第52話
桐子が加わっても、戦況は一進一退を繰り返していた。
久能井姉妹は得物を持ち替えながら間合いを保ち、勝負が決する瞬間を先延ばしにしている印象だ。こちらが突っ掛けると退がり、かといってこちらが退けば向こうが押し出してくる。
とくに警戒されているのはアカリちゃんの破壊力とニコちゃんの機動力。アカリちゃんからは距離を置き、ニコちゃんには絶えず攻撃を加えて自由に動けないように牽制している。
(これじゃ、二対三のままでも変わらなかったかもしれない……)
桐子は唇を噛む。
そもそも、自分が落ちても二対三なら勝負になると読んでいたのは自分じゃないか。にもかかわらず、囮にかかって数的有利を築かれた瞬間、焦って援軍に入ってしまった。あの場でやるべきことは本当にそれで正解だったのか?
こちらの煩悶など知る由もなく、久能井姉妹は自由自在に戦っている。前衛も後衛もなく、三人が入れ代わり立ち代わりポジションを変えている。こちらの戦い方とは正反対だ。
うちはアカリちゃんが前衛アタッカー、ニコちゃんが遊撃、自分が後衛指揮役で役割がほぼ決まっている。陣形を保てているときはいいが、乱戦となるとその強みがまるで活かせない。
そして――
(こういうときに、ボクは力になれない……!)
乱戦では連携が効果を発揮しにくい。あらゆる戦況を事前に予想し、訓練を積むことなど不可能だからだ。
個々の地力が物を言う状況で、戦闘力に劣る自分はどうしても足を引っ張ってしまう。
(どうする……どうする……)
飛来する手裏剣を両手のナイフで弾きながら、必死に思考を巡らせる。
いまこの場で、自分の個人戦闘力を上げることなんて不可能だ。土壇場で覚醒するなんて都合のいい展開は漫画やラノベの中でしか起き得ない。現実は今ある手札で勝負するしかないのだ。
となれば、やはり連携によって勝負をかける以外にない。
即席で、打ち合わせもせずに可能な連携。
そんな都合のいいものがあるか?
鎖分銅をかいくぐり、突き込んできた長槍をひねってかわす。
久能井姉妹を見る。
この乱戦にもかかわらず、連携が成立しているように見える。
日頃の訓練の成果?
それはあるだろう。結成三か月のうちとは年季が違う。
だが、それだけか?
いくら時間があろうとも、すべての状況を想定した訓練などできない。
「百賀! 頼みましたぞ!」
「承知しましたぞ!」
ごく短い指示と応答。
同じ声だが、指示する者も、答える者も一定ではない。
久能井姉妹の強さの一端を理解する。
この姉妹は全員が指揮者であり、全員が遊撃なのだ。
なぜそんなことができる?
混乱してしまわないのか?
うちでは真似ができない戦術だ。
アカリちゃんもニコちゃんも周りが見えていないわけではないが、突出しがちな気性である。成すがままに任せていたら、思い思いに突撃してしまうだろう。
その手綱を引くのがボクの役割――
――本当にそうか?
不意に疑問が脳裏をよぎる。
指揮官は「次の行動を決める」ものだと思っていた。
しかし、それでは指示と行動の間にタイムラグが生じる。
乱戦の中、アカリちゃんとニコちゃんがちらちらとこちらに視線を送ってくる。
まさに、次の行動――作戦の指示を待っているのだ。
先が読めない状況で、適切な指示など下せようはずもない。
ならば、どうする?
――おぬしの強みは視野の広さと観察眼、そして冷静な判断力じゃ
――一方で、それ自体がお主の枷となっておる
――心頭滅却、明鏡止水、それから一意専心じゃ
――その強みを活かしたまま、余計なことを考えずに全力を尽くしてみよ
師匠の言葉が脳裏をよぎる。
冷静に視野を保ち、余計なことを考えず、一つのことに全力を尽くす。
脳の中心で、火花が散った気がした。
すかさず、簡潔な指示を口にする。
「ニコちゃん、アカリちゃん、好き放題にやっちゃって! カバーはボクに任せて!」
「……っ!? 了解です!」
「へへっ、面白えっ! そういうのを待ってたぜ!!」
枷から解き放たれたかの如く、二頭の獣が奔った。
* * *
「いやはや、いい勝負でしたぞ」
合同練習が終わって、わたしたちは志乃美林の近くのファミレスで打ち上げをしていた。大人数向けのテーブルの反対側には久能井四姉妹が一から千まで順番に並んでいる。これも相手を混乱させないための配慮なんだろうか。
「こちらこそ、色々と勉強になりました。ところで、これで作戦は上手くいきそうです?」
「ええ、おかげさまでそちらも目論見通りになりそうですぞ。礼儀作法が命よりも大事な綾小路先生が、『大会では絶対に負けるな』などと歯ぎしりをしておりましたからなあ」
「ふふ、それは何より。無事レギュラーになって、公式戦で決着をつけたいですね」
「それは勘弁願いたいですなあ。もちろんレギュラーにはなりたいですが、大会ではなるべく楽な相手と戦いたいですぞ」
キリ先輩と千賀さんが何やら悪い笑顔で言葉を交わしている。
何か密約があったようだが、どうやらそれは上手く行ったようだ。わたしには直接関係なさそうだし、気にしなくてもいいのかな?
「それにしても、後半からの動きには驚かされましたぞ。色々と対策は練っていたはずなのですが、ことごとく予想が裏切られましたなあ」
「あはは、予想ができなかったのはボクも同じかな。ちょっと根本的に考え方を変えてみたっていうか……」
「ほほう、ぶっつけ本番の作戦でしたか。それでいいようにやられたのですからたまりませんなあ」
いや、そんな大した話じゃないんだけど、とキリ先輩が頬を掻く。
確かに、キリ先輩から「好き放題にやっちゃえ」なんて指示が出たのは初めてだ。いや、それを指示と呼んでよいものかはわからないが……。しかし、格段に動きやすくなったのは確かだ。ミスはキリ先輩がカバーしてくれるので、多少の無茶もできる。
「ハハッ! 何しろうちの部長だからな! キリキリは指揮役としても全国レベルだぜ!」
「ちょっと、やめてよニコちゃん……」
なぜか鬼嶋がドヤ顔を決め、キリ先輩が頬を赤く染める中、初めての合同練習の一日は和気あいあいと終わっていったのであった。




