第69話
わたしとブランの戦いは、正々堂々足を止めての正面からの打ち合い……とはならなかった。
ブランの攻撃は一発でも直撃をもらえばリタイア確定の大威力だ。そのため、素早く間合いを出し入れしながら。ロングレンジの打撃を差し込んでいくアウトボクシングスタイルが自然と最適解となる。
「Mmmm……ちょこまかとずるいデス!」
「ずるくないです~。これが戦術ってやつです~」
追いすがる巨大ハンマーをかいくぐりながらの戦い。ブランはだいぶ焦れているようだが、それに応えてやる義理などない。
だが、精神面での苛立ちとは裏腹に、体力の方はまだまだ余裕がありそうだ。ちくちく打撃を入れてはいるものの、全身金属鎧で固めているのだからそうそう有効打になどならない。捨身飼虎を封じるためだろう。基本的には前に出続け、溜めを作れる隙は与えない立ち回りだ。
ブランが警戒すればいいのは、捨身飼虎による豪打とオープンヘルムで剥き出しの顔面のみ。細かな被弾は気にせず、こちらを叩き潰すべくじわじわ進んでくる様子はさながら重戦車だ。身体は豆タンクだが、秘めたパワーは陸上戦艦級である。
「いままでと一緒じゃないデスか! これでラストセットなんデスよ!」
ブランのギアがさらに上がる。
ハンマーの生み出す風圧が勢いを増す。
もはや体力を残す必要はない。
出し惜しみせず一気に潰す算段だろう。
ブランの言うとおり、このセットも含めてわたしはずっと一撃離脱に徹してきた。これがボクシングだったなら、クリーンヒットの数でわたしが判定勝ちを収めるだろう。しかし、これはボクシングではない。このまま試合が終わったら、終始押されっぱなしだったわたしの負けだと誰もが思う。なにより、わたし自身がそう考えてしまう。
だから。
「うおおおおおおおッ!!」
気合一発。横薙ぎのハンマーをスウェーでかわした直後、身体を思いっきり前傾させて振り下ろし気味のロシアンフックを右拳で放つ。さながら野球のオーバースローのような打撃。顔面に直撃すれば、さしものブランも堪えるだろう。
だが。
右拳に固い手応え。ごうんと鈍い金属音が轟く。兜で受けられたのだ。
「Huhumph、このくらいでは通りマセンよ!」
知ってる。
この程度のカウンターが通じるのならとっくにわたしが勝っている。
前傾させた身体をそのまま前に投げ出すように倒していく。
狙うはブランの右足だ。
左手を膝裏に差し込んで抱え込み、ロシアンフックを放った右手でそのまま押し込むようにブランの頭を押す。だが、右手は動かない。首が半端なく強い。すんなり入れば仰向けに倒せるところだが、そうは問屋が卸さない。純然たるパワーで持ちこたえられる。
だから。
右手をさっと引く。ブランの重心が一瞬前方に泳ぐ。
膝を抱えていた左腕を離し、身体に巻き付くように背後に。
両腕をブランの腰にまわし、指を絡めてクラッチする。
「よしっ、背後もらった!」
「しまッ!?」
第一セットからこれまで、打撃戦に徹してきたのはこのための仕込みだ。
古来より甲冑を身につけた敵への対策は組討一択である。
とはいえ、のんびり寝技をかけている暇などない。
ならばどうするか。
一呼吸だけ集中し、捨身飼虎を発動する。
「どぉぉぉおおおおおりゃぁぁぁあああああああ!!」
絶叫とともに、ブランを足元から引っこ抜く。
そしてそのまま背を反らし、脳天から地面に叩き落とす!
「Aïeeeッ!」
確かな手応え。ブランの悲鳴。
火神陰流~バックドロップの捨身飼虎仕立て~である。
なお、命名はわたしだ。
いやプロレス技かいと思うかもしれないが、これがなかなかどうして強力である。
まず、バックポジションは簡単には外せない。
捨身飼虎の発動に必要な溜めに必要な隙を作りやすい。
そして破壊力。
相手と自分の全体重を利用する一投の威力は打撃の比ではない。
ちんたら寝技をやらない主義の火神陰流においても、投げ技は主力として体系に組み込まれているのだ。
並大抵の相手なら一発昇天間違いなしの荒技だ。
そして、今回はそれに加えて捨身飼虎のパワーまで上乗せされている。
「Mmmmm……えいッ!!」
「くっ」
しかしまあ、ブランは「並大抵」には当然当てはまらないわけで。
バックドロップの直後から、身体をひねってクラッチを切り、ごろごろ転がって距離を取る。
「Huhhhhhh……やられマシタ……!」
ふらふらと立ち上がるブランの両腕が肩からだらりと下がっている。
鎧はベコベコに変型して、装甲があちこち剥がれ落ちていた。
動きを阻害しているのだろう。
ブランはそれをむしり取る。
両腕の素肌が晒される。
指がでたらめに曲がり、左腕が関節ではない場所から折れ、肉を突き破って白い骨が見えている。
だがそれも一瞬だ。
プラーナの粒子に包まれ、見る間に修復されていく。
両腕を犠牲にして受け身を取ったのだ。
ブランを叩きつけた場所をちらりと見れば、両手の形に石畳が砕け、陥没している。
受け身なんて生半可なものじゃない。
両腕が壊れるのを前提に突っ張り棒の代わりにしたわけだ。
普通なら頭をかばうところを、それでは衝撃を殺しきれないと瞬時に判断したのだろう。実際、腕を重ねた程度のクッションでは防げない勢いで投げていた。
意識的にやったのか、無意識にやったのかはわからないが、凄まじいセンスと覚悟だった。
そして、捨身飼虎を使った直後のわたしもまだ動けない。
ブランの隙を突く絶好の機会だが、これまでの戦いで積もり積もった消耗は予想以上だったようだ。なんとか立ってはいるが、とても攻撃に移れる状態ではない。
ブランが上半身の鎧も脱ぎ捨て、身軽になるのを見ていることしかできなかった。
「C’est prêt……! これでなんとか動けマス……!」
「お嬢様は身だしなみにも時間がかかるね。待ちくたびれちゃったよ」
「Ah bon? アカリさんも、休憩してたように見えマシタよ」
「ああ、ごめんごめん。ちょっとぼーっとしてたんだわ。夕飯は何にしようか考えててさ」
軽口をかわしながらじりじりと近づいていく。
ブランの手には戦鎚がなく。
こちらの体には体力がない。
だが、それは戦いをやめる理由にはならない。
遅々とした歩みはゆっくりと加速していき、
瞬く間に間合いが詰まり、
「おおおおおおおおおおおおッッ!!」
「OuaaarrrrrrRAAAAAAHHHHH!!」
そして、体ごと激突した。




