第22話
桜吹雪高校ダンジョン部は、未曾有の危機に瀕していた。
「け、桁が違う……」
「これ、なんかの間違いじゃねえのか……」
「とてもじゃないけど、ボクたちには無理だ……」
わたしたちを追い詰めていたのは一枚の書類であった。
それには「見積書」の字が大きく記され、その下には「イミテーション修理代金として」という但し書きの横に、馴染みのない桁の数字が並んでいた。
「まあ、高校生にはきちー金額だよなあ」
機械油で汚れたつなぎをはだけさせ、腰で縛ったお姉さんが苦笑いする。
タンクトップの上半身は、筋肉質の褐色の身体を惜しげもなく晒しており、ちょっとプリンな金髪も相まってザ・ガテン系お姉さんといった風情である。
「なあ、いち姉ちゃん、これ、もうちょっと何とかならねえのかよ」
「もう身内価格だよ。工賃なんて雀の涙も取ってねえ。修理に必要な部材が高えんだ。もともと高級品ってわけじゃねえが、型が古すぎて在庫が残ってねえんだよ。それを取り寄せようっていうと、どうしたって無理が必要になる。こればっかりはサービスできねえな」
肩を竦めるガテンお姉さん――鬼嶋苺心は鬼嶋の姉である。
10歳ほど年が離れていて、市内でダンジョンギアの中古店を営んでいる。そのついでに修理も請け負っているそうだ。ギアは基本的に再生成すれば直るものだが、あくまで基本的にであって、壊れることもあるらしい。
そんな店があるのなら、わたしのギアもそっちで買えばよかったのにと言ったら、「姉貴の店はヴィンテージ専門。オレらの財布じゃ手が出ねえよ」とのことだった。
「しっかし、こんな年代物のイミテーション、よく今まで動いてたなあ」
苺心さんは目を細め、イミテーションを縁取る装飾を愛おしげに撫でる。
ダンジョンギアのヴィンテージなんかで商売は成り立つんだろうかなどと失礼なことを思ってしまったが、なるほど、好きが高じてそんな仕事を選んだんだなあと仕草だけで伝わってくる。
「はあ、参ったなあ。新品を買う予算なんてないし……」
「けどよお、いちいちスポーツセンターのダンジョンなんて借りてたら練習にならねーぜ」
そう、故障したのはわが部室のイミテーション――人工ダンジョンだったのだ。
このダンジョンを初めて使ったとき、狂化という現象が起きていたそうなのだが、いま思えばそれが故障の兆候だったらしい。そこで調子見をしていればよかったのだが、合宿明けのハイテンションでがんがんに使い倒してしまった。
結果、ある日突然うんともすんとも動かなくなり、鬼嶋に頼んで苺心さんにおいで願ったという次第だった。
「オレだってなんとかしてやりてえけどなあ」
せっかく可愛い妹がダンジョンを再開したんだから、と苺心さんが続けると、鬼嶋が赤い顔を逸らす。なるほど、こいつお姉ちゃんっ子だな。「オレ」という一人称は苺心さんの影響か。金髪も真似っこしたんだろうなあ。ひょっとしたら、苺心さんもバイクが趣味かもしれない。
苺心さんは大きな胸(この辺もお姉さんサイズだ)を押し上げるように腕を組み、しばらく唸ってから、ポンと手を打った。
「お前たち、ちょっとバイトをしてみるつもりはねえか?」
「バイト?」
「なに、ちょっとした宝探しだよ」
「宝探し?」
オウム返しに聞き返すわたしたちに、苺心さんは白い歯をにいっと剥いて笑った。
「部材の材料になる素材が手に入る天然ダンジョンがある。そこまで行って、在庫分まで取ってきてくれたら修理代はロハにしてやんよ」
* * *
週末、わたしたちはわたしたちは西丹沢の山中にいた。
雑草を踏み分けて上った林道の先で、視界が拓けて崖のふもとに出た。
そそり立つ崖壁にぽっかりと開いた洞窟の入口にはしめ縄が張られ、その左右には人間大の仏像らしき彫刻が彫り込まれ、何体も並んでいる。
「はあ、やっと着いたぜ。バイクで走れねえ道なんて最悪だな」
「たまには山歩きも楽しいじゃねえか」
鬼嶋(妹)の愚痴を笑い飛ばす苺心さんに、キリ先輩が確認する。
「この洞窟がダンジョンになってるんでしたっけ?」
「ああ、仏像がキーストーンになってる」
わたし、キリ先輩、鬼嶋の三人で、適当な仏像の前に並んで座る。
人工ダンジョンでは水晶玉、お店や関帝廟では椅子に付属のスイッチ、実家の裏山では親子石――キーストーンにも色んな種類があるんだなあ。
なお、苺心さんは留守番だ。
ダンジョンに潜っている間、現実の身体は無防備である。
こういう観光地化されていない天然ダンジョンに潜るときには、肉体を守るための留守番役が必須らしい。苺心さんがバイトを求めたのも、同業仲間とスケジュールを合わせるのが難しかったからだそうだ。
そろそろ気の早い蚊が出る季節である。
無事探索が終わっても、全身が蚊に喰われていたらたまらない。
虫除けスプレーを丹念に吹きかけて、蚊取り線香を焚き、準備万端整えてから仏像に触れて念じる。
すると、景色がダンジョンに切り替わった。
ぱっと見の印象は坑道だ。
スタート地点は袋小路で、トロッコ用の線路が奥へ向かってまっすぐ伸びている。
天井には黒いゴムで被覆された電線が這い、そこから古びた電気ランタンが不規則な間隔で吊り下がる。オレンジ色の灯りが赤茶けた壁面を照らし、荒々しく刻まれた掘削痕の陰影を強調していた。
「ちっ、ここでもバイクは使えそうにねえな」
鬼嶋は舌打ちをして、木刀を具現化した。
登山だというのに「怒根嬢」の特攻服なのはさすがである。
「聞いてたよりも、ちょっと狭く感じるね。照明のせいかな?」
キリ先輩は登山服から、ダンジョン用のジャンプスーツに切り替えている。
ベルトに挟んだ投げナイフを指先で確認しながら、油断なく辺りを観察していた。
わたしも腰のホルダーからカードを抜き出し、装備一式――鉢金、半袖の防刃ジャケット、手甲、腕甲、すね当てにスニーカー型安全靴を具現化する。
全身が光の粒子で覆われるその姿はまるで魔法少女の変身バンクで、最初のうちは恥ずかしかったのだが、慣れとは恐ろしいもので何度も繰り返すうちに気にならなくなってしまった。
いまや部費稼ぎの動画をアップされてもうろたえない。
まあ、赤鬼を匂わすコメントだけはキリ先輩に速攻で削除してもらっているが。
わたしは右の拳を左の手のひらにパンと叩きつけ、
「うっし、宝探しの始まりだっ!」
と坑道の奥へ向けて踏み出した。




