第32話
3回戦、決勝が始まろうとしている。
スタート地点の広場。向かい側に立つ3人は軽装だ。
肩や膝などの要所を樹脂のプロテクターで守ったジャンプスーツで、それだけならキリ先輩の装備とよく似ているが、全身真っ黒なもんだからまるで忍者みたいだ。復号していない装備もあるかもしれないけど、ここから突然重装備に切り替わるということは、さすがにないだろう。
「フォフォフォ、よろしくお願いしますぞ」
試合前、こんな感じで挨拶をされた。
ぱっつんと切り揃えられた前髪で目が隠れている。
おまけに三人とも同じ髪型で似たような背格好なものだから、まるで分身の術を使われているような気分になる。笑い方もアレだし、ひょっとして、宇宙忍者の末裔だったりしないかい?
「にしても、さっぱり強そうに見えねえなあ。本当にプロに勝ったのかよ?」
鬼嶋が首をこきこきと鳴らしながら怪訝な顔をしている。
そうなのだ。シノビリンのメンバーはあまり強そうには見えない。全体的に小柄だし、線も細い。謎めいた雰囲気はあるけれども、それは強者の雰囲気というより、口数の少ない陰キャのそれである。正面からぶち当たれば簡単に崩せそうだ。
もっとも、ブランのような理不尽を隠していなければ、だが。
「羽々霧さんを降したチームなんだから油断しないように。夏大会でも当たるかもしれないんだから」
「つっても、志乃美林はお嬢様高校だろ? あんま根性据わってるようには思えねえけどなあ」
そうそう、シノビリンは「志乃美林女子学院」のことだった。
うちの学校よりも西――ほぼ丹沢山中にある、神奈川県下の高校である。
鬼嶋の言う通り、県下ではちょっと有名なお嬢様高校で、幼稚園から大学までの一貫校である。生徒はお金持ちや名家のお嬢様がほとんどを占め、挨拶は「ごきげんよう」がデフォという噂もあるほどだ。
華道・茶道に並んでダンジョン道を必修科目にしているが、あくまでも教養や精神修養の一環として取り入れられているだけで、決して強豪校ではない。むしろ校風として、勝ち負けにこだわるのははしたないと考えているような向きさえある。
なんでこんなに詳しいのかと言うと、高校選びの時の候補のひとつだったからだ。だってさあ、絵に描いたようなお嬢様学校だよ? 高校では「赤鬼」の悪名を捨て、乙女として生きることを誓ったわたしには絶好の進路だったのだ。
……もっとも、偏差値も内申点も絶望的に足りなかったので諦めたが。
わたしたちは温故堂の代打だけれども、志乃美林高校は普通に学校の部活として出場していたわけだ。草大会だから、開催情報さえキャッチしていれば普通にエントリーが可能である。出場して意味のある草大会を探すのが大変そうだけれども、そこも忍者らしい情報収集力で対応したのだろう。いや、忍者じゃないが。
『試合開始1分前』
石造りのダンジョンに無機質なアナウンスが響き、所定の位置に着く。
広場の中央に引かれた2本のライン。これに沿って、両チームが睨み合う。
「ともかく、戦法もわからない。立ち上がりは慎重に行こう」
キリ先輩の小声に、わたしと鬼嶋は無言で頷く。
プロを擁するチーム天剣をどうやって倒したのか、非常に気になるところではあったが、情報収集の暇なんてなかった。苺子さんに偵察をお願いしておく手もあったかもしれないが、後の祭りだ。
『――10秒前。…………5、4、3、2、スタート』
ブザーが鳴る。
瞬間、炸裂音。
目の前が真っ白に染まる。
「……っ!?」
「強襲警戒!」
キリ先輩の一声で動揺を無理やり抑え、腰を落として戦闘態勢をとる。
視界を染めているのは煙幕だった。
どうやら開始早々、煙玉のようなものを投げたらしい。
マジで忍者じゃねえか。
「復号、〈つむじ風〉」
キリ先輩の声。
突然、風が沸き起こり、煙幕が吹き飛ばされる。
キリ先輩が「胚珠」を使用したのだ。
胚珠とは、魔法のような効果を秘めたダンジョンギアの一種だ。
復号するだけで発動するもの、投げつけて使うものなど様々だが、基本的に消耗品である。プラーナ制限を圧迫するため、うちのチームでは最低限しか用意していない。あと、普通にいい値段がするので贅沢に使っていたらお小遣いも部費も足りない。
いま使った〈つむじ風〉も、本来は毒ガスの罠などの対策で用意していたものだ。なお、復号に声を出す必要はない。わたしと鬼嶋に何をするのか伝えるために、わざわざ発声してくれたのである。
風に吹かれて徐々に晴れていく視界。
敵の位置を確認でき次第、即座に飛び出せるようつま先で地面を噛む。
しかし――
「どこにもいない!?」
煙幕が晴れた広間には、シノビリンの姿はひとりも残っていなかった。
「やられた! 全員斥候戦術だ!」
「お、おーる?」
「全員ばらばらで探索して、宝箱を先行して見つける戦術! アカリちゃんはあっち、ニコちゃんはそっちの通路から追って!」
わたしにはさっぱりわからないが、なんらかの痕跡を見つけたのだろう。
キリ先輩が手早く指示をし、本人もすぐに駆け出す。
考えている暇はなさそうだ。
わたしもキリ先輩に指示された通路へと突っ込んでいく。
ダンジョンで追いかけっこになった場合、基本的には追っ手の方が有利だ。
逃げる側は罠やモンスターに対応しなければならず、どうしたって足が鈍る。
そして、対応した痕跡もわかりやすく残るため、斥候としては半人前以下のわたしでも追跡が可能なのだ。
……と言いつつ、たまにシノビリンが回避していったトラップを踏んでしまったりしているのだが。あ、やべ、落とし穴だ。えいっ(ぴょん)。
通路に入ってほどなく、通路の先に黒い人影が見えた。
よしよし、順調に距離を詰められているようだぞ。
宝箱を発見される前に、このまま追いついてぶっ潰す!
右に左に折れながら、徐々に追い詰めていく。
と、次に曲がったところで人影を見失ってしまった。
一瞬焦るが、短い直進の先で丁字路になっていることに気がつく。
次の通路の長さ次第だが、あそこまで行けばまたすぐ背中を捉えられるだろう。
突き当りで左右を見ると、左に人影が見えた。
どうしたわけなのか、棒立ちのまま動いていない。
よくよく見れば、どうやら袋小路に逃げ込んでしまったらしい。
ふふふ、手こずらせてくれたじゃないか。
だがここまでよ。
なあに、その健闘に免じてあっさり終わらせてやるから安心したまえ。
「痛くはしないよお~」
にっちゃりとした笑みを浮かべ、両手の指をパキポキ鳴らしながら距離を詰める。
別に悪趣味でいたぶっているわけではない。
焦って攻撃して、脇をすり抜けられたりしてしまっては本末転倒だからだ。
あと20歩……あと10歩……
じりじりと迫っていくが、人影は微動だにしない。
恐怖のあまり固まっているのだろうか。
赤鬼として恐れられた記憶がフラッシュバックしてちょっと胸にくる。
しかし、これは勝負なのだ。
時には冷酷無残に、心を鬼にしなければならないのだァーーーーっ!!
一足の間合いに入った瞬間、地面を蹴って一気に飛びかかる。
火神陰流双子狼。
左右に広げた両の開手が、二頭の餓狼の如く襲いかかる!
――が、
「おああっ!?」
喉と脇腹を食い破るはずだった餓狼の牙が、何の手応えもなくすり抜ける。
手応えどころじゃない。体ごとすり抜け、勢い余ってつんのめり、でんぐり返って壁に激突してしまった。
「痛つつつつ……、いったい何が……?」
振り返るが、人影は何事もなかったように立ち尽くしている。
これはまさか……。
人影の足元を探ると、何やら複雑な文様が書き込まれた一枚の札。
それを拾うと、人影は空気に溶けるように掻き消えた。
「げ、幻影……?」
正確にはホログラム?
あるいは分身の術、身代わりの術と言うべきか。
いや、そんなことはどうでもいい。
ダミーに騙されてしまったという事実に変わりはない。
早く追いかけなければ……
――ビィィィィィィィィィィイイイイイイイイ
そのとき、無情なブザーが鳴り響いた。
視界の端に浮いている半透明のミニマップの得点ボードが更新される。
【温故堂:0 - シノビリン:2】
第一セットは、何もできないままシノビリンに奪われてしまった……。




