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いのち短し潜れよ乙女~ダンジョン道は乙女のたしなみ~  作者: 瘴気領域
第九章 夏大会 x 後半 x 宿命の対決

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第66話

 剣城(けんじょう)勇奈(ゆな)は内心で舌を巻いていた。

 鬼嶋(きじま)虹心(にこ)の実力に、である。


「おらおらおらおらッ! そんな腰が引けてちゃ当たるもんも当たらねえぜッ!!」

「……ッ!!」


 すれ違いざまに打ち掛かる木刀をハルバードの柄で受け、その衝撃を逆用して穂を振るうのだが紙一重の差でかわされる。生き物のように動くバイクは徒歩と違って挙動の起こり(・・・)がない。アクセルやクラッチレバーを操作する手を見ようにも、風防で視線が遮られる。


(江ノ島のときはあんなパーツはなかったはずだよね)


 いつか祇園精舎ダンジョンで共闘したときのことを思い返す。あのとき、鬼嶋のネイキッドバイクは無骨そのもので、余計な装飾やパーツは一切ついていないように見えた。ダンジョンで空気抵抗や寒さが問題になることはほぼあるまい。風防はバイクの操作を隠すために新たに取り付けたパーツだろう。


 いや、違う。


 桜吹雪高校の準決勝の試合映像では、風防などついていなかった。この決勝になって初めて取り付けたパーツなのだ。


 つまり、


(私向けの対策を用意してくれてたってことだね!)


 高速で繰り返される一撃離脱を、反射神経のみで捌き続ける。

 石突きを跳ね上げ、穂先を突き出し、斧で切りつけ、鈎で引っ掛けようとする。

 空振り、空振り、空振り、空振り。

 紙一重。間一髪。毫末(ごうまつ)の差。

 ほんの僅かにかすめた攻撃が、金髪を、特攻服の端切れを散らす。

 あるいは皮一枚なら届いているのかもしれない。

 しかし、鬼嶋は臆することなくバイクと共に突っ込んでくる。


 剣城家の流派――剣心一刀流は後の先を以って奥義とする。

 居合の術理を応用した斧槍捌きは、迎え撃つと言うよりも当たるべく場所に「置きにいく」という感覚が近い。その読みが、直感が、ほんのわずかな差でずらされ続けている。


(すごい成長速度だ……!)


 剣城の口元が、無意識に歪められていた。

 悔しさではない。嫉妬でもない。それは愉悦。あるいは昂り。

 この瞬間、剣城(けんじょう)勇奈(ゆな)鬼嶋(きじま)虹心(にこ)との戦いに、確かに胸を躍らせていた。


(とはいえ)


 感心してばかりではいられない。

 練習試合であったなら、全力を引き出して堪能することも許されただろう。それは軽視でも侮辱でもない。剣城自身の研鑽にもなるからだ。

 しかし、これは本番だ。真剣勝負でそんな余裕を見せるのは、侮辱以外の何者でもない。全力でぶつかり合って、潰すつもりで力を振るって、それで初めて敬意が生まれる。


「うおおおおおおッ!」

「うわっ!?」


 気合と共に、ハルバードを投擲する。

 予想していなかった攻撃に焦ったようだが、鬼嶋はバイクを急旋回させてそれを避けてみせた。

 そのわずかな隙に、もう一つの武器を復号(アンジップ)する。


「剣心一刀流、十文字槍術――」


 身体の左右、頭上と十文字槍を旋回させ、重さとバランスを身体に馴染ませる。


「――いざ、尋常に参る。なんてね」


 風を切り裂いて、十字の穂先を鬼嶋に向けて突き出した。


 * * *


 鬼嶋(きじま)虹心(にこ)は冷や汗が止まらなかった。

 剣城(けんじょう)勇奈(ゆな)の槍捌きに、である。


 絶え間なく動きながら一撃離脱を繰り返しているが、そうしているのは足を止めれば即座に狩られる予感があるからだ。攻めてかかるのは、退けば瞬く間に壁際に追い詰められると直感するからだ。


「オラオラオラオラオラぁぁぁぁあああッ!」


 虚勢を張り上げ、張り上げ、張り上げて、気勢に上書きする。腹に(こご)った恐怖を吐き出し、闘志だけをその身に残す。

 斧槍の穂先が、斧刃が、鉤爪が、石突きが絶え間なく襲ってくる。それでも厄介だったのに、十文字槍に持ち替えてからはその切れ味が増した。致死の刃が通り過ぎ、遅れて風切音が追いかける。


(手元だ、足元だ。槍じゃなく、体を見ろ!)


 なぎなた部への出稽古で鍛えた感覚を総動員する。

 長柄の得物の先端は、梃子の原理で恐ろしい速さに達する。達人の振るうそれともなれば、人間の反射の限界を易々と上回る。

 ならばどうするか。

 槍を操る体を見るのだ。

 手元から、足元から、重心から意を読み取り、攻撃の位置とタイミングを予測する。間合いは頭に入れておく。握りの位置と体捌きから届く範囲を瞬時に見切る。アカリの祖父(師匠)から授かった対剣城のアドバイスだ。


(……なんて、言うのは簡単だけどよ!)


 前髪が切り飛ばされて宙を舞う。

 特攻服の裾が、袖が、肩口が、徐々に徐々に切り裂かれ、糸くずを散らす。

 遅れてわずかな痛みが走る。

 かわしきれているわけではないのだ。

 皮一枚を切られている。

 産毛をなぞるようだったそれは、今は確実に肌に届いている。

 本来の得物(十文字槍)に持ち替えて技のキレが増しただけではない。

 鬼嶋と戦いながら、その動きは学んでいるのだ。

 学び、予測し、最適化を繰り返しているのだ。


(ははは! 確かにあんたは天才じゃなさそうだ!)


 鬼嶋の口元が、無意識に歪められていた。

 腹の底から笑いがこみ上げていた。

 楽しくて、気持ちよくて、背骨が直接くすぐられているようにぞくぞくしてたまらない。


 剣城が――例えばアカリやブランのような――天才であったなら、こんな地道な調整作業は不要だろう。勘に従って決め打ちし、凡才が積み重ねた調整と同じ結果を生むのだろう。


 だが、それでも。


(負けるつもりはねえんだよなッ!)


 天才が十段飛ばしに上っていくなら、こちらは十一段を登ればいいだけだ。天才が二十段進んだならば、こちらは二十一段進めばいい。

 いま目の前で積み上げている、剣城(けんじょう)勇奈(ゆな)と同様に。


「天才に挑もうってのに、凡才に負けてるわけにはいかねえよなッ!」

「同感だよッ!」


 鬼嶋の木刀と、剣城の十文字槍とがもはや何十合目かもわからない交錯をし、激しい衝突音をダンジョンに響かせた。

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