第66話
剣城勇奈は内心で舌を巻いていた。
鬼嶋虹心の実力に、である。
「おらおらおらおらッ! そんな腰が引けてちゃ当たるもんも当たらねえぜッ!!」
「……ッ!!」
すれ違いざまに打ち掛かる木刀をハルバードの柄で受け、その衝撃を逆用して穂を振るうのだが紙一重の差でかわされる。生き物のように動くバイクは徒歩と違って挙動の起こりがない。アクセルやクラッチレバーを操作する手を見ようにも、風防で視線が遮られる。
(江ノ島のときはあんなパーツはなかったはずだよね)
いつか祇園精舎ダンジョンで共闘したときのことを思い返す。あのとき、鬼嶋のネイキッドバイクは無骨そのもので、余計な装飾やパーツは一切ついていないように見えた。ダンジョンで空気抵抗や寒さが問題になることはほぼあるまい。風防はバイクの操作を隠すために新たに取り付けたパーツだろう。
いや、違う。
桜吹雪高校の準決勝の試合映像では、風防などついていなかった。この決勝になって初めて取り付けたパーツなのだ。
つまり、
(私向けの対策を用意してくれてたってことだね!)
高速で繰り返される一撃離脱を、反射神経のみで捌き続ける。
石突きを跳ね上げ、穂先を突き出し、斧で切りつけ、鈎で引っ掛けようとする。
空振り、空振り、空振り、空振り。
紙一重。間一髪。毫末の差。
ほんの僅かにかすめた攻撃が、金髪を、特攻服の端切れを散らす。
あるいは皮一枚なら届いているのかもしれない。
しかし、鬼嶋は臆することなくバイクと共に突っ込んでくる。
剣城家の流派――剣心一刀流は後の先を以って奥義とする。
居合の術理を応用した斧槍捌きは、迎え撃つと言うよりも当たるべく場所に「置きにいく」という感覚が近い。その読みが、直感が、ほんのわずかな差でずらされ続けている。
(すごい成長速度だ……!)
剣城の口元が、無意識に歪められていた。
悔しさではない。嫉妬でもない。それは愉悦。あるいは昂り。
この瞬間、剣城勇奈は鬼嶋虹心との戦いに、確かに胸を躍らせていた。
(とはいえ)
感心してばかりではいられない。
練習試合であったなら、全力を引き出して堪能することも許されただろう。それは軽視でも侮辱でもない。剣城自身の研鑽にもなるからだ。
しかし、これは本番だ。真剣勝負でそんな余裕を見せるのは、侮辱以外の何者でもない。全力でぶつかり合って、潰すつもりで力を振るって、それで初めて敬意が生まれる。
「うおおおおおおッ!」
「うわっ!?」
気合と共に、ハルバードを投擲する。
予想していなかった攻撃に焦ったようだが、鬼嶋はバイクを急旋回させてそれを避けてみせた。
そのわずかな隙に、もう一つの武器を復号する。
「剣心一刀流、十文字槍術――」
身体の左右、頭上と十文字槍を旋回させ、重さとバランスを身体に馴染ませる。
「――いざ、尋常に参る。なんてね」
風を切り裂いて、十字の穂先を鬼嶋に向けて突き出した。
* * *
鬼嶋虹心は冷や汗が止まらなかった。
剣城勇奈の槍捌きに、である。
絶え間なく動きながら一撃離脱を繰り返しているが、そうしているのは足を止めれば即座に狩られる予感があるからだ。攻めてかかるのは、退けば瞬く間に壁際に追い詰められると直感するからだ。
「オラオラオラオラオラぁぁぁぁあああッ!」
虚勢を張り上げ、張り上げ、張り上げて、気勢に上書きする。腹に凝った恐怖を吐き出し、闘志だけをその身に残す。
斧槍の穂先が、斧刃が、鉤爪が、石突きが絶え間なく襲ってくる。それでも厄介だったのに、十文字槍に持ち替えてからはその切れ味が増した。致死の刃が通り過ぎ、遅れて風切音が追いかける。
(手元だ、足元だ。槍じゃなく、体を見ろ!)
なぎなた部への出稽古で鍛えた感覚を総動員する。
長柄の得物の先端は、梃子の原理で恐ろしい速さに達する。達人の振るうそれともなれば、人間の反射の限界を易々と上回る。
ならばどうするか。
槍を操る体を見るのだ。
手元から、足元から、重心から意を読み取り、攻撃の位置とタイミングを予測する。間合いは頭に入れておく。握りの位置と体捌きから届く範囲を瞬時に見切る。アカリの祖父から授かった対剣城のアドバイスだ。
(……なんて、言うのは簡単だけどよ!)
前髪が切り飛ばされて宙を舞う。
特攻服の裾が、袖が、肩口が、徐々に徐々に切り裂かれ、糸くずを散らす。
遅れてわずかな痛みが走る。
かわしきれているわけではないのだ。
皮一枚を切られている。
産毛をなぞるようだったそれは、今は確実に肌に届いている。
本来の得物に持ち替えて技のキレが増しただけではない。
鬼嶋と戦いながら、その動きは学んでいるのだ。
学び、予測し、最適化を繰り返しているのだ。
(ははは! 確かにあんたは天才じゃなさそうだ!)
鬼嶋の口元が、無意識に歪められていた。
腹の底から笑いがこみ上げていた。
楽しくて、気持ちよくて、背骨が直接くすぐられているようにぞくぞくしてたまらない。
剣城が――例えばアカリやブランのような――天才であったなら、こんな地道な調整作業は不要だろう。勘に従って決め打ちし、凡才が積み重ねた調整と同じ結果を生むのだろう。
だが、それでも。
(負けるつもりはねえんだよなッ!)
天才が十段飛ばしに上っていくなら、こちらは十一段を登ればいいだけだ。天才が二十段進んだならば、こちらは二十一段進めばいい。
いま目の前で積み上げている、剣城勇奈と同様に。
「天才に挑もうってのに、凡才に負けてるわけにはいかねえよなッ!」
「同感だよッ!」
鬼嶋の木刀と、剣城の十文字槍とがもはや何十合目かもわからない交錯をし、激しい衝突音をダンジョンに響かせた。




