第51話
鎖鎌――奇しくもニコちゃんがさっき使ったばかりだが、鎖というのはなかなか厄介な得物だ。まず、受けが通じない。先端の分銅をピンポイントで叩き落とせれば話は別だが、鎖を受けると曲がる。曲がった鎖は防御を迂回した打撃にもなるし、絡みつけば行動の阻害にもなる。
威力も高い。遠心力だと誤解されがちだが、その源は単純に速度だ。手元の小さな動きが、先端では梃子の原理で何倍にも増幅される。熟練者が使う鞭は何も打っていないのに空中でぱちんと鳴る。これは音速を超えた先端が衝撃波を生み出すためなのだが、それと同じ加速の仕組が鎖分銅にも備わっているのだ。
一方、扱いの難しい武器でもある。近接ではほとんど威力を発揮しないし、円弧か直線の動きしか出来ないため慣れれば軌道が読みやすく、連打も出来ない。つまり、一撃被弾を覚悟さえすれば間合いを詰めて無力化できる。その弱点をカバーするための近接戦用の鎌なわけだが、それすらも恐れていては何も出来ない。
仕掛けるなら、どこからか。
重装の人間がいれば突破役を任せられるが、あいにく桜吹雪高校のメンツは全員が軽装だ。ニコちゃんにバイクで突っ込んでもらう? いや、バイクでは初速が鈍い。ここはやっぱりアカリちゃんに――
(ダメだ。「やっぱり」ってなんだよ。またアカリちゃん頼みじゃないか)
頭を振って、浮かんだ考えを追い出す。
「ボクが突っ込む。二人はついてきて」
「えっ?」
ニコちゃんとアカリちゃんから同時に意外そうな声が洩れる。
しかし決断は揺るがさない。純粋な戦闘力はアカリちゃんやニコちゃんの方が上だ。万一、初撃で私が落ちても、二人なら二対三でも渡り合えるはずだ。
「おおおおおおおおッ!」
気合とともに地面を蹴る。
両手にナイフを逆手に持って、側頭部をカバー。
頭部への打撃と首への絡みつきを防ぐためだ。
「フォフォフォ、切光さんから来るとは意外ですなあ」
久能井さんAが鎖分銅をこちらに向ける。
真横。腰の高さの軌道。致命傷を狙わず、跳躍か、伏せるか。回避をするなら大きな動きを強制する軌道。
それなら――
「ぐっ……!」
あえて無視し、胴体で受ける。
踏み込んだので先端ではない。
鎖が身体に巻き付く。
ダメージはあるが、これなら私が弾除けになってニコちゃんとアカリちゃんには影響がない。そのまま足を緩めず突進し、圧力をかける。
「おらぁぁぁあッ!」
「うおおおおおッ!」
「フォフォフォ、これはかないませんな。一時撤退ですぞ」
ニコちゃんとアカリちゃんが左右から突っ掛けるが、久能井さんAは付き合わない。鎖鎌を放棄し、全力のバックステップで距離を稼いでいく。
ってことは……
右に、左にステップを踏む。
畳が弾け、藺草が飛び散る。
「フォフォフォ、この連撃を避けるとは」
「さすがに視野が広いですなあ」
背後から分銅の二連撃が襲っていた。
久能井さんB、Cだ。
一点突破をされるのも作戦のうちで、そのときは突破をされた久能井さん(ああ、ややこしい)を囮にし、背後からの攻撃を加えるところまでは連携なのだろう。
予想はしていたが、連携の練度では久能井姉妹の方が圧倒的だ。何と言っても年季が違う。こちらはチームを組んでまだ3ヵ月ほどしか経っていないのだから。
ならば、次はどう出るか。
「ニコちゃん、アカリちゃんはそのまま追い詰めて! こっちの二人は私が引き受けるッ!」
「おうっ!」「……了解ッ!」
ニコちゃんが即座に、アカリちゃんが少し遅れて返事をする。
アカリちゃんの返事が遅れた理由は私を心配してのことだろう。そしてその心配は残念ながら順当だ。私一人に久能井さんBCを同時に相手取る実力はない。だが、ここで必要なのは時間稼ぎだ。二人が久能井さんAを仕留めるまで耐えられればいい。
「フォフォフォ、まさかこちらに突っ込んできますか」
「しかし、本当にそれでよかったのですかな」
踵を返して突貫する私に、久能井さんBCは余裕の構えだ。鎖分銅を振り回したまま、こちらが間合いに入るのを待っているのか。このまま間合いを保って時間を稼ぐか……いや、相手は久能井姉妹だ。お見合いなんかしているとまた何を仕掛けてくるかわからない。迷わず突っ込む!
久能井さんBに狙いを定め、全力で駆ける。
防御姿勢は先ほどと同じ。被弾覚悟だ。一撃で落とされなければ問題ないッ!!
「おおおおおおッ!!」
しかし、迎撃はなかった。
それどころか、久能井さんBCは鎖分銅を回す姿勢を変えない。
足を止めずに突っ込んでくるのは予想外だったのか? だが、あの久能井姉妹がその程度の予想をしていないはずがない。いや余計なことを考えるな。不意をつけたのならそのまま機会に乗じるだけだ!
右のナイフを順手に持ち替え、疾走の勢いのまま久能井さんBのみぞおちに突き込む――
「……えっ!?」
――が、手応えがない。
突き込んだ右手は久能井さんBの腹を何の抵抗もなくすり抜け、あまつさえ体ごと反対側まで突き抜けてしまう。これは……!?
「〈幻影〉の胚珠!?」
『フォフォフォ、無線スピーカーもセットですぞー』
地面には呪符と小型スピーカー。
鎖による一撃の隙に、幻影と入れ替わっていたのだ。
慌てて振り返ると、ニコちゃんとアカリちゃんが三対二の状況に持ち込まれていた。
「くそっ、やられた!」
悔しさに舌打ちしつつ、全力で切光桐子は援軍に向かうべく再び全力で地面を蹴った。




