第30話
第3セットを終えて、ミニマップに表示された得点状況はこうだった。
【温故堂:-3点】【夜の蝶:0点】
「タイム!」
セット間のインターバルで、キリ先輩がタイムを申告した。
言うまでもない、逆転の作戦を練るためだ。
わずかな時間でなんとかそれをひねり出さなきゃいけない。
円陣を組んで相談を開始する。
「まず状況。残り2連奪取が必須。反撃の手を考えないと」
財宝争奪戦での宝箱解錠で得られる得点は2点。
残り2つ、確実に取らなければ負けが確定する。
「ンなもん、強襲一択だろ」
「強襲?」
「宝探しのターンで強襲をかける。開幕で潰しちまって、それからゆっくり宝箱を開けようってすんぽーよ」
得意げに言う鬼嶋だが、じつに脳筋な解決策だった。
いつも人のことを脳筋扱いするくせに、自分もたいがいじゃないか。
……しかし、確かにこの状況では理にかなっている気がする。
「時間内に倒しきれる?」
「うっ……」
鬼嶋が声を詰まらせる。
あー、ですよねー、やっぱり無理のある作戦だと思ってましたよ。
宝箱の解錠だけでなく、各セットにも時間制限があるのだ。
膠着を避けるためだろうが、10分以内に決着がつかなければ引き分けになる。
最初のセットこそ奇襲でやられたが、2回目以降は正面からの力押しで妨害されたのだ。キリ先輩が解錠に集中するから2対3の数的不利ではあったものの、3対3で襲ったところですんなり倒せる相手とも思えない。
「だいたいよお、低速ギアのバイクで押してもびくともしねえって、どんな馬力をしてんだよ、あいつらは」
と、鬼嶋はぼやくが、単純なパワーと言うよりテクニックの問題だ。
あの「夜更けの三連星」は揃いも揃って盾の使い方が異常に上手い。
「にやにやしてねえで、おめえは何か作戦考えろよ。火神陰流に盾用の技があったりしねえのか?」
「えっ? えーとお……」
ない。ないのである。
どういう理由か知らないが、日本では手盾が発達しなかった。
なので当然、うちの流派でも盾対策の技なんて残されていないのである。
明治維新以降は海外からも技術を取り入れたが、その頃には銃が主体で盾を使う武術なんて海外でもほとんど残されていなかったのだ。
そうなると残された手は――
「……捨身飼虎でぶっ飛ばす?」
「バーカ、それで決勝までもつのかよ」
「うぐっ」
捨身飼虎はスタミナをがっつり消費する。
そしてこの大会は決勝まで3試合ある1デイトーナメントだ。
初戦で使って、最後まで体力が持つかわからない……というか、極めて怪しい。
たぶんどっかでぶっ倒れる。
「だいたいよお、拳がぶっ壊れるようなパワーでぶん殴るなんてピーキーすぎるだろ。攻めたセッティングのバイクだってそこまで極端じゃねえぞ」
「うぐぐっ」
そりゃあバイクのギアみたいに調整がきけば世話がない。
全力を超えた力でぶん殴っているのだ。そりゃあ拳も壊れ――いや、待てよ?
「あの、捨身飼虎……いけるかも?」
「ハア?」
「えっ?」
怪訝な顔をした二人に、わたしは早口で作戦を説明した。
* * *
第4セットもそれまでと同じ展開が続いた。
宝箱を見つけるまで付かず離れずの尾行。
キリ先輩が宝箱に触れた瞬間、隊列を組んで突っ込んでくる。
それを止めようとわたしと鬼嶋の二人が応戦し――
「きゃはははは! もうお疲れかしら~」
「あっさりふっ飛ばされちゃって~」
「脆いわね~。脆すぎるわね~」
宝箱を囲んで、再び城壁が築かれる。
粘らず、あっさりやられたふりをしたのは作戦だ。
無駄に消耗する必要はない。
「援護よろしく!」
「おう!」
そして鬼嶋とともに突撃。
キリ先輩はストーンゴーレムの誘導だ。
城壁を打ち破った後に、すぐさま解錠に取りかかれるように。
「うおおおおおおおおおおおおお!」
鬼嶋の木刀が乱舞し、鈍い金属音が打楽器のように鳴り響く。
「きゃはははは! そんな木刀じゃびくともしないわよ~」
しかし、城壁はこゆるぎもしない。
乱打に動揺することもなく、全身を盾の陰に巧みに隠し、一分の隙も見せなかった。
――もとより、こんな程度で攻略できるとは思っていないが。
鬼嶋の猛打に隠れ、わたしは低い姿勢で城壁に手を添えていた。
大盾は死角が多い。
特に守りを固めたときは、覗き穴だけが唯一の視界。
音や気配で死角の様子を探ろうとも、鬼嶋の騒音がそれを許さない。
――これなら、集中できる。
右掌に意識を集中。
地面から水を吸い上げるようなイメージを脳裏に描く。
足裏から膝を通り、腰から背骨を上って肩へ。
二の腕から肘、前腕から手首、そして拳。
力の経路がイメージできたら、次はそれを金属に変える。
全身を一枚のゼンマイ発条としてイメージを上書きする。
ぎりぎりに巻き上げられた、引きちぎれる寸前のゼンマイ。
その力を――
「ぐむむむむむむむむむ……!」
盾に掌を添えたまま、ゆっくりと解放する。
弾けそうになる身体を押さえつけるように。
走り出しそうな暴れ馬の手綱を引くように。
――身体が壊れない、ぎりぎりの勢いでッ!
「…………しゃぁぁぁあああああっっっ!!」
「きゃははは……ぁぁぁぁあああああああ!?」
「な、何ぃぃぃいいいいいいいいいいいいい!?」
「いやぁぁぁぁっぁぁぁぁあああああああああ!?」
解放された力が、3人まとめてふっ飛ばす。
「よっしゃ! チャーンス!!」
「ぎゃぁぁぁああああああああ!!」
ひっくり返った夜の蝶に向けて、鬼嶋が容赦なく木刀の雨を降らす。
プラーナ制限の大半を高性能の盾に割り当てていたのだろう。
盾以外の防具は薄い。盾さえなければ、仰向けのカメよりも無力な存在だ。
「浦島太郎の気持ちがわかるな……」
「ああン? なんか言ったかぁっ!? つか、てめえも早く手伝えっ!」
夜の蝶をいたぶる鬼嶋はまんまカメをいじめる悪ガキの絵面であったが、これは勝負である。時には非情な決断も強いられるのだ。
「いやぁぁぁぁああああああ!!」
「やーめーてぇぇぇぇええええ!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁあああああああ!!」
増えた悪ガキの攻撃により、悲鳴の三重奏がボリュームを上げる。
心地よい調べに身を任せながら、体の調子も確認。
肘と肩に若干の違和感があるが、問題なく動かせている。
うむ、ゼロ距離からの捨身飼虎。無事成功だ!
捨身飼虎の消耗が大きい理由。
それは文字通りに拳が爆散してしまうほどの威力にあった。
拳を守る、あるいは再生させることに、大量のプラーナを消費してしまうのだ。
ならば、拳が壊れないように打てばいい。
というわけで、密着状態から放つことで衝撃を軽減したのである。
さながら低速ギアのバイクで、坂道を発進するかのように。
わたしと鬼嶋でカメ……もとい夜の蝶の面々をいじめている隙に、キリ先輩が解錠を決め、4セット目は無事にわたしたちの勝利となった。
タコ殴りあらためカメ殴りにあった夜の蝶に余力はなく、最終セットもすんなり連取。
【温故堂:+1点】【夜の蝶:0点】
「いよっしゃああああああああああああ!!」
首の皮一枚だったが、無事2回戦への進出を決定した。




