第31話
「おーべんとー♪ おーべんとー♪」
「なんでそんなにテンション高えんだよ」
「隙あり! からあげいただきっ!」
「あ、この野郎! 素手でつまんでんじゃねえよ!」
第一回戦を終えたわたしたちは、会場の隅でお弁当タイムを楽しんでいた。
午前中に1回戦、昼休憩を挟んで午後に2、3回戦というのが本日のスケジュールだ。
天然ダンジョンの探索で判明したことだが、驚くべきことに鬼嶋は料理が上手い。
ゆえに、弁当のおかずはすべてが至宝となりうる。
もぐもぐ……ほほう、今回のからあげは竜田揚げ風ですか。
冷めているのにカリカリの衣。香り立つ生姜醤油。噛むほどに溢れる肉汁……。
うーむ、これはお店が開けるレベルでは?
「ニコちゃんは小学生の頃から自分でお弁当作ってたからね。実家の定食屋さんも手伝ってたし、腕前は冗談じゃなくプロ級だよ」
「おいっ、キリキリも余計なことを言うんじゃねえよ!」
またしても鬼嶋の余計な設定が生えてくる。
バイク好きのヤンキーでお料理上手で小さな頃から家業を手伝う親孝行って……。
鬼嶋よ、おぬしは金髪のくせして萌えキャラだったのか?
そんな雑な属性の生やし方は今日びソシャゲヒロインでもやらないのではないか?
「やあ、君たちが温故堂かい? いつものメンバーからすっかり若返ってるみたいだけど」
お弁当を囲んでわいわいきゃっきゃとしていたら、背の高い女性が声をかけてきた。ブランド物のスポーツウェアをぴしっと着こなし、額には流線型のサングラス。なんてことない立ち姿だが、体軸のブレがまったくない。相当「やる」人間だというのが一見してわかる。
「ふぁい、ふぁんでひょうふぁ」
「……?」
いかん、唐揚げを口いっぱいに頬張りながら返事をしたら舌が回らなかった。
鬼嶋の弁当が美味すぎるのがいけない。
手を出すと「食いすぎんじゃねーよ」とか怒ってくるが、止めはしないしな。
決してわたしのせいではない。
なんだかんだ料理を褒められて悪い気分ではないようだしね。
美味いと褒めるとほっぺたをちょっと赤くするんだ。
ふふふ、ちょろいやつだぜ。次は卵焼きもいっぱいあるとうれしいです。
「若返ったとはなんだよ。オレはこの通り今でもぴっちぴちだぜ、羽々霧さん」
「やあ、鬼嶋さん。今回は出場しないのかい?」
「今回はマネージャーだよ。若者の活躍の機会を奪っちゃいけないってね」
「たったいま自分も若いって言ったばかりじゃないか」
お手洗いから帰ってきた苺心さんが、スポーティお姉さんに気安く声をかけた。どうやら知り合いらしい。
ところで苺心さんだが、本人の言う通り今回はマネージャーに徹するそうだ。一応控え選手として登録しているが、積極的に出場するつもりはないらしい。「予定していた仲間が出場できなくなったから」という理由で誘ってくれた大会だが、本当はわたしたちに試合経験を積ませるために出場枠を譲ってくれたんじゃないだろうか?
お互いにわざわざそれを口にするような野暮はしないけど、いつか何かでお返ししたいな。お小遣いを貯めて買物に行ってみようか。ヴィンテージのダンジョンギアがいくらするのかわからないけど……。
「こいつらは桜吹雪高校のダンジョン部でさ。先輩のために一肌脱いでくれたってわけよ」
「へえ、可愛い後輩ってわけだ。道理でスジがいいと思った」
「なんだ、試合を見てたのかよ」
「まあね。本当は『夜の蝶』が決勝の相手だと踏んでたんだけど、思わぬダークホースが現れたから敵情視察を兼ねて挨拶に来たってわけさ」
おや、苺心さんも桜吹雪高校の出身だったのか。
それはともかく、決勝の相手がうんぬんってことは、反対ブロックのチームの人なんだな。そっちには元プロが参加しているって話だったけど、それでも決勝出場を前提に話してるってことは――
「おっと、挨拶が遅れたね。私は羽々霧誠琴。一応、現役の頃はプロ選手だった」
「なーにが『一応』だよ。かまととぶりやがって。日本ランキング7位の選手が一応だったら、ほとんどのプロが浮かばれねえぜ」
「ははは、所詮は過去の栄光だからね。自慢できるようなものじゃないさ」
おお、そんなトップクラスの選手だったんだ。
只者ではないと思ってはいたが、そんな大物だったとは。
あ、キリ先輩が色紙を取り出してサインをねだってる。意外にミーハーだな。あ、鬼嶋も特攻服にサインをもらってる。ちょちょ、わたしはTシャツでいいかな?
「ふふふ、素直で可愛い子たちだな。きっと強くなるよ」
羽々霧さんは快くサインに応じながら、白い歯を輝かせる。
うーむ、サマになっている。これが有名人のオーラってやつか。
「じゃ、決勝での対戦を楽しみにしているよ」
と手を振って、羽々霧さんはは爽やかに去っていった。
わたしたちの力が元一流プロ相手にどこまで通じるか、こっちこそ決勝が楽しみだ。
* * *
2回戦はあっさりと勝ち上がることができた。
宝箱を3連取して【6-0】のストレート勝ち。
相手はこちらと同じく解錠担当が1名、前衛が2名でまとまって行動する作戦だったが、前衛の重武装が祟った。移動が遅すぎたのだ。宝箱の発見で先行したわたしたちは、防衛もそこそこに解錠に成功。快勝した次第だった。
「反対ブロック、まだ試合してるみたいだね」
とキリ先輩。
試合後の挨拶もそこそこに、わたしたちは羽々霧さんの試合観戦に向かった。
対戦相手に失礼かなとも思ったが、相手も元プロの試合が見たかったらしく、イミテーションの前に仲良く並ぶことになった。
流石に試合はもう終盤で、4セット目の途中だった。
イミテーションには、軽装の騎士のような装備をした羽々霧さんの姿が投影されている。現在は宝箱探索のターン。見事な身のこなしでダンジョンを単身駆けている。どうやら全員バラバラに行動する作戦らしい。
しかし、何かがおかしい。
確かに身のこなしは素晴らしく、それ自体に非の打ち所なんてまるで見当たらないのだ。もし直接手合わせをしたなら、わたしなんかではかろうじて試合になるかどうか――というレベルだろう。わたし流に表現するなら、「じいちゃんの領域に片足を突っ込んでいる人」となる。人外の半歩手前だ。
その羽々霧さんが、どうも焦っているように見える。
まあダンジョン競技は見慣れてないし、わたしの勘違いかもしれないが……。
あ、そうだ。得点状況をまだ見てなかった。
【天剣:0 - シノビリン:3】
ええっと、確か羽々霧さんのチーム名が『天剣』で……
「へ?」
思わず、間抜けな声が漏れてしまった。
何か間違えたんじゃないかとトーナメント表を見返す。
しかし、何度も見ても羽々霧さんのチームが『天剣』だ。
「えっと……、0-3ってことは……」
「シノビリンが3回解錠にトライして、2回成功。1回失敗だね」
指折り数えていたわたしに、キリ先輩が解説してくれる。
解錠成功で2点、失敗でマイナス1点だから、そういう計算になるのか。
会場がどよめき、試合終了のブザーが鳴り響いた。
スコアボードは【天剣:0 - シノビリン:5】。
それは元プロチームのまさかの準決勝敗退をはっきりと知らせていた。
「くっ、まさか準決勝で負けるなんて……」
リクライニングチェアから身を起こした羽々霧さんは悔しげに口元を歪めている。
元プロが草大会で一般人に負けたのだ。いくら現役を退いているとは言え、その悔しさは察するに余りある。ちょっと気軽に声をかけられる雰囲気ではない。
それにしても、対戦相手のシノビリンとは一体何者なのだろう。
遅れてリクライニングチェアから身を起こしたチームを見て、わたしは目を疑った。
「いひひひひ! 作戦通りですねえ!」
「部長の読みが当たりましたなあ」
「夏大会に向けて、これはよい景気づけになりましたぞ」
そこにはわたしたちと変わらない年頃の女の子たちが、不敵な笑みを浮かべる姿があったのだ。




