。興奮するのは体によくないです」
「おぉ……。そ、そうだな」
少年は縋り付いたケルテースをなだめ、落ち着かせようとした。
「坊主、俺の病気を教えてくれ。俺は治るのか?」
「そうですね、お兄さんの病気は“過敏性腸症候群”と言います」
「か、花瓶? 焼香……? 何なんだ、それ?」
「他に“神経性胃炎”と言う人もいますね」
複雑な病名からして、ケルテースは危険なにおいを感じ取った。
「なんかヤバそうな名前だな……。そ、それは、治るのか!? 俺は死ぬんじゃないだろうなっ?」
「落ち着いてください。お兄さんは死にません」
「本当か!? 慰めようと出鱈目言ってんじゃねーよな」
ケルテースは少年の肩をつかんで詰め寄る。
その顔は、死への恐怖で蝋のように青ざめていた。
「はい。本当は今にも死にそうな状態でした。イヤ、むしろ死んでない方がおかしいです」
「な、俺は生きてるぞ……?」
「そうです。僕の回復魔法でお兄さんは一命をとりとめ、それどころか、全快することができました」
「おお……!!」
「………………」
全快したと言われ、ケルテースの顔は晴れる。
しかしそんなケルテースとは反対に、少年は沈痛の面持ちだ。
「おい、どうしたんだ坊主? 俺が治っちゃまずかったのか?」
「いえ、そうではありません。ただ……」
ケルテースは暗い様子の少年の肩を組み、陽気に話しかける。
「何だよ、はっきり言えよ」
「お兄さん、僕は回復魔法を使ったと言いましたよね。それがどういう意味か分かりますか?」
「んなっ。まさか……!?」
一旦顔を晴れやかにしたケルテースだったが、再び顔が青くなる。
「そうです。教会へのお布施という名の治療費を収めなければいけません」
回復魔法をかけてもらうには、教会に高額の金銭を納付する必要がある。
もし払わなければ、教会の追っ手を差し向けられることになるのだ。
「しかも僕はお兄さんを助けるために、最上級の魔法を使いました。次に回復魔法が使えるようになるまで、1ヶ月はかかります。それまでは他の治療ができないことになり、その分の代金もいただかないといけないことに……」
「クソッ!」
ケルテースは金をとられると分かり、地面を殴った。
しかし、その時あることを閃いた。
このガキを殺せばいい。
周囲を見渡してみても、自分と少年しかいない。近くの建物と言えば、村まで戻らなければならない。
誰も見ていないなら、自分がやったとしてもバレないだろう。別に殺せなくとも、逃げたら問題ないのだ。
その考えを悟ったのか、少年が言った。
「お兄さん、僕の口を封じても教会からは逃げきれませんよ」
「何だとっ!?」
「僕が使った回復魔法は特殊で、患部に痕ができるんです。嘘だと思うなら、裾をまくって確認してください」
少年に言われるがまま、ケルテースは裾を乱暴にまくる。
見ると、右の下腹部に奇妙な痕があった。簡易な魔法陣のような形をしている。
「な、なんだ、これは……?」
「回復魔法の副作用みたいなものです。教会には、これがある人を探し出すための特殊な水晶があります。お兄さんが逃げ切れることはできません」
隆起した痕を撫でると、しびれるような痛みを感じる。
少年は“全快した”とは言っていたが、多少の余韻があるのだろう。
「いくらだ。いくら払えばいい?」
「500万フォート」
「っっっ!?」
「……と言いたいところですが、今回の件は僕にも責任があります。僕も一部負担しますので、お兄さんは350万フォートほど払ってくだされば」
「クッ、それでもたけーぞ。350万かよ……」
村での押し売りをした利益が残っているとはいえ、それだけでは足りない。
治療費を支払うためには、借金をしなければならない。【エルシェー】で借りるとすれば、ボチャーナト商会。まともな金融機関は、ならず者に金を貸してくれないのだ。
教会か、はたまたボチャーナト商会。どちらもイヤな相手だ。
「実は、同僚の間で密かに語られていることがあるのですが……」
ケルテースが頭を抱えているところに、少年が話しかけた。
「何だ。俺は今考えているんだ」
「すみません。ですが、教会は治療費が払えない患者を秘密裏に誘拐し、様々な実験をやっていると言われています。そのことをよく考えていただければと」
「実験だと……! おい、どんな実験だ?」
「それは……僕の口からは、言えません」
少年はケルテースの問いには答えず、静かに目を閉じた。
それを見て、ケルテースはさらに絶望した。助けた命を弄ぶ神官たちの姿が、ケルテースの瞼の裏に浮かぶ。
命あっての物種だ。まだボチャーナト商会の走狗に追い回される方がいい。ケルテースの腹は決まった。
「……分かった、金を持ってくる。ちょっくら町まで走ってくるから、お前はここで待ってろ」
「分かりました」
ケルテースは休む間もなく走り、ボチャーナト商会で必死に頼み込んでお金を借りた。
そして、1時間ほどで少年のところへ戻ってきた。
「ほらよ、持ってきたぜ。確認してくれ」
「確かに。ありがとうございます」
ケルテースから受け取った布袋の中身を検めた少年は、彼に一礼した。
「アナタの未来に、幸多からんことを」
「ああ。命を救ってくれてありがとな!」
そう言うとケルテースは荷車を押して、再び【エルシェー】に向かって進み出した。
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