第10話
「それじゃ、レギュレーションは……」
「『盗っ人と守護者』でどうですか?」
キリ先輩の言葉に、剣城は一瞬驚いたように目を丸くして、それから口元に微笑を浮かべた。
「ははは、思った以上に油断できない相手のようだね。了解した。先手の守護者は私たちでいいかな? 2対3で盗っ人はさすがに厳しそうだ」
「はい、わかりました」
「それから、制限時間は10分だ。1セットで終わるかもしれないけれど、さっきも言った通り時間がなくてね」
「もちろんです。胸を借りているのはこちらですので」
ルールのことはわからないが、2対3の変則マッチになったらしい。
なんか卑怯な感じもするけれども、言い出したのは相手なのだから気にしないことにしよう。2対2だと、どう考えても初心者のわたしがハブられそうだからなあ。
他校と――というか、ブランという女の子と戦えるせっかくのチャンスなのだ。これをわざわざ逃す手はなかった。ま、所詮は練習だし、堅いことは言いっこなしだ。
* * *
店に併設された試合用ダンジョンを起動すると、岩肌も荒々しい自然洞窟のような空間に瞬間移動していた。発光性の微生物でも棲んでいるのか、あるいはダンジョンならではの原理なのか、湿った岩肌はぼんやりと光って場末の町中華くらいの明るさがある。
広間の奥まったところでは、紡錘形の宝玉が台座に据えられている。
わたしとキリ先輩、そして鬼嶋は三人でそれを囲んで待機していた。
ギアを装着したキリ先輩は、つや消しのレザーのジャンプスーツで、あちこちに備えたベルトやポケットにナイフなどの小型武器をいくつも挿したスタイルだ。
「えーっと、これを出口まで持っていけば勝ちなんでしたっけ?」
改めてルールを確認する。『盗っ人と守護者』は、ダンジョン最奥で奪った財宝を地上まで持ち帰る、という状況をモチーフとしているらしい。
「勝ちっていうか、得点ね。えっと、ゴールの仕方で1点から3点に分かれてて……」
「そんな細けえ話、どーせわかんねえよ、こいつは」
せっかくキリ先輩が詳しく説明してくれようとしたのに、鬼嶋に遮られてしまった。腹立たしいが、いまややこしい説明をされても理解が追いつかないのは確かなので口をつぐむ。
広間の反対で構えている剣城とブランの位置をちらちらと確認しながら、キリ先輩から指示された作戦を反芻していると、不意に宝玉の光が強くなった。
「始まるよ。用意して」
「はい!」
「おう!」
3人で身を寄せ合い、宝玉に手をかける。
「5コールでゴー。いいね?」
キリ先輩の言葉に、無言でうなずく。
「ハット!」
キリ先輩の掛け声が高らかに響く。
「ハット! ハット! ハット! ハット!」
瞬間、宝玉を引っ掴み、お腹に抱えて猛ダッシュする。
3人とも別方向だ。
どるるんという鬼嶋のバイクのエンジン音が背中に聞こえる。
抱えた宝玉が見えないよう気をつけながら、手近な通路に向って走る。
宝玉を持った「盗っ人」が捕まるか、宝玉を地面に落とすと攻撃失敗で、「守護者」が得点してしまう。そのため、3人で分散し、追っ手に狙いを絞らせないようにするのだ。
だが、鉄靴の足音はこちらに向っていた。
首をわずかに振り、視界の端に全身鎧をまとった少女――ブランの姿を映す。
やべ、いきなりバレちまったか?
しかし、剣城は追ってきていない。
的を絞れず、当てずっぽうで追ってきているだけか?
ここにきて、『盗っ人と守護者』を選んだキリ先輩の狙いを理解した。
このルールで人数差は大きなハンデになる。
マンツーマンで追った場合、宝玉を持つ盗っ人を見破れなければ、三分の一の確率で取り逃してしまうのだ。それでも勝負を受けたのは、剣城たちの慢心――あるいは、自信だろうか。反対に、キリ先輩には何が何でも勝ちたいという意思を感じた。
とはいえ、三分の一のギャンブルには負けてしまった。
だが、勝負に負けたわけじゃない。
もはや隠す意味のなくなった宝玉を左の脇に持ち替えて加速する。落とし穴を飛び越え、吹き出す酸をかわし、待ち伏せていたゴブリンの顔面を跳躍して踏みつける。
宝玉のありかがバレたところで捕まらなければ問題ないのだ。
こちらは片手が塞がっているが、全身を金属鎧で固めたブランに比べれば圧倒的に軽量だ。追いかけっこならこちらに分がある――
――と思っていたのに。
鉄靴が石畳を打つ音はいつまでも遠くならない。
いや、むしろ徐々に近づいてきている。
守護者側はトラップにもモンスターにも妨害されないと聞いている。
ランダムに生成されるダンジョンのマップも持っているらしい。
追っ手に有利なルールだ。
だが、わたしはほとんど減速していない。
足音がずっと聞こえているということは、先回りされたわけでもない。
純粋に、速力でこちらを上回られている。
「どろぼーサン、待ってくだサーイ!」
声とともに背骨を駆け上る悪寒。
咄嗟にサイドステップを踏むのと、低い風切音を鳴らしながら回転する巨大なハンマーが過ぎ去っていくのはほとんど同時だった。ハンマーは曲がり角の壁にぶち当たり、岩肌を砕いて破片を飛び散らせた。
(ひえー……あんなの直撃したらさすがに死ぬわ……)
こめかみを冷たい汗が伝うのを感じる。
ここは現実とは違い、たとえ致命傷を負っても精神体が消失するだけなのは理解している。理解はしている……が、実感できているかと言われれば別の話だ。
視覚、触覚、聴覚、嗅覚。試していないがたぶん味覚も完全に再現された世界で、「ここは現実じゃないから死んでもだいじょうぶですよー」と言われても、「はい、そーですか」とすんなり飲み込めるものではない。
「うわーん! ずるいーデスー! よけないでくだサイー!」
「よけるわボケっ!」
背後から響く理不尽な要求をはっきりと拒絶しながら先を急ぐ。
ハンマーを捨てて追いかけられたらすぐに捕まっちゃうかも……と不安がよぎったが、がらりと重い物が崩れる音がした。ハンマーは拾ってきているようだ。よかった。
って、本当によかったのか?
あんな無茶苦茶な凶器で殴られたらたまったもんじゃないぞ。
痛みを感じる間もなく昇天できれば御の字だ。
中途半端に潰れたら目も当てられたもんじゃない。
下手な刃物の傷より、打撃の方が痛いのだ。
(いや、待てよ……)
走りながら、思い直す。
(わたしが求めていたのは、逃げ回ることか?)
奥歯を噛み締め、覚悟を決める。
(わたしは、あの理不尽な強さと戦ってみたいんだ!)
踏みとどまる。スニーカーの底が濡れた岩肌をこすり、甲高い音を立てる。
「かかってこいや――」
振り返ると、視界を巨大なハンマーが埋め尽くしていて――
「――っぱ、いまは無理ぃぃぃいいい!!」
飛来したハンマーを間一髪で避け、再び180度方向転換してダッシュした。




