第9話
「こらこら、ブラン。他のお客様に迷惑をかけちゃいけないよ」
カーテシーを決めるブランの背後から、見知らぬ人間が声をかけてきた。
180センチくらいはあるのだろうか。ハイネックのTシャツに襟付きのジャケットを羽織り、細身のスラックスに長い脚を包んでいる。整った顔立ちは中性的で、骨格からすると女性かな? だとしても、女子からモテそうな王子様系の美形である。
「すみません、お騒がせしました。これで失礼しますね」
「ムムムッ! 剣城ぶちょー、アテクシは迷惑も失礼もしてナイですよ!」
「ええっと、これは日本語のアヤでね」
ほっぺたを膨らませるブランに、剣城と呼ばれた美形は苦笑いで白い歯を光らせる。
うーん、絵になるなあ。どこぞのお姫様をエスコートする年上の王子様って感じだ。
ブチョーというのは部長のことかな? 部活の先輩後輩ってところだろうか。
「よお、剣城。ひさびさだなァ……」
ほくほくと鑑賞していたら、鬼嶋がいきなり突っかかった。知り合いなんだろうか。
「ひさびさ?」と剣城は形の良い眉を一瞬寄せて、「すまないが、ちょっと記憶にないな。申し訳ないけど、どこで会ったか教えてくれないか?」と申し訳なさそうに軽く頭を下げる。
「記憶にねえ……だと?」
鬼島の頬が引きつり、眉間に深いしわが寄る。
復号したままの木刀を握る手に、ぎゅっと力がこもるのが見えた。
あっ、マズ――
「これで思い出したかコラァァァアアア!!」
止める間もなく、鬼嶋が振り下ろした木刀が剣城に直撃し、その額を叩き割る。
やべー!? 傷害事件だよ!? 警察!? 救急!? 何番だっけ!?
「どうやら私は殴られるに足る無礼をしてしまったのか。本当にすまなかったね。改めてお詫びするよ」
慌てるわたしとは裏腹に、剣城はその涼し気な表情を一切変えていなかった。額に受けた木刀を糸くずのようにそっと払うと、先程よりも深く頭を下げる。一体どういう手品なのか、割れたと思った額には打ち身の跡すら残っていない。
「す、す、すみません! うちの部員がご迷惑をおかけして!」
そこへキリ先輩が割って入った。
「部員? 君たちもダンジョン部なのかい?」
「は、はい! 桜吹雪高校です。昨年の冬大会で対戦させていただいて……」
「去年? 私も出場したのかな?」
「ええ、前半だけ少し……」
「そうか。対戦相手なら忘れないと思っていたんだが……。すまないね、うちはなるべく多くの選手に試合出場の機会を与える方針なんだ。緒戦のうちはよく交代するんだよ」
試合の結果は聞くまでもあるまい。部長ってことは主力メンバーだったんだろう。試合のルールは知らないけれど、それがすぐ引っ込んで控えに変わったということは、相手にもならなかったってことだ。
「……5分だよ」
鬼嶋がぼそりと呟く。剣城を睨むつける視線には、相変わらず射殺さんばかりの殺気がこもっていた。
「5分だよ。てめえはたった5分で引っ込みやがったんだ! 県内最強校様からしたら、オレたちなんて相手にする価値もねえってか!」
鬼嶋の剣幕に、剣城は唇を引き結んで表情を曇らせた。
「采配は監督が決めてるから……って言い訳にならないね。たとえ短い時間だったとしても、君を完全燃焼させられなかったのは私の不徳だ。改めて謝罪しよう」
「てめっ……!」
さらに深く頭を下げた剣城に、鬼嶋は言葉を詰まらせ、気まずい沈黙が漂った。
わかるわかる、喧嘩を売った相手にひたすら下手に出られるとやりにくいよね。かさにかかって責めてはヤカラのようで格好悪い。
「それなら、試合をしましょウ!」
沈黙を破ったのは、無邪気な声だった。
「後悔ナイまで全力で戦ウ! それこそ乙女が歩むダンジョン道! いのち短し潜れよ乙女!!」
ブランはハンマーを振り回しながらぴょんぴょん跳ね、通りがかったお客さんのぎょっとした視線を集める。
「さいわい、このお店には試合のできるダンジョンもありマス! いざ勝負デス!」
「まいったな。今日はもうあまり時間がないんだよ?」
「つまり、まだ少し時間があるということデスね! 急ぎマショウ!」
「はあ、ブランはこうと決めたら聞かないんだから」
剣城は短いため息をつくと、長身をこちらに向けて居住まいを正した。
「改めて自己紹介をしよう。私は聖マグダレナ学院3年の剣城勇奈だ」
「アテクシは1年のブランシュ・ド・セレスティエですワ!」
「君たちさえ良ければ、この場で一戦お願いできないだろうか? 対戦した相手に礼を欠いてしまったのは、私にとっても心残りだからね」
む、君たちってことは、わたしも含まれてるのかな?
まだダンジョン試合のルールがよくわかっていないが、どうやら団体戦っぽい雰囲気だ。
「ったりめえだ! 今度こそボコボコにして、一生忘れられねえようにしてやるよ!」
「それは楽しみだ。お互いに健闘しよう」
しかし、相談する間もなく、鬼嶋が勝手に受けてしまった。
まあ喧嘩を売っておいて今更引き下がるわけにはいかないだろうけど。
本当にいいのかなあ……と鬼嶋から視線を移すと、キリ先輩まで覚悟の決まった顔つきをしていた。
そうか、試合で悔しい思いをしたのは鬼嶋だけじゃないんだ。
舐めプで惨敗したとあっては、いくらキリ先輩でも内心穏やかならざるものがあったんだろう。
そしてわたしも――
ハンマーを担いだ全身鎧の少女を見る。
あの動きは、わたしに理解できる人間のレベルを遥かに超えていた。
わたしの技は彼女相手にどこまで通用するのか。
正直、わくわくする心を抑えきれない自分がいた。




