第47話
敷物を広げ、敷物を丸め、高枕を置き、高枕をどけ――
せっかくの合同練習なのに、一体何をやらされているんだろう。
嫌になるほど繰り返し、ようやくダンジョンに入れることになった。
毛氈に身を横たえ、高枕に頭を乗せる。
首の角度に無理があるな……。ダンジョンから出たら寝違えてそうで怖い。
しかし、高枕がキーストーンになっているそうで、使わないわけにはいかない。ここでごねてもしょうがない。郷に入れば郷に従えというやつだ。
大人しく高枕に頭を預けたまま、キーストーンを起動する。
* * *
ダンジョンの中は、またしても和のテイストだった。
広々とした畳敷きの部屋。床の間は掛け軸と生花で彩られ、開放された障子戸からは柔らかな陽が射し、松の緑も鮮やかな日本庭園が見事な姿を見せている。
「それでは本点前を始めます。全員、礼」
「よろしくお願いします」
床の間に向け、両校揃って正座で礼。
チームごとに入場するのかなと思っていたけれど、全員一緒だった。綾小路先生もいる。ダンジョンに入れば監視の目から逃れられると思ったのに……。
まあ、試合が始まれば口を挟む暇もないだろう。今日の練習は対戦形式主体だと聞いている。両校の人数差が激しいので、試合時間の長いルールでは見学だけで終わる部員ばかりになってしまうからだそう。
「では、最初は学年を合わせましょう。伊藤さん、山口さん、多聞さん、お願いします」
「はい!」
綾小路先生の号令一下、志乃美林から三人の生徒が立ち上がる。
こちらに合わせて一年が一人、二年が二人のようだ。
復号した装備は袴。どこまでも和風テイストだ。
他の生徒はしずしずと壁際に移動し、そこで正座する。
「桜吹雪高校の皆さんは、当校の久能井さんたちにストレート負けした相手です。良い試合になるようくれぐれも注意をして差し上げてね」
「はいっ!」
綾小路先生が何やら生徒たちに声をかけている。
これ、どう考えても嫌味だよなあ。
久能井さんたち程度に負けた相手なのだから、手加減をしてやれってことか。なかなか舐められたものだが、客観的には打倒な評価とも言える。去年の冬大会では二回戦負け。部員数はぎりぎりという体たらくなのだから。
とはいえ、いやだからこそ、か。
舐められっぱなしってわけにはいかないよなあ。
キリ先輩、鬼嶋と目配せし、うんと頷く。
どうやら思いは同じのようだ。
「全員、整列!」
三人ずつ並び、対面で正座する。
むう、スタートの姿勢も正座なのかあ。
こりゃ文字通り、立ち上がりの早さが勝負のキモになるな。
「それでは、試合を開始なさって」
生徒の一人が打った小鼓が、ぽぉーんという透き通った音を響かせる。
志乃美林が一斉に前方に手を着く。
クラウチングスタートの要領で飛び出すつもりか。
だが、そうはいかない!
足に溜めていた力を一気に解放し、畳を蹴る。
名付けて「捨身飼虎(弱)」!
集中する時間さえ取れれば、ある程度出力を調整できるようになったのだ。
ヨーイドンの試合形式であれば、開始前に必要な力を溜めておける。
敵はまだ頭を上げてすらいない。
飛び出した勢いのまま、その側頭部を思いっきり蹴り上げる!
「よろしくお願いいた――ぎゃあっ!?」
よしっ、クリティカルヒット!
なんか言いかけてたけど、気にするのはあとだ。
続けて残る二人に対応するべく身体を向けると――
「キゃふっ!?」
「いたっ!?」
一人は脳天に投げナイフが突き刺さり、一人は木刀が顔面を強打していた。
三人とも川の字で畳の上に伸び、それから光の粒子になって消失した。
あ、あれ? 予想以上に弱い……?
キリ先輩、鬼嶋と顔を見合わせ、思わずぽかんとしてしまう。
「ななな、なんてことをするんざますかッ!!」
甲高い声が耳をつんざく。
声の主は綾小路先生だ。両手でかきむしらんばかりに顔を覆って絶叫している。
「ししし試合開始の挨拶が終わる前に不意打ちなんてッ! 桜吹雪高校のダンジョン道は一体何を教えているんざますかッ!!」
「えっ、じゃあさっき言いかけてたのって……」
「挨拶ッ! 試合開始の挨拶に決まっているじゃございませんかッ! 対戦相手に敬意を払い、三つ指ついて厳かに礼ッ! これが綾小路流礼法の教える――」
おおおお、鼓膜が破れそうだ。
早口の金切り声で延々しゃべっているが、貴重な練習時間が失われてしまう。
「そ、そうですか。それは大変失礼しました。次はきちんと挨拶をしてから試合させていただきますね」
「当たり前ですッ! 次ッ! 全員三年ッ! 糸井ッ、重郷ッ、藤堂ッ! 当校のレギュラーの実力を思い知らせてあげなさいッ!!」
キリ先輩が頭を下げて、とりあえず場は収まった……のか?
今度は全員三年だ。レギュラーとは言っていたけれども、こんな練習をやってるチームが本当に強いんだろうか?
「試合開始ィッ!」
今度は約束通り、こちらも三つ指ついて礼をする。
そして相手が立ち上がったのをちゃんと見計らって――
「うおおおりゃぁぁぁああああ!!」
「いねやぁぁぁぁぁぁああああ!!」
「えいっ!」
三人で一斉攻撃。
今度もすべての攻撃が直撃し、一撃で消失していく。
「なぁぁぁァにをやってるざますかぁぁァああアあッ!!」
またしても綾小路先生が狂乱。
こ、今度は一体何なんだ……!?
「攻撃の前には『参ります』、それから面・胴・お小手の発声! これが常識的お作法でございましょオッ!?」
「ええええええ……」
さすがにドン引きし、思わず不満が声に出てしまった。
「何か文句ざますかッ!?」
「いや、文句っていうか……。これ、一応実戦練習ですよね? 実戦でそんな声掛けする人いないと思うんですけど……」
「だからなんですかッ! 対戦相手に敬意を伝えッ! 思わぬ事故も防止するッ! それが綾小路流礼法の――」
ああ、つい要らんことを言ってしまった。
さらにヒートアップしてまくし立てている。
うーん、いつ終わるんだこれ……。
「……っせえなあ。だから弱えんじゃねえの」
「なぁぁぁアんですってぇぇぇエえエッ!!」
鬼嶋がぼそっと吐いた毒が耳に入ってしまったらしい。
綾小路先生の顔が真っ赤になり、いよいよ血管が切れそうだ。いや、もうとっくに破裂しているかもしれない。
「いいでしょうッ! そこまで言うならあたくしがお相手いたしますッ! 安全のための礼法という枷を外した綾小路流がどれだけ危険なものか、その網膜に焼き付けて差し上げますわッッ!!」




