第68話
もっとも体力消耗が激しいスポーツは何か。
これについては諸説あると思われるが、格闘技全般が上位に当てはまることを否定する人はいないと思う。例えばボクシングなら1ラウンド3分で1分のインターバルを挟む。MMAなら5分3ラウンドか5ラウンドが標準的だ。極端な例を挙げると大相撲では10秒前後で決着が着くが、試合後の力士は消耗しきって全身汗まみれである。
ダンジョン道においてもそのあたりの事情は近い。
1セット10分間を延々殴り合っていることなどそうそうないが、ありえないことではない。双方が開幕からの強襲を行い、決着しなければ10分間延々殴り合いを続けるという、他競技ではなかなか見られないタフな勝負が繰り広げられるのだ。消耗するのはプラーナなので、現実の格闘技とはちょっと事情が違うところもあるのだけれど。
第一セット:【0-0】
というわけで、引き分けとなった第一セットではその10分間の殴り合いが発生した。
「はあ、はあ……さ、さすがにキツイっすね」
「な、なんだ。もうへばったのかよ?」
「いいから喋ってないで回復に努めて」
肩で息をするわたしと鬼嶋に、キリ先輩が特濃のスポーツドリンクをくれる。いつものお手製スポドリにたっぷりのハチミツを加えたスペシャルバージョンである。とろみを帯びた冷たい液体が熱くなった身体を冷やし、糖分が全身に染み渡っていく。
「向こうも交代はないみたいだね」
聖マグダレナの方でも、ブランと剣城さんが初里さんから受け取ったドリンクを飲んで呼吸を整えている。定員の3名ぴったりで戦っているうちとは違い、あちらは選手層も厚く、控え含め6名のフルメンバーが登録されている。
「つっても、準決からは交代がねーから通常運転って感じだけどな」
「そうだね。どうやらそれがマグダレナの本気ってことみたい」
「へへっ、去年とは大違いだな。光栄なこって」
二人の言うとおり、聖マグダレナは緒戦こそ頻繁に選手交代をしていたものの、準決勝では剣城さん、ブラン、初里さんから交代していない。いつか剣城さんが口にしていたことだが、聖マグダレナは余裕があるうちは頻繁な交代で多くの選手に経験を積ませる方針で、去年の冬大会での対戦では剣城さんが早々に引っ込んだそうだ。
それがいまや交代の気配なし。
つまり、桜吹雪高校が「油断できない好敵手」として認められたということを意味している。
言葉少なな休憩が、インターバル終了の予鈴で終わりを告げる。
「うしっ」と小さく気合を入れて、開始線に整列する。
交代なんて絶対させてなるものか。
両手の指をぽきぽき鳴らし。ブランに向けて拳を構えた。
* * *
第二セット:【0-0】
第三セット:【0-0】
第四セット:【0-0】
第四セットまで見事なゼロ更新である。
正面衝突から始まった第一セットとは違って、第二セット以降は「宝箱を発見し、どちらも解錠権を取らないまま宝箱の前で戦う」というパターンに移行している。開幕からバチバチに殴り合うよりは消耗が抑えられるが、それにしたってキツイことはキツイ。
そして、あえてタイムも取らないし、顔にも出さない(なるべく)。
向こうを見れば、三人とも涼しい顔で水分補給をしている。
やつらのスタミナは無尽蔵か……というわけではなく、彼女らも相当に疲れているはずだ。たぶん。そうでなければやってられん。
最終セットを告げる予鈴。
ブランの青い瞳をじっと見据える。
「今度こそ決着をつけるデスよ!」
「そっちこそ、引き分け狙いで引き伸ばしてるんじゃない?」
「Mmッ!? そんなことはありマセン! アカリさんこそ、ぽろりぽろりと逃げすぎデス!」
「のらりくらりね」
花のJKがぽろりぽろりしていたら大事故である。
駄弁る体力も節約したい状況ではあるが、しっかり挑発とツッコミはしておく。これもまたスタミナなんて全然余裕だもんねという涙ぐましい努力であるし、また、変わった動きを見せてこちらの作戦を気取られたくない……というのもある。
とはいえ、ぶっちゃけ向こうもわかってると思うんだけどね。
「まさかだけど、引き分けで運頼みの解錠勝負なんて考えてないよね?」
「へへっ、どうだかね」
剣城さんの鎌かけに、鬼嶋はへらっと笑って流す。
だが、どちらの目も笑っていない。射殺さんばかりの視線が交錯している。
「私は解錠勝負でも支障がありませんが、ここまでもつれたこと自体が『まさか』の事態ですね」
「同感。ボクももっと楽勝だったと思ってたよ。さすがは県最強はしぶといや」
初里さんの言葉に、キリ先輩も挑発で応じる。
初里さんはくすりと笑うだけで、気分を害した様子もない。ま、安い挑発で乱れるような人が聖マグダレナのレギュラーになれるはずもない。当然の反応だ。
――ビイイイイィィィィィィ
試合開始を知らせるブザー。
迷わず〈捨身飼虎(緩)〉で飛び出し、ブランの顔面に向けて渾身の右ストレートを放つ。
「Waouh! これまでよりずっと速いデス!」
手甲が掠めた右頬から光の粒子を散らしながら、ブランが獰猛に笑う。身を捻った勢いのまま反転し、超大型台風のように颶風を巻き上げながら巨大ハンマーを横薙ぎに振るった。
それを跳躍で飛び越え、空中から踏みつけるような飛び蹴り。しかしそれはあえての頭突きで迎撃され、兜の額で受け止められる。靴底の鉄板越しに強烈な衝撃を感じながら、空中で一回転して着地。
「そっちこそ、今日イチで速いんじゃん」
「これで最後の戦いですカラね! ぜんぶ出し切るデスよ!!」
視界の端では剣城さんのハルバードが回転数を上げ、これまで積極的に戦闘に参加していなかった初里さんもキリ先輩と切り結んでいる。
何のことはない、両チームとも最初から同じ作戦だったわけだ。
最初からこの最終セットに焦点を定め、全力で相手を打ち破る。
正真正銘、県大会最後の戦いが火蓋を切った。




