第67話
切光桐子は試合開始の直後に走った。
狙いは聖マグダレナの後衛、初里麻凛である。
剣城、ブランによるブロックは入らない。二人ともそれぞれ鬼嶋、朱莉の相手に集中している。
では初里はどうか。
彼女は紫の長衣を翻し、通路の一本に向けて駆けていた。前衛二人で強襲をかけてのスカウト単騎による宝箱探索。財宝争奪戦における定跡のひとつである。
(なるほど、序盤の作戦はボクらとほぼ同じか)
桐子は初里の背中を追って走りながら思う。
強襲とスカウト単騎の組み合わせと、三人での強襲にじつは本質的な差異はない。どちらも正面からの力攻めを意味する。そして一人が宝箱探索に入ったならば、それを誰も追わないという選択肢はほぼない。スカウトを数分放置すれば、それだけでセットを取られてしまうからだ。
初里の進行スピードは速い。
トラップは確実に見切り、避けられない徘徊モンスターとの戦闘も手早く片付けている。使う得物は短剣。事前の偵察でわかっていたことだが、桐子と近いスタイルだ。
いくら速いと言っても、さすがに振り切られるほどではない。
桐子もまた探索を本職とするスカウトなのだ。一度誰かが通った通路など、舗装された遊歩道を散歩するようものだ。警戒すべきは先行する初里が仕掛けるトラップだが、今のところそんな素振りは見られない。トラップには基本的に消耗品である胚珠を使用する。プラーナポイントの圧迫を嫌って、トラップ用の装備をそもそも用意しない者も多い。
追いつけそうなタイミングは幾度かあったが、無理には仕掛けない。この場面で気をつけるべきは初里に一方的に解錠を許してしまう展開だ。後衛とはいえ初里は聖マグダレナのレギュラーの一角。正面戦闘で簡単に落とせるような相手ではない。
付かず離れずの追跡行の結果、宝箱が設置された広間に出た。
初里は宝箱の前に佇み、振り返る。
桐子も十分な間合いを置いて足を止めた。
「これで膠着、ですね。どうします? 私たちも一騎打ちに興じますか?」
初里がフードの奥から声をかけてくる。その表情は陰に隠れて見えない。
「やめておきますよ。それより、解錠はしないんです? せっかく先着したのにもったいないですよ」
「あなたがそこでじっとしていてくれるのなら、喜んでお言葉に甘えるのですが」
「あはは、どうでしょうね。試してみたらどうですか?」
「あなたこそ試してみたらいかがでしょう。私はここでじっとしていますから」
軽口を交わしつつ、どちらも解錠権を取りに行かない。
一対一の状況で解錠が成功する見込みは薄く、失敗すればマイナス1点のペナルティがあるからだ。お互いにそんなことはわかった上で、意味のない言葉の応酬に興じているのだ。
「しかし、こうなるともう動きようがありませんね。動く意味もとくにない」
初里は肩を竦め、宝箱のすぐ脇に腰を下ろした。あまつさえ水筒を復号してお茶をすすりだし、ほうじ茶の香ばしい香りが辺りに漂った。
「あなたもご一緒にいかがですか? 誰か来るまではどうせ暇ですし。そうだ、ガールズトークでもしましょうよ。うちは女子校なので、そういうのに飢えてるんですよね。切光さんでしたっけ? あなたは彼氏とかいますか?」
「いいえ、遠慮しておきますよ。お茶も、ガールズトークも」
「ガールズトークも?」
「ガールズトークも」
「彼氏はいないのですか?」
「…………」
「けっこうモテそうに見えるんですけどねえ」
「そういうの興味ないんで」
「あー……、そっち系ですか? 私、そういうのにも理解ありますから安心してください。あの金髪の娘の方ですかね?」
「…………」
桐子のつれない返事に、初里は再び肩を竦めた。
試合中に相手から飲食物を振る舞われるなど聞いたこともない。まさか毒を仕込んでいるとは思わないが、そんな誘いにむざむざ乗るほど呑気でもない。
そしてガールズトークに乗らないのは浮いた話などひとつもないからだ。モテた経験など一度もないし、部活と勉強で忙しく、異性との接点など授業中くらいしかない。そして、今はそれでよいと思っている。本心から恋愛に興味がないのである。
なお、本人に自覚はないがボーイッシュで小動物的な可愛らしさのある桐子には根強いファンが結構いる。いるのだが、本人がこの調子なので思いを告げようにも隙がない。まあ、実際告白したところで困ったような顔で「ごめんなさい」となるのが目に見えており、いずれにとっても幸運な状況であると言えたが。
「でも、私はともかくあなたの方は本当に動かなくてよいのですか?」
「どういう意味ですか」
言いたいことの予想はついている。
だが、それでもあえて聞く。確認したいことがあるからだ。
「援軍が到着するなら私の方だと言っているんですよ。剣城部長もブランも個人戦闘では世代トップクラスの選手です。客観的に考えて、彼女らを倒して桜吹雪のお二人が援軍に来られる可能性はゼロに等しいでしょう」
桐子は口元が歪むのを必死で抑えなければならなかった。
察せられてしまえば、この策は簡単に崩壊してしまう。
だから桐子は、あえて笑った。
精一杯不敵な様子を装って、初里に向けて親指を立てる。
「ボクは、あの二人を信頼していますから」




