第60話
肩に網を引きずったまま、風を切って走る。
傍目にはへんてこなマントを翻して走る変な女に見えるかもしれないが、こちらは必死である。一度でも見失ってしまっては追跡できる保証はないのだ。テレビ中継も入ってないし、なりふり構っている暇などない!
ルートを把握しているポニテちゃんの足取りに迷いはなく、また雑魚モンスターやトラップも歯牙にかけていないようだ。スカウトとしての実力はキリ先輩に迫るものがあるんじゃないだろうか。キワモノ枠だと思っていたが、ますます侮れない。
結局、追いつけたのは宝箱のある広間に着いたときだった。
ガーディアンはこれまたスタンダードな岩の巨人。
今回は慌てて解錠権を取りに行ったりはしない。いつかの草大会で身に沁みたが、単騎で解錠を成功させるのは事実上不可能だ。
「ってわけで、一対一の勝負だね」
ポニテちゃんに向かって構える。
細工町巧魅はうっとりした笑みを浮かべた。
「ふおおおおおお! 最高っす! この瞬間を待ってたっすよ! お姉様の強さをッ! その素晴らしさをこの身で隅々まで味わう時間がやっときたっす!!」
大きな瞳をうるませて、頬を上気させ、声がだんだん大きく、早口になって、内股をもじもじさせている。
うーむ、完全に逝ってしまっておられる……。
しかし、この程度で怯んではいられない。この状況は願ったりではあるのだ。妨害に集中すると割り切られたらかなりやりづらかっただろう。
「疾ィッ!」
一気に踏み込み、リーチの長い左のロングジャブを放り込む。
「ぴゃっ!?」
左拳は顔面に命中し、流出したプラーナが光の粒子を散らす。
ありゃ、これも読まれるかと思っていたのにあっさり入ってしまった。ならば一気に畳み込んで――
「……ッ!?」
右ストレートを放とうと引いた左手首が掴まれる。
ポニテちゃんの両足が浮く。左腕が引き込まれる。
まずい、飛びつき腕十字!?
踏み込んで肘を畳み、靭帯を伸ばされるのを防ぐ。
だが、振り払えてはいない。
そのまま引き倒されて膝を着く。
「まさか、グラウンドで勝負してくるなんてねッ!」
空いた右手で脇腹にパウンドを叩き込む。
だが、腕だけでは威力が出ない。
左腕に絡んだ両足も邪魔だ。
いや、打撃の威力を殺すよう巧みにコントロールされている。
「うふふふふ、お姉様は立ち技ばかりっすからね! 寝技のデータもほしかったんす!」
「そりゃ路上の喧嘩で寝技なんてやってたら、他のやつに蹴っ飛ばされるだけだからねっ!」
言い返すが、実際わたしは寝技があまり得意ではない。
古流がベースである火神陰流は一対一に主眼を置いていないのだ。敵味方入り乱れる乱戦を想定して組み上げられている。関節技も立ち関節が基本だ。寝技をまったく学んでいないということはないのだが、最低限の防御法を身に着けているに過ぎない。
(じいちゃんならそんなことはないんだろうけどッ!)
左腕を極められないよう注意しながらパウンドを打ち込んでいるが、光の粒子も出てこない。見た目は単なるつなぎだがダンジョン用のウェアだ。防具としての性能も備えているのだろう。腰の入っていない手打ちのパンチではダメージを与えられないようだ。
「はあっはあっ、お姉様と密着してるっす! ひ、ひひひ、たまらんっす! もっと、もっとほしいっす!!」
そしてポニテちゃんはこの通りである。
この様子だと、多少ダメージが入っても何にも感じないんじゃないだろうか。見るからに脳内麻薬ドバドバである。怖わぁ……。
だが、ビビってはいられない。このままでも腕を極められることはないだろうが、時間はこちらの敵だ。膠着したまま引き分けとなれば、先行されているこちらが不利となる。MMAや柔道なら待てが入って引き剥がされるんだろうけど、ダンジョン道にはそんなルールはない。
どうにか脱出しなくては……。
案は二つある。
ひとつはガーディアンゴーレムを利用する方法。
ポニテちゃんを引きずって宝箱に触れ、ゴーレムを起動するのだ。そしてゴーレムにぶっ飛ばしてもらい、無理やり引き剥がすという案である。
解錠権をポニテちゃんに押し付けられるのが理想だが、そんなに甘くはないだろう。こちらが解錠権を取ってしまった場合、解錠失敗による失点リスクが高まる。というわけで、こっちの案はあまりやりたくない。
もうひとつの案は――あまりやりたくない。
やりたくない理由は最初の案とは違って、失点リスクはない。失点リスクはないが……、ああ、やるしかないよなあ。いまはチームの勝利が最優先事項だ。覚悟を決めよう。
パウンドをやめ、右手をポニテちゃんの臀部に持っていく。
「んひゃっ!? くすぐったいっす! お姉様もノってきたっすか!?」
変な声を出すんじゃない。それからノるってなんだノるって。こちらは乗り気どころかひっじょーに気が向いてないんだぞ。
右手が所定の位置にたどり着いた。
短く息を吐き――ふんっ!!
ずぶり
嫌な感触がして……
「んほぉぉぉぉオおおおおおおおおおッ!?」
ポニテちゃんが変な悲鳴を上げて悶絶する。
たまらず左腕を離し、ごろごろと転がって距離を置いて跳ねるように立ち上がった。
追い打ちをかけたいところだったが、そこまでの隙は見せてくれないか。
「す、すんごいのをもらっちゃったっす……♡ あんなところに乱暴に指を突っ込むなんて……♡ お姉様って、想像以上に大胆だったんすね……♡」
やめろ、台詞にハートマークをつけるな。顔を赤らめるな。もじもじするな。いや、もじもじはしてしまうと思うが。
わたしがやったのは、「穴」に親指を突っ込むという至極シンプルな技である。実戦武術においては割とメジャーな裏技だ。簡単にして効果絶大。こんな返し技があるから、寝技のたぐいは近代になって各格闘技のルールが整備されるまで発展しなかったのだ。
あ、念のためだけど後ろの方ね。
何が前で何が後ろだとかは言わない。
他の格闘技でやったら問答無用で反則負けだが、ダンジョン道にはその手の規定がない。プラーナポイントという制限はあるが、それ以外は何をしても許されるマジモンの何でもありなのだ。リアルの肉体が傷つく恐れがないからこそできる野蛮なルールである。
「何言ってるのかわからんないけど、これでもう寝技はできないでしょ?」
こんな裏技は何度もやりたくない……という本音を隠すため、ポニテちゃんに向けて右手の親指をぐいっと立ててみせた。




