第61話
さあ、これでもう寝技に持ち込もうだなんて思わないだろう。
しかし、わざわざそんなことを口にすれば寝技を嫌がっていることを教えるようなものだ。代わりにロングジャブの連打を差し込む。先ほど飛びつき肘十字を受けたのと同じパンチだ。あえて見せることで、「寝技なんて怖くない」とアピールする狙いだ。
「えへへっ、すごく速いっすね! これがお姉様のジャブ連打!」
案の定、ポニテちゃんは掴むのを諦めて回避に集中している。
しっかりトラウマは刻み込めたようだ。
これで完全に寝技を封じたと考えるのは楽観が過ぎるが、だいぶ戦いやすくなったのは事実だ。まあ、さすがに足技は控えた方がいいだろう。足関節では先ほどの裏技で返すのは難しい。理由は簡単で、ターゲットまで手が届かないからである。
手技を中心に、ボクシング、空手、ジークンドー、日本拳法、シラットやクラヴマガなどの打撃を組み合わせて打ち込んでいく。
時々カス当たりはするけれど、クリーンヒットは一発もない。
寝技は封じたものの、ポニテちゃんのわたし対策が無効になったわけじゃないのだ。滅多に見せないコンビネーションを多用しているつもりなのだが、それさえも頭に入っているようだ。
「これは魔怒苦露洲の特攻隊長がタイマンを仕掛けてきたときの、これは沈毘羅組が雇ったヒットマンを返り討ちにしたときの……」
その証拠に、恍惚とした表情を浮かべながら何やらぶつぶつ呟いている。目がとろーんとして口が半開きでよだれが垂れている。こ、怖い……いや、怖がるな。気持ちで負けたら負けなんだ。
完全に回避されているわけではない。
カス当たりでもダメージは徐々に蓄積されているはず。回転を早め、絶え間ない乱打を続ける。基本的なフィジカルならこちらが上回っているはずだ。伊達に物心ついた頃から武術を仕込まれてはいない。このまま真正面から削り倒してみせるッ!
「えへっ、えへへへへ……。夢にまで見たお姉様のラッシュ……。さ、サイコーっす……。いつまでも味わいたいっすけど……、このままじゃ消失しちゃうっすね……」
防戦一方のポニテちゃんの目が光る。
カウンターでも狙ってる? しかし、簡単に合わせられるような大ぶりはこっちだって打たないぞ。研究され尽くした相手にそんな真似をするほど自惚れてはいない。
「……ッ!?」
が、突然足元をすくわれた。すくわれたというか、何か固いものを踏んづけた。バランスを崩した瞬間、顔面にパンチを貰う。首をひねって衝撃を殺すが、ダメージはある。飛び散る光の粒子で目がチカチカする。
咄嗟にバックステップで距離を置く。一体何を踏んだんだと思えば、拳ほどの大きさの多脚機械。罠を起動したドローンだ。ちっ、存在を忘れていたが、戦闘にも参加できるのか。
「えへへへへ、さすがのお姉様でもドローンと戦ったことはないっすよね。また新しいデータが手に入るっす」
ポニテちゃんのバックパックから、一斉に何かが飛び立つ。ブーンと低い風切音を立てながら空を舞うのは拳大の無数のドローン。地面にも多脚ドローンがいくつも展開している。
「玩具と遊ぶ趣味はなかったからね。それにしてもこのドローンの量、ポイントオーバーじゃないの?」
内心「やっべ、こんなんどう戦えばいいんだよ」と冷や汗をかきながら、それを隠して軽口を叩く。会話に付き合ってくれるなら、その隙に対策を考える。つーか、普通に反則じゃないかって気もするし。
「えへへへへ、ちゃんと大会運営のチェックは通ってるっすよ」
「え、マジで?」
反則じゃないのか。ドローンって意外とポイントが安い……?
いや、そんなわけがない。通販サイトで見たことがあるが、一番しょぼいモデルでも競技に使うのは考えられない高ポイントだったはずだ。
「既製品のドローンなら1機か2機で規定のプラーナポイントを超えちゃうっすね。でも、部品なら低ポイントなんすよ。あーしらの装備はぜんぶあーしの手作りなんす。だから、素材分のポイントでギアを持ち込めるってわけっす」
おおお、そんな裏技があったのか。
そういえば、鬼嶋のバイクもカスタマイズで性能を調整することでプラーナポイントを節約しているとか聞いたおぼえがある。ルールの穴じゃないかって気がするけれども、ダンジョン道は知力体力技術力の総合勝負ということで、普通に認められているらしい。
「ちなみに、ぜんぶお姉様の勇姿を追うために中学時代に身に着けた技術っす! お姉様の身体能力は人間離れしてるっすから、ドローンやパワードスーツを駆使しないととても追いつけなかったっす!」
「しれっと人外扱いするのやめてね?」
とツッコみつつ、人間離れした技術力をしているのはそちらでは……と理不尽な思いもこみ上げてくる。百歩譲ってドローンはいいとして、パワードスーツは各国の軍やメーカーが絶賛開発中のものだろ。中学生が実用化に成功してるんじゃない。っていうか盗撮なんかに使ってないで売り込んできなさい。
「それじゃ、心の準備はできたっすかね? 不意打ちなんかでお姉様の全力が見られないのは悔やんでも悔やみきれないっすから」
「なんだ、待っててくれたんだ。こっちはいつでも準備できてたのに」
時間稼ぎとわかって付き合っててくれたのか。ありがたい間だったが、無論素直に感謝をするわけがない。左手を前に伸ばし、手のひらを上に向けてくいくいっと手前に曲げる。
「さ、かかってきなさい!」
「それでこそお姉様っすね!!」
無数のドローンを従えて、細工町巧魅が突っ込んできた。




