第28話
草ダンジョン大会の会場は市民体育館だった。
普段はバレーやバスケットで賑わっている板張りの体育館に、折りたたみのできる簡易なリクライニングチェアがところ狭しと並べられ、壁際には姿見に似たイミテーションがいくつも並べられている。
「草大会って言うから、河川敷でやるもんだと思ってた」
「河川敷でどうやってイミテーションの電源取るんだよ」
草野球大会からの連想に、鬼嶋からツッコミが入る。
イミテーションって、エーテルだけで動くものじゃないんだなあ。
そういえば部室のイミテーションも電源コードがコンセントにつながってた。
あれ、ホコリが溜まりやすくて掃除が地味に大変なんだよね。
「トーナメント表、貼り出されてるよ」
と、キリ先輩。
ステージ上のホワイトボードに貼り出されたトーナメント表を見に行こうとするが、人が多くてなかなか近くへ行けない。人混みの年齢層はわたしたちくらいの年代から、上は40代くらいのママさんまで様々だ。子供連れもいるのだろう、「おかーさーん、がんばってー!」という幼い声援が早くも飛び交っている。
「えーっと……、おお、8チームも出場するんだ」
「想像してたより大規模だね。例の元プロ入りチームは……反対ブロックか」
「へっ、お楽しみは決勝までお預けってわけか」
キリ先輩も鬼嶋も、すっかり元プロのいるチームに照準を合わせている。
なんやかんや二人とも実績のある選手だもんな。
このところ当面のことで目一杯なわたしとは大違いだ。
トーナメント表を確認しながら、頭の中で個人的な課題を振り返ってみる。
■大目標:打倒ブラン! そして打倒聖マグダレナ女子学院!!
■小目標:
1)捨身飼虎の使いこなし
2)チーム連携の強化(足を引っ張らないように)
3)宝箱解錠スピードの向上(目指せ1分切り!)
4)探索の基本を身につける(最低限、右手法じゃなくても道に迷わない)
5)メジャーなルールを一通りおぼえる
……こうしてみると、(1)以外はぜんぶ基本中の基本じゃね……?
ま、まあ何しろわたしはドがつく初心者なのだ。
キリ先輩には「あまり難しく考えず、のびのびプレイして」と言われているし、鬼嶋からも「脳筋が無駄なこと考えんな。突っ走ってぶっ飛ばす、てめえはそれだけ考えてろ」と言われている。
……なんか表現が違うだけで、同じことを言われている気がするが。
ともあれ、素人が無駄に頭を使ってもしょうがないのは事実だ。
言われた通り、今のわたしにできる仕事を最大限こなせるようにしよう。
密かな決意を固めていると、ピーーーっとホイッスルの音が響いた。
ポロシャツ姿の中年女性がホワイトボードの横に立つ。
どうやら大会運営の人みたいだ。
「えー、みなさまお休みのところ、あるいはお仕事でお忙しい中、本大会に集まりいただきありがとうございます。(長すぎて意識が飛んだので中略)さて、与謝野晶子が『いのち短し潜れよ乙女』と詠んでから100年以上が経ちましたが、乙女な方も、もう乙女じゃない方も、心だけは乙女にしがみついている方も、今日は張り切って全力を尽くしましょう!」
お義理の乾いた笑いが上がって、開会式は終了だ。
わたしたちもトーナメント表に記されていたアルファベットに従って、試合場となるイミテーションのところに移動した。
対戦チームの名前は『夜の蝶』。(ちなみに、わたしたちはチーム『温故堂』。苺心さんのお店の名前である)
さてさて、どんな相手かと思えば……
「あら~、一回戦はこんな可愛い子たちなの?」
「いやね~、若さが溢れているわ。吸い取っちゃおうかしら」
「うふふふ~、お姉さんたち、あんまり練習できてないからお手柔らかにね~」
「もう、お姉さんだなんて図々しい」
「あたしたち、どう見たっておばさんじゃな~い」
試合前の挨拶に並んだのは、けばけばしいおば……もとい、たいへん装飾的なお姉様方だった。年の頃は40前後だろうか。握手をすると化粧と香水の混ざった匂いがむんと鼻を突く。
「こりゃ一回戦は楽勝か? さっさと片付けようぜ」
「こら、油断したらダメだよ」
あからさまに相手を舐めている鬼嶋をキリ先輩が注意をするが、キリ先輩の顔にも緊張感はない。草ダンジョン大会なんだからそういう人がいるのは当たり前なのだが、趣味でダンジョンを楽しんでいるエンジョイ勢だろう。曲がりなりにも真剣にやっているわたしたちの相手ではない――
そう、思っていたのだ。
* * *
試合開始の合図とともに、わたしたちは一団となって通路を進んだ。
石畳をこつこつと響かせながら、今大会のレギュレーションにして、夏大会のレギュレーションでもある『財宝争奪戦』について脳内で復習する。
『財宝争奪戦』は大雑把に言えば順に出現する5つの宝箱を奪い合う勝負である。
そして、ひとつの宝箱を巡る争いはそれぞれ前半戦と後半戦に分かれる。
まず前半戦は、ダンジョンを探索し、宝箱を探すパートだ。
全員が閲覧できるミニマップ(最初は通路が表示されておらず、誰かひとりでも歩いた道が記入されていく)に光点が表示され、それを手がかりにいち早く宝箱を見つける勝負となる。なるのだが――
「きゃははは! ホント、ああいうお客さんには困るわよね~」
「なあに、みさっちこそ結構本気だったんじゃなーい?」
「や~ね~、いちいち本気になってたら傷ついて立ち直れないわよお」
「あ~、だから深酒がやめられないのね」
チーム「夜の蝶」のメンツはまるで競う様子がなく、わたしたちが開拓したルートを雑談しながらついてきている。
苺心さんは「おばちゃん連中のストレス解消みてえな大会じゃねえから」と言っていたけれども、この人たちはどう見てもそっち側だ。
参加資格があるわけでもないオールカマーな大会だし、こういう人たちも混ざって当然なのだろう。
「発見!」
駆け出したキリ先輩の背中を守るように、わたしと鬼嶋が走る。
さすがにこのタイミングになれば妨害してくるだろうと背後を気にするが、おばちゃんたちは相変わらず雑談に夢中だ。
むーん、楽なのはいいが、これではまるで練習にならないではないか。
「確保!」
キリ先輩の指が宝箱に触れ、解錠用のパズルが浮き上がる。
これで前半は終了だ。
宝箱の解錠権はこちらが獲得した。
これから2分以内に解錠を終えれば、うちのチームに2点が入る。
広間の反対に待機していた岩を組み合わせて作ったような巨人――ストーンゴーレムがごりごりと重い軋みを立てて動き出すが、宝箱の守護者が初期位置から宝箱に到達するまでには約30秒がかかる。
そして、キリ先輩の平均解錠タイムは30秒を切る。
一応は守備の配置につきつつも、こりゃ楽勝だな……と思っていたら、
「どおおおおおおおおりゃぁぁぁぁあああああ!!」
「!?」
鋼鉄製の巨大な盾が三つ並んで突っ込んできた。
「おわぁぁぁぁああああ!?」
それはさながらブルドーザー。
不意を突かれたわたしたちは成すすべもなく跳ね飛ばされる。
動力は3人のおばさま方。
つい先程までのゆるい表情が嘘のように、兇猛な眼光を放つ闘牛のそれに変わっている。
「守備隊形!」
おばさまAの号令一下。
ブルドーザーは3つに分解され、宝箱を囲んだ。
それはさながら宝を守る鋼鉄の城壁……!
「うふふふふ、油断したわねえ」
「夜更けの三連星とはあたしたちのことよ」
「無敵の城壁の前で、無為な時間を過ごしなさい」
きゃーはっはっはっはっ、と高らかに響く笑い声。
「まさか妨害特化!?」
「ちっ、せけえ真似しやがって……!」
キリ先輩と鬼嶋から、ぎりと奥歯を噛み締める音が聞こえた気がした。




