第3話「暴走」
空気が、切り替わる。
“熱”ではない。
“圧”だ。
ななが一歩下がる。
「……あかん、これ」
息が浅い。
理由がないのに、心がざわつく。
イライラが勝手に増えていく。
ゆたかが低く言う。
「来るぞ」
紅蓮女が——動く。
一歩。
それだけで。
周囲の怒りが爆ぜる。
「なんやねん!!」
「ふざけんな!!」
人々が一斉に叫び出す。
理性が崩れる。
会話が成立しない。
人同士がぶつかる。
感情だけで動いている。
神父が声を強める。
「危険です」
一拍。
「感情の制御が崩壊しています」
人面犬が舌打ちする。
「完全にスイッチ入ったな」
紅蓮女がゆっくり顔を上げる。
目が赤い。
いや——
燃えている。
「我慢……」
小さく。
「もう無理」
その瞬間。
炎が“爆ぜる”。
“ゴォッ!!”
空間が歪む。
ビルの壁が黒く焦げる。
街が一瞬で熱を帯びる。
ななが叫ぶ。
「ちょ、ちょっと待って!!」
「これ規模おかしいやろ!!」
ゆたかが前に出ようとする。
だが——
止まる。
一瞬。
眉が動く。
「……くそ」
怒り。
明確に。
引きずられている。
紅蓮女がそれを見る。
「ほら」
一拍。
「みんな、同じやん」
炎が跳ねる。
神父が言う。
「同調が完全化しています」
人面犬が笑う。
「めんどくせぇな」
桃太郎は動かない。
ただ、そこにいる。
無心のまま。
だが——
紅蓮女の視線が変わる。
「……あなた」
一拍。
「なんで怒らないの?」
桃太郎は答えない。
紅蓮女の炎が揺れる。
不安定に。
「なんで……」
「我慢してないの?」
ななが気づく。
「これ……揺らされてる」
ゆたかが言う。
「感情の基準が壊れとる」
神父が補足する。
「比較対象を求めています」
一拍。
「怒りの“正当化”です」
紅蓮女の炎が一瞬弱まる。
だがすぐに戻る。
「でも」
声が震える。
「私は……我慢してきた」
炎が爆発する。
“ドンッ!!”
地面が焦げる。
ビルの窓が割れる。
ななが後ろに吹き飛ばされる。
「うわっ!!」
ゆたかが支える。
「下がれ!!」
だが——
遅い。
紅蓮女が一歩踏み出す。
空間そのものが熱くなる。
神父が言う。
「臨界です」
一拍。
「これ以上は制御不能」
人面犬が低く言う。
「完全に暴走だな」
桃太郎が初めて動く。
一歩。
紅蓮女へ向かう。
紅蓮女がそれを見る。
「……来るの?」
炎が跳ねる。
桃太郎は止まらない。
ただ、近づく。
その距離。
近い。
だが——
何も起きない。
炎が避けている。
ななが呟く。
「え……効いてない?」
神父が言う。
「無心が干渉を遮断しています」
紅蓮女が一瞬止まる。
「……なんで」
声が小さい。
「なんでそこにいられるの」
炎が揺れる。
今度は——
怒りではなく。
揺らぎ。
人面犬が言う。
「崩れ始めたな」
ゆたかが言う。
「燃料切れや」
紅蓮女の炎が一瞬だけ弱まる。
その隙に。
ななが気づく。
「これ……怒りの出口探してるだけやん……」
神父が静かに言う。
「はい」
一拍。
「感情の行き場がありません」
紅蓮女が小さく呟く。
「じゃあ……どうすればいいの」
炎が揺れる。
暴走の中で。
止まりかけている。
しかし——
まだ終わっていない。
炎は消えていない。
むしろ。
濃くなっている。
■ 第11章 第3話 終




