第21話
宝箱にふれると、これみよがしの鍵穴の上に四角いパネルが出現した。
正方形のそれは4x4の16マスに仕切られており、1箇所が空いている。
残りの15マスには、それぞれ風景写真の切れ端のようなものが写ったパネルがはめ込まれていた。
なるほど、15パズルとか、スライドパズルとかってやつだ。
背後から徐々に近づく重低音の足音を聞きながら、カチャカチャとパネルを動かす。えっと、こういうのはいっぺんに全部やろうとしないで、一段ずつ処理するのがセオリーだよな。青い部分は空だろう。それが写ってるのを最上段に集めて――
「ぐっはぁ!?」
横からの強烈な衝撃に、わたしはふっ飛ばされていた。
くっ、どうやら劉備の長い腕に殴られたらしい。
パズルに夢中になって、そちらへの集中が切れてたぜ。
えっと、離れたところで待機して、十分に引き付けたらダッシュ。
再び宝箱の前に戻って、一段目は完成したから二段目をカチャカチャ……
「ぐっはぁ!?」
またふっ飛ばされた。
ぐぎぎぎ……と歯ぎしりしながら端っこで待機。
くそう、マルチタスクって苦手なんだよなあ。
何かに集中すると、他がおろそかになってしまうのだ。
よし、また宝箱の前に戻って、三段目……あれ? ぜんぜん揃わない? どうやるんだこれ? え、もしかして無理ゲーじゃない? 詰んでる?
「ぐっはぁ!?」
広場の隅に移動して待機する。
所定の位置から石像が来るまで30秒として、もう1分を過ぎたのか。
あれ? 戻る時間は考えなくていいのか?
つか、鬼嶋に負けている。悔しい。
あ、にやにや笑ってやがる。ぐぎぎぎぎぎ……
「ぬがぁぁぁああああああ!!!!」
わたしはキレた。
奇声とともに両の拳で天を突き上げる。
だいたいあれだ、こそこそパズルを解くなんてわたしの流儀じゃない。
あんな石像はぶっ飛ばして、それからゆっくりパズルを解こう。
集中さえできればあっという間に解けるはずだ。
呼吸を整え、腰を落として臍の下に力を溜める。
徐々に迫る石像を見やる。
身長はゆうに倍以上。
こんな石の塊、以前までのわたしなら手甲があってもぶん殴ろうだなんて夢にも思わなかっただろう。
だが、今のわたしにはアレがある。
右拳を固める。
肘から先を、一本の鉄棒と思い込む。
これはわたしの腕じゃない。
これはわたしの拳じゃない。
ゆえに、その骨は鋼よりも強く。
ゆえに、砕ける痛みは存在しない。
握りしめた拳がぼんやりと輝く。
蛍のような光点が、火の粉のように立ち上る
「だぁぁぁぁっっっしゃぁぁぁああああ!!」
矢のように飛び出し、劉備の顔面に右拳を叩きつける。
閃光。衝撃。轟音。
頭部を粉砕された劉備が、カタカタと関節を震わせて立ち止まる。
次――樽のような体格の張飛を睨む。
動くはずのない石の顔が、驚きに染まっているような錯覚をする。
右手に集中。
砕けていない。
肉などない。
骨などない。
これはひとつの鉄塊である。
「どらぁぁぁぁぁっっっぁぁぁぁああああっ!!」
張飛の顔が爆散した。
巨体がどうと石畳に倒れる。
「これで最後じゃぁぁぁぁぁぁぁあああああああっ!!!!」
続けざまに関羽に飛びかかる。
飛距離がわずかに足りない。
左手でヒゲを掴み、自分の体を引き寄せて、右の拳を叩きつける。
自慢の美髯を頭もろとも失った関羽は、よろよろと数歩後退り、地響きを立てて仰向けに倒れた。
「へっへっへっ、『生まれた日は違えども、死すときは同じ時を願わん』だっけ? 原作と違って願いが叶ってよかったじゃないか」
さーて、ゆっくりパズルを解きましょうかね。
妨害さえなければね、あんなのは楽勝なんですよ。
うーん、なんかなかなか宝箱までたどり着かないな。
なんだ? 地震か?
足元がよれる。まっすぐ歩けん。
あれ、なんか景色がぐるぐる回っているぞ?
宝箱も右に左に動いて……あっ、分裂した……
わたしの意識は、そこで途絶えた――
* * *
「大丈夫? さ、お水飲んで」
「うう……すみません……あざます……」
わたしはリクライニングチェアに横たわったまま、まだ動けなかった。
キリ先輩が差し入れてくれたミネラルウォーターを一口飲み込む。
ひんやりしてちょっとだけ気分がすっとする。
「このダンジョンで消失するやつなんざいねえから、係員がビビってたぜ」
「すみません……面目ない……」
「げえ、マジで元気ねえな。気味が悪りぃ……」
いつもなら絶対に噛みつき返す鬼嶋の憎まれ口にも反応する元気がなかった。
頭の芯がじんじんするように痛む。
これが消失の後遺症というやつか……。
そう、わたしは消失したのだ。
3発目の捨身飼虎を放ったあと、ぱったり倒れたらしい。
ほんの数分だが、リアルでも失神していた。
初めての消失でショックが大きかったのでは、というのはキリ先輩の弁。
そして、攻撃も受けてないのに消失した原因は――
「捨身飼虎、だよね」
「アレしかねえだろ」
「ですよねえ」
どう考えても原因は捨身飼虎である。
生身の肉体では出来ないことを、精神力で無理やり行う技なのだ。
リアルでやれば相討ち必然という技でもある。
冷静に考えれば、ノーリスクで使い放題なわけがない。
ミネラルウォーターの二口目を飲んだとき、スマホが震えた。
じいちゃんからメッセージだ。
【言い忘れておったが、おぬしが捨身飼虎を撃てるのはせいぜい2発か3発じゃろう。限界に達すると失神するじゃろうから調子に乗らんようにな】
「遅いわっ!」
スマホに向かって思わずツッコんでしまった。通話でもないのに。
まあ突っ込める程度には体調が回復したと前向きに考えよう。
しかし、狙いすましたようなタイミングだな……。
まさかと思うが、やっぱり本当に仙人になったんじゃなかろうか。




