第57話
翌日。
わたしたちは再び市民会館を訪れていた。用件は言うまでもないが試合である。
これから仁教堂と……というか、細工町巧魅と会わなければならないと思うと結構な勢いで気が重い。昨日だって、しつこく食事に誘ってくる細工町巧魅を「あ、明日も試合だしさ。話があるなら余裕があるときに……」となんとか振り切って逃げてきたのだ。
おかげさまでキリ先輩と鬼嶋の誤解は解け、生温かい視線が同情の視線に変わっていた。それはそれで、かえっていたたまれない気持ちになるのはなぜだろう?
会場で見つかるとまた無自覚な精神攻撃を食らいそうなので、わたしだけは試合開始直前にイミテーションのところへ集合することにした。周りがチームメイト同士でわいわいきゃっきゃと盛り上がる中、ただひとりやることもなく待機している。孤独とは喧騒の中でこそ感じるものだと何かの歌詞で聴いたことがある気がするが、まさしくその心境をじっくり噛み締めているところである。さびしい。
『試合開始5分前です。選手の皆さんは試合場のイミテーションに集合してください』
待ちに待ったアナウンスだ。
小走りで現地に行くと、「お姉様ぁ~~~っ!!」とポニテちゃんがポニテを揺らしながら元気いっぱいに手を振っている。思わず乾いた笑いを洩らしながら小さく手を振り返す。ここで断固とした無視が出来ない自分の心の弱さが悲しい。
* * *
試合場となるダンジョンは第一回戦と同じくスタンダードな西洋型。開始線に並んで試合前の礼をする。さすがにここでは露骨なことはしてこないが、その分、高い熱を帯びた視線を感じる。ううっ、こんなにも試合開始のブザーが待ち遠しいの初めてだ。
「アカリちゃん、集中ね」
「はいっ!」
動揺が態度に出てしまっていたのだろう、キリ先輩から短く喝が入る。そうだそうだ、いまは試合に集中しなくては。キリ先輩とミノさんによる展開予想では、最初から真正面のぶつかり合いになる可能性が高い。
正面の相手に集中して……細工町巧魅の潤んだ瞳と視線が正面衝突する。ううっ、目をそらすな。気持ちで飲まれてはいけない。いやなんかそういうのじゃない気もするけれども。
『第二回戦、桜吹雪高校対仁教堂工業高校、試合開始ッ!』
アナウンスとともに、「捨身飼虎(弱)」で一気に先行をかける。
狙いはポニテちゃんである。慕ってもらっているところ悪いが、どうやら彼女が仁教堂のエース解錠役らしい。彼女を潰せば今後の展開はぐっと有利になる。
「させるかッ!」
しかし、そうは問屋が卸さなかった。
仁教堂の残りの二人が大型レンチとパイプカッターで横槍を入れてくる。手甲で受け、力で無理やり跳ね除けようとするが押しきれない。思った以上にパワーがある。第一回戦を見た感じではそこまでパワーがあるようには見えなかったのだが……あっ!
「昨日と装備が違う! パワードスーツみたいなものを身に着けてるから気をつけて!」
わたしが気がつくのとほぼ同時、キリ先輩から注意が飛んだ。
そう、仁教堂の前衛二人は昨日と異なり、つなぎの下にパワードスーツ的な何かを着ている。現実ではまだ試験段階のものだが、ダンジョンでは応用も小型化も実現していたようだ。
その性能は見てのとおりだ。レンチの方は片手でわたしと渡り合いつつ、反対の手で鬼嶋の木刀を掴んでいる。鬼嶋だって平均的な選手に比べればパワーがある方なのに、それを片手で抑え込むとは大したものだ。
しかし。
「せりゃぁぁぁあっ!」
押してダメなら引いてみろ。
気合の声をフェイントにして、両腕の力を抜いて引き込み、重心が崩れたところを足払いで――って、あれ? 崩れない?
わたしが引いた瞬間、タイミングを測ったように前衛たちも同時に引き下がる。まるで呼吸が盗まれていたような感覚。体捌きなどから格闘技術のレベルはそれほど高くないと踏んでいたのだが、実力を隠していた?
読まれていたなら無理押しは禁物だ。
鬼嶋に目配せし、こちらも一旦引き下がる。鬼嶋は木刀を放棄することになったがあれはあまりプラーナポイントを消費しない。すぐに次の得物を復号して油断なく構える。
一瞬の弛緩。
そして、それを見逃さない人がこちらにはいる。
「疾ぃッ!」
わたしの身体を目隠しにして、死角から投げナイフが襲いかかる。
服の下に着込んだパワードスーツに当たったのだろう。
がきんがきんと鈍い金属音を立てて弾かれる。
だが、隙は出来た。
さっきの攻防のレベルからすると飛び道具への対処が不自然なまでに拙い気がするのが引っかかるが……考え込んでいる暇はない。
パイプカッター女子の顔面に向け左ジャブ。一発、二発。かわされる。ボディに向けて右ストレート――これもかわされる。つま先を狙った踏みつけ、肘振り上げ、さらに踏み込み肩からぶつかる貼山靠、そのまま身をひねっての裏拳……だが、それらはすべて空を切る。
むむむむ、い、一発も当たらない。
ボクシングスタイルのワンツーからの八極拳、からのMMAスタイルのバックスピンブローという変則コンボなのだが、まさかこれがかわし切られるとは。まるですべてを先読みされているような感覚。だが、不思議と強者と戦っているときのひりつきがない。
その証拠にというといささか傲慢だが、鬼嶋はレンチ女子と一対一でやや優勢だ。見た感じ、パイプカッター女子とレンチ女子とで実力に大差はないはず。そして単純な近接戦なら鬼嶋よりわたしの方が上だ。ちょっと説明がつかない展開になっている。これは一体何なんだ……?
「ふふふふふ、あーしの考えた作戦、ちゃんと通じているようで感激っす!」
小型の矢が飛んできたので払い落とす。
撃ってきたのはポニテちゃんだ。
ポニテちゃんの考えた作戦って何なんだ……?
「あーしは誰よりもお姉様を見てきたっす! お姉様の動きなら、あーしが完全に読めるっすよ!」
ポニテちゃんはそう笑って、口元のピンマイクをつまんでみせた。
そしてよく見れば前衛二人の耳にはトランシーバー。
ま、まさか、ポニテちゃんがわたしの行動をすべて読んで指示を出してたってことぉ!?




