第23話
「アカリちゃん、ちょっと待って」
「なーに勝手に仕切ってんだよ」
「ぐえっ」
ちょっと、後ろから襟首をつかまないで。
潰れたカエルみたいな声が出てしまったではないか。
「競技じゃないし、天然ダンジョンだからね。安全第一で行こう」
「てめえが勝手に消失するのはかまわねえが、それでこっちの仕事が増えるのは勘弁なんだわ」
「というわけで、ちゃんと隊列を組んでいこう」
「はあい……」
通路が狭いため、隊列は縦一列になった。
先頭はキリ先輩、続いてわたしで、しんがりが鬼嶋だ。
「夏大会のレギュレーションは『財宝争奪戦』に決まったからね」
「いまからスカウトになれとは言わねえが、せめて動き方くらいは見て学んで邪魔にならないようになっとけよ」
という次第なのである。
高校ダンジョン道では、大会ごとにレギュレーションが変更される。
初心者のわたしとしては、鬼嶋とやった「ボス先取」みたいなのがわかりやすくてよいのだが、そういう単純なルールが採用されることはめったにないらしい。
「ストップ」
「わわっ」
先を行くキリ先輩がいきなり立ち止まったので、わたしも慌てて足を止める。
「ここ、枕木の色が一本だけ違うんだけど、わかるかな?」
「えーっと……」
指された場所をじっくり見ると、確かにその枕木だけ前後よりちょっとだけ色が薄かった。
その差はほんのわずかで、言われなければとても気付ける気がしない。
「で、たぶん射出系の罠――火炎放射かな? あそこの壁に穴が隠されてて、周りに焦げ跡が残ってる」
「ほえー」
穴は凹凸の陰影に巧妙に紛れていて、こちらも言われなければ気が付けるものではない。
「すごいっすね。言われなきゃ全然わかんかったです」
「キリキリはスカウトとしちゃ全国レベルだからな。おまえなんかとは比べもんになんねーよ」
鬼嶋はキリ先輩が褒められると本当に嬉しそうにする。
そして当のキリ先輩は「全国は言い過ぎだよ」と顔を赤らめていた。
スカウトとは、日本語では斥候という。
昔は盗賊と呼ばれていたらしいが、犯罪者のような呼び名はよくないということで変更されたのだそうだ。スカウトには罠の発見や宝箱の解錠など、ダンジョン探索に関わる多くの技能――戦闘以外のほぼすべてが求められる。
要するに、キリ先輩はわたしに出来ないことが全部できるというわけだ。
「さすがに罠を壊しながら強引に突破なんてことはボクには真似できないけどね」
「そんなん通用するのはトラップレートが低いところだけだろ。高レートの罠だったらイチコロだぜ。ま、口で言ってもわかんねえだろうから論より証拠だ。キリキリもいいだろ?」
「うーん、そうだね。部室のイミテーションじゃ低レートしか試せないし」
トラップの枕木をまたいで通り過ぎ、十分に距離を取ってから、鬼嶋は手頃な石を拾って枕木に放った。
――シュゴォォォォォォォオオオオオオオ!!
壁から青みがかった炎がすごい勢いで噴き出した。
熱波が顔を打ち、全身にじわりと汗が滲む。
その汗が暑さによるものなのか、冷や汗なのかわからない。
あんな炎に巻かれたら間違いなく一瞬で消し炭だ。
仕掛け矢などと違って体術でどうこうできるものでもない。
舌の根元から湧いてきた苦い生唾をごくりと飲み込む。
「い、いきなり高レート引いたな……」
「ま、間違いなくB以上……ひょっとしてAかもね……」
しかし、これだけの威力は二人にとっても想定外だったらしい。
二人の顔にも冷や汗が浮き、頬を引きつらせていた。
* * *
前にも増して慎重に歩みを進めること数十分。
わたしたちは丁字路に差し掛かった。
線路は壁にぶち当たって途切れ、左右に通路が伸びている。
「アカリちゃんなら、どっちに行く?」
「えっ」
唐突に聞かれ、慌てて左右を見回した。
「み、右ですかね?」
「なぜ?」
反射的に答えたら、理由を聞かれてしまった。
えーっと、えーっと……
「えっと、右手法なら確実にゴールできるから……?」
「ったく、馬鹿のひとつ覚えみてーに右手法ばっかやってると思ったら、マジで馬鹿のひとつ覚えだったのかよ」
しどろもどろの答えに、鬼嶋が容赦ないツッコミを浴びせてくる。
すみませんねえ! どうせわたしは脳筋の馬鹿ですよう!
「えっとね、アカリちゃん。右手法は万能じゃないの。ゴールがダンジョンの外周じゃなく内側にあるとたどり着けないこともあるし、ロスも多いんだ」
えっ、さすがに最高効率だとは思ってなかったけど、右手法じゃゴールできないこともあるの!?
「分かれ道に来たら、まずは周囲をじっくり観察して」
うーん、観察観察……。
まず通路の幅は左右で同じくらいだ。
天井を這う電線も二手に分かれており、照明の様子も変わらない。
「同じに見える……何も違いがわからん……」
無意識に呟いていたら、キリ先輩がにっこり笑った。
「そうだね、ほとんど同じ。厳密に言えば壁の凹凸は違うし、ランタンの間隔は右の方がわずかに詰まってるし、左の通路には12歩先にトラップがあるけど、だいたい同じと言っていいね」
……結構違っていた。
「同じってことに気がつけたのはいいことだよ。でも、今回は細かいことに気が行き過ぎて、もっと大きな違和感を見落としちゃってるかな」
大きな違和感……あっ!
「壁でいきなり途切れてる線路ですか?」
「そのとおり! ほら、よく見るとあそこの壁だけ周りと色が違うでしょ?」
目を凝らすと、確かに色がちょっと違った。
線路が途切れたところの壁だけ、ちょうど両開きのドアぐらいの広さで色が薄くなっていたのだ。
これってひょっとして――
「隠し扉だね。不自然に道が別れてる場所とか、構造物が途切れているところなんかは真っ先に疑った方がいいよ。公式大会じゃなかなかないけど、たまに隠し扉を抜けないとクリアできないダンジョンもあるしね」
言いながら、キリ先輩は隠し扉のある壁をくまなく手のひらでなぞり、耳を当てて音を聞き、それからようやくゆっくりと押し開けた。
派手な動きはまったくないが、その身のこなしはまさにプロフェッショナル。
素人のわたしにも、鬼嶋がキリ先輩を称賛する理由が心底理解できたのだった。




