第2話「共鳴」
炎が、増えていく。
火災ではない。
“感情の火”だ。
ななの喉が焼けるように重い。
「……なんなんこれ……息しづらい……」
ゆたかが短く言う。
「感情や」
一拍。
「空気に混ざっとる」
神父が周囲を見渡す。
「怒りの濃度が上がっています」
人面犬が鼻を鳴らす。
「感染型かよ」
紅蓮女は動かない。
ただ、立っている。
それだけで——
周囲が壊れていく。
人が怒鳴る。
ぶつかる。
理由もなく喧嘩が始まる。
「お前が悪いんやろ!!」
「知らんわ!!」
声が連鎖する。
ななが耳を押さえる。
「うるさすぎるって……!」
ゆたかが言う。
「これは戦闘ちゃう」
一拍。
「共鳴や」
神父が補足する。
「感情が同調しています」
一拍。
「特に“怒り”」
紅蓮女が小さく息を吐く。
「……わかる」
一拍。
「みんな、同じ顔してる」
炎が揺れる。
ななが一瞬、目を細める。
自分の中にも——
イライラがある。
理由はない。
ただ、腹が立つ。
ななが小さく呟く。
「なんでこんなイラつくん……」
ゆたかが即座に言う。
「飲まれるな」
一歩、前に出る。
「それ、向こうの領域や」
紅蓮女がこちらを見る。
その視線。
“火そのもの”
なながビクッとする。
「……見られた」
瞬間。
怒りが跳ねる。
ななの中で。
理由もなく。
「なんでこっちばっか……」
「なんで私だけ……」
思考が濁る。
神父が声を強める。
「注意してください」
一拍。
「同調しています」
人面犬が低く笑う。
「やっかいだな」
ゆたかが言う。
「こいつは“殴ったら負け”や」
一歩進む。
だが——
足が止まる。
「……くそ」
ななが驚く。
「ゆたかさん?」
ゆたかの眉が少し動く。
怒り。
ほんのわずか。
だが確かに。
紅蓮女がゆっくり口を開く。
「我慢してる顔」
一拍。
「嫌い」
炎が一段階上がる。
神父が言う。
「刺激しています」
人面犬が舌打ちする。
「会話も危険か」
ななが混乱する。
「どうすんのこれ……」
そのとき。
桃太郎が一歩出る。
静かに。
何も言わず。
ただ、紅蓮女を見る。
紅蓮女も見る。
一瞬。
空気が止まる。
炎が揺れない。
ゆたかが呟く。
「……効いてるな」
神父が言う。
「感情が安定しています」
人面犬が笑う。
「無心か」
桃太郎は動かない。
怒りもない。
同情もない。
ただ——
“そこにいる”
紅蓮女が小さく言う。
「……何それ」
一拍。
「何も思ってないの?」
桃太郎は答えない。
沈黙。
それが返事になる。
炎が揺れる。
一瞬だけ。
弱くなる。
ななが気づく。
「……下がった」
ゆたかが続ける。
「感情の入力が止まっとる」
神父が言う。
「無心は干渉を受けません」
紅蓮女の手が震える。
「……ずるい」
小さく。
声が揺れる。
「なんでそんな顔できるの」
炎が揺れる。
今度は不安定に。
怒りではなく——
混乱。
人面犬が呟く。
「揺れてきたな」
ゆたかが言う。
「こいつは怒りだけで成立しとる」
一拍。
「そこに穴がある」
ななが小さく言う。
「……怒りだけやと、しんどいんやな」
紅蓮女が一歩後ずさる。
炎が弱まる。
だが——
完全には消えない。
まだ、残っている。
「……まだ終わってない」
小さく。
紅蓮女は言う。
「まだ……我慢してる人、いっぱいおる」
炎がまた少し強くなる。
ななが息を呑む。
「これ……個人の話ちゃうんや……」
ゆたかが低く言う。
「集合や」
一拍。
「怒りの集合体や」
紅蓮女が顔を上げる。
炎が、揺れる。
次の瞬間——
「全部、燃えればいい」
■ 第11章 第2話 終




