恋
ぼくはなぜか彼女の横に座る。覗き込むように顔を見る。こんなに人の顔をしっかりと見るのは初めてじゃないか。顔なんて人間を識別するための要素でしかない。だいたいで覚えておけばいい。その程度のものでしかなかった。
「睫毛、長いんだね」
痩せ細って、青白く、目を開けることもできない人に語りかける。もちろん返事はない。まあ当然だ。もう動けないのだから。
彼女を見ながら、少しこんな状況の自分を不思議に思う。この事態に心昂るぼくはどうなんだろう。色々考えた。ネクロフィリアなのだろうか、しかしそこまでの感情ではない,たぶん。あれって実際に遺体に遭遇しないとわからないのだろうか。そう思うと否定はできないが、現状はそうではないとだけ言える。なので、ピグマリオンコンプレックスに近いのか。ピグマリオン王は、自分の理想を模った女性の彫刻を愛したという。人形嗜好。まだこちらの方がありえるか。ただぼくがネクロフィリアでないと言い訳をしたいだけかもしれないが。
もっと言い訳をしたい。
「あの封筒をもらって、まず感じたことは困惑なんだよ。特に関わりのない人からだったからさ。それで内容を見たらあれだろう。そうしたら疑問というか疑心暗鬼だ。色々考えて軽く探って、イタズラかと思ったら呆れと軽い怒り。そして確認と文句を言おうと思ったらこれだよ。でも堂さんが少し笑って見えた。自殺する人間が笑っているってどういうことだろう。そう興味だ。ほんの数分で、ぼくの様々な感情が、堂さんに向かっちゃったんだ。そりゃあ気になるよね」
眠っている人に話しかける。
「どこまでいっても言い訳だね」
そう言ってぼくは微かに笑う。興味が、恋をするための要素だと映画は教えてくれた。日常の中の些細な変化が、興味を示させるための要素だと映画は教えてくれた。まさかここまでの非日常がぼくに巻き起こるとは思わなかった。だからぼくは今の彼女に恋をした。そういう言い訳、無理矢理かな。
きっと今ぼくは、彼女に知って欲しいのだ。自分の気持ちを伝えたいのだ。伝わることがないのは知っている。それでもいいから伝えたいと、逸る気持ちが抑えられない。あまり自分のことを話したりはしないから、上手に伝えられるかわからないけれど。それでも、少しだけ聞いてもらおう。




