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いのち短し潜れよ乙女~ダンジョン道は乙女のたしなみ~  作者: 瘴気領域
第二章 買物 x 宿敵 x 車椅子

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第11話

 飛来するハンマーを避け……

 ハンマーを避け……

 曲がり角ではちょっと距離を稼ぎ……

 直線ではじわじわと詰められて……

 文字通りの必死の思いで駆け続けていると、唐突に視界がひらけた。


 そこはスタート地点と同じような広間だった。

 奥の壁はフットサルのゴールと同じくらいの大きさの開放部があり、陽光の差す森と草むらの風景が覗いていた。あれが宝玉を運ぶと得点になるダンジョンの出口――ゴールだろう。


 剣城の長身が、そのゴールを背にして立っている。

 兜はなく、涼やかな素顔をそのまま晒し、要所要所を板金で補強した鎖帷子にサーコートを羽織っている。右手に握った斧槍(ハルバード)は、石突を地面について垂直に立てられていた。穂先は剣城の頭よりもなお高く、リーチは2メートル以上だろう。


 ――このまま決める!


 トップギアまで加速し、ゴールに向けて突っ込んでいく。

 剣城は眠ったような半眼で、口元には微笑さえ浮かんでいる。

 わたしがすぐそこまで迫っているのに、身じろぎひとつしていない。 


「アカリちゃん、待って!」

「馬鹿っ! 突っ込むな!」


 眼前を銀閃が通り過ぎた。

 目のわずかに下、左の頬から鼻の付け根、右の頬まで一直線に鋭い痛み。

 顔面をゆっくりと這い落ちる生温かい感触。

 切られた。皮一枚。

 垂直に立てられていたはずのハルバードが、水平に伸ばされていた。

 あと半歩突っ込んでいれば、わたしの頭はすっぱり上下に分割されていただろう。

 キリ先輩と鬼嶋の警告のおかげで、ぎりぎり踏みとどまれた。


「やっと待ってくれまシタッ!!」

「ぬわぁぁぁあああっ!?」


 背後から降るハンマーを、咄嗟の横っ飛びでかわす。

 そのまま地面をごろごろと転がって、ゴールの向かいに待機していたキリ先輩たちに合流。

 剣城と睨み合いをしながら、わたしを待っていたのだろう。

 宝玉なしでやりあっても意味はないからだ。


「これ、頼みます!」

「えっ!?」


 投げ渡した宝玉を、キリ先輩が慌てて受け止める。

 落とさなければオッケーだから、パスは問題ないはずだ。

 そして短く息を吐き、背後に向けて突き上げるように一気に踏み込む。

 左肩に衝撃。金属の衝突音。「キャッ」と短く幼い悲鳴。


 鎧の少女が、ハンマーを持った少女が、驚愕の表情を浮かべて宙に浮いていた。

 わたしを追ってきたブランを、体当たりで迎え撃ったのだ。

 これまで一切反撃をしてこなかったから、さぞ驚いていることだろう。


「お待たせしましたね……っと!」


 さらに踏み込み、両掌で腹を打ち上げる。

 色素の薄い桜色の唇からくぐもった息が漏れ、小さな身体を分不相応に包む金属塊ごと吹き飛ばす。ブランは数メートル離れたところで片膝と片手を地面についた姿勢で着地――慣性で滑る身体を力で無理やり踏み留め、すぐに立ち上がってハンマーを振り回す。


「やっとやる気になったデスね!」


 花が咲いたような満面の笑顔。


「おかげさまで、両手が空いたんでね!」


 ブランにダメージはない。どちらも距離を稼ぐための攻撃で、おまけに分厚い鎧越しだったのだから当然だ。両腕に、両脚に重みが残っている。やはりあの鎧の重量も見た目通りだ。少女の体格、骨格では物理的に支えきれないはずの、身にまとう鉄塊。


 追撃。走る。

 巨大な槌頭が横薙ぎに振るわれる。

 這うような体勢で潜り抜ける。

 隙あり――否。

 ハンマーを振り切った腕が畳まれ、肘でガードされている。

 射線が通らない――下からの攻撃ならば。

 前転。地面に手をつき、足を跳ね上げ、踵が半弧を描く。

 みち……

 安全靴を通し、つま先に肉を潰す感触。


Aïe(アイ)ッ!?」


 ブランが悲鳴を上げ、上半身を仰け反らせながら、それでもハンマーが振るわれる。

 衝撃。逆立ちした横っ腹に。

 地面を手で押し身体を浮かせ、可能な限り衝撃を受け流す。

 世界がくるくると回る。

 場違いに、風に吹かれる木の葉の画が浮かぶ。

 なんとか床に四肢をつく。

 ブランが天井に、逆さまに立っている。

 形のよい小さな鼻が赤くなって、天井へと昇るように顎先へ血が垂れている。

 違――

 逆さまはわたしだ。

 天井に着地していたのは、わたしだ。

 慌てて天井を蹴り、半回転して正しく着地する。

 素早く頭を振って、混乱した平衡感覚を回復させる。


(ったく、どんな馬力してんのよ)


 内心で舌打ちしながら改めて天井を見上げると、4メートルくらいはあった。

 体勢の崩れた状態からの一振りで、人間をあそこまで吹き飛ばすなんて常識はずれなんてレベルじゃない。物理的におかしい。もうオカルトの世界だ。


「あかりサンこそ、すっごい動キ! ニンジツすごいデース!」

「すごいでしょ。これが日本の神秘だよ」


 天真爛漫な笑顔に、冷や汗を隠すための笑顔で応じる。

 両手が使えればなんとかなるんじゃないかと思っていたが、そんな甘い相手じゃなかったようだ。細く息を吐いて腰を落とし、丹田に力を溜める。腹の底が熱くなり、胸の奥が点火する。


「じゃ、準備運動はここまでってことで」

 強がり半分、本音が半分。

 片手を伸ばし、手首から先だけでくいくいと手招きをする。


Waouh(ワウ)! ではアテクシも、マジを出しマース!」

 少女はぶんぶんとハンマーを振り回して応える。


 さながら鎖から放たれた餓狼のごとく。

 さながら戒めが解かれた臥龍のごとく。

 わたしとブランは、雄叫びを上げて激突した。

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