第20話
「ほほう、これが噂に名高い小籠包! ……ふわっつ!?」
「アホだなあ。小籠包ってのはこうやって皮をちょっと破って、そこから汁を……あちっ!?」
「もう、ふたりとも気をつけてね。ヤケドしちゃうよ……あっつ!?」
場所は横浜中華街、わたしたちは食べ歩きを楽しんでいた。
実家からの帰路である。時間はお昼過ぎ、ゴールデンウィークだけあってすごい人混みだ。地元民(というほど近所ではないそうだが)であるキリ先輩と鬼嶋はあまり乗り気ではなかったのだが、わたしがどうしてもとお願いして実現した。
だってさあ、横浜中華街だよ?
埼玉県民的には鎌倉、湘南に並んで憧れの神奈川スポットなのだ。立ち寄らないわけにはいかないのである。なお、選出スポットについての異論は認める。
「おおおお、なんだあの巨大な唐揚げは……。あっ、あっちはチャーシューメロンパン?」
「あんまキョロキョロすんなよ。こっちが恥ずかしくなるじゃねえか」
「あんまり走り回ると迷子になるよー」
あちこちの食べ歩きグルメに目移りしながらちょろちょろしてると、先輩たちから注意をされた。自分で言うのもなんだが、まるっきり両親に連れられる幼児の図である。
鬼嶋はともかく、単純な見た目で言えばキリ先輩はわたしより幼いのだが……、落ち着きが違う感じがする。これが高校生活1年の差から来る貫禄か。
顔より大きい唐揚げと、甘さと塩気のコントラストが楽しいチャーシューメロンパンを交互にかじりながら歩いていると、何やらド派手な建物が見えてきた。
朱塗りの門柱。金箔のあしらわれた瓦屋根。そこにはやはり金箔で覆われた龍や鳳凰の像が何頭も鎮座しており、「廟帝関」の扁額が不思議な存在感を放っている。
「関帝廟だね。三国志の関羽を祀ってるところだよ。ちょっと寄っていこっか」
「懐かしいな。小学校の遠足がここだったか?」
二人はわたしの返事も待たずに石段を登っていく。
ちょっとした思い出の場所なのだろう。
わたしにはわからない話題で盛り上がっている。
境内に上がると、線香の濃密な匂いに包まれた。
極彩色の景色に前も後ろも塞がれて、本当に中国に来てしまったかのような気分になる。
その一角、二重の塔の辺りで「挑戦! 盗墓体験」というなんか物騒な幟が目に入った。
「盗墓? って何ですかね?」
「ああ、やってみる?」
微妙にズレた回答をされつつ、入場料を支払って塔に入る。
するとそこには、人工ダンジョンへの入口――イミテーションと、向かい合うように数脚のリクライニングチェアが設置されていた。
なるほど、盗墓とはダンジョンのことだったか。中国語なのかな?
リクライニングチェアに座って、肘掛けに埋め込まれたキーストーンを起動すると、景色ががらりと切り替わった。
* * *
そこは古代中国の宮殿のような空間だった。
ドーム状の広場の高い天井は、細緻な彫刻でびっしりと覆われた幾本もの柱に支えられており、柱同士には向こうが透けるほど薄い、色とりどりの飾り布がわたされている。
「ほえー、目がしぱしぱする」
壁も天井も、目にも鮮やかな金と赤で彩られている。
地上の関帝廟をド派手とするなら、こちらは超弩級ウルトラデラックススーパー派手だ。
きれいと感じるよりも、目に痛いという感想が先に出てしまう。
唯一、装飾のない石畳に視線を落として目を落ち着かせ、改めて見回す。
広場の一方の壁際に、巨大な人間型の石像が3体並んでいる。
いずれも三國志的な武将っぽい見た目だが、一体は腕と耳たぶが長く、一体は樽のようにガタイがよく、一体は長く豊かなヒゲを胸元まで伸ばしている。これ、劉備、張飛、関羽の三兄弟がモデルなのかなあ。
そして広間を挟んで反対側。
一段高い台座があり、それにはやはりド派手な燭台が2本立っている。
その間には、ひときわ豪華な装飾の箱。
大きさは一抱え、直方体の本体に、かまぼこ型の蓋。これみよがしの鍵穴。
これってもしや――
「ひょっとして、宝箱ってやつですか!?」
「そうそう、宝箱。『財宝争奪戦』の練習になると思って」
「迷宮が省いてあっから、探索パートは出来ねえけどな。解錠特化だ」
「財宝争奪戦?」
「レギュレーションの一種だよ」
ほうほう、『盗墓』とは、ダンジョンはダンジョンでも『財宝争奪戦』のことだったのか。
って、名前だけじゃどんな競技なのかわからんけど。
それよりも――
「あの宝箱、開けたらお宝が手に入るんですか?」
「記念品くらいはもらえるかなあ。イミテーションで取れたものは持ち帰れないし」
そ、そうだったのか。
¥マークになっていた瞳が一瞬でもとに戻る。
「ま、やってみようぜ。キリキリのあとだとやりづれえからオレが最初な」
鬼嶋はそう言って歩いていくと、宝箱に手をかけた。
すると、ぎぎぎぎぎ……と重たいものが軋む音が響く。
音の方を見ると、劉備、張飛、関羽の三兄弟像が、重い足音で床を震わせながらこちらに向ってくるところだった。
「あいつらに捕まらずに宝箱を開けられれば勝ちってすんぽーよ」
宝箱をカチャカチャといじっている鬼嶋に、ゆっくりとだが確実に3つの石像が迫っていく。
「あー、やっぱ一発クリアは無理かあ」
石像の手が届く寸前、鬼嶋は具現化したバイクにまたがって離脱した。
広場の反対まで移動した鬼嶋を追いかけて、石像たちがUターン。
ある程度引き付けてから、鬼嶋は宝箱の前に戻ってしばらくカチャカチャ。
そして、隙間から光を放ちながら、パカッと蓋が開いた。
「解錠所要時間は……35.9か。30秒の壁は遠いなあ」
鬼嶋が口にしているタイムは、純粋に宝箱の解錠にかかった時間のようだ。
石像を引き付けていた時間も含めると、1分弱くらいだろうか。
「次、キリキリの番な。模範演技を見せてやれよ」
「えぇ……、そんな風に言われると緊張しちゃうなあ」
石像が初期位置に戻ったのを確かめて、キリ先輩が宝箱に走った。
そしてカチャカチャと宝箱をいじると……宝箱の前から一度も離れることはなく、そのままパカッと開けてしまった。石像がすぐ背後に迫っているが、半歩以上の余裕を残している。
「28.9秒。うん、悪くない調子かな」
「悪くないどころじゃねえよ。全国レベルじゃねえか」
キリ先輩のタイムに、なぜか鬼嶋が誇らしげな顔をしている。
こいつ、なんだかんだキリ先輩のこと大好きだよなあ。
最初に嫌がらせをしてたのは、ヤンデレの病みのパートだった可能性がある。
ちょっとおっかない。
わたしはあんまり懐かれないように気をつけよ。
「じゃ、ラストは一年の番だな」
「アカリちゃん、がんばってね! 鍵開けのやり方は見ればわかるから」
鍵開けって、そんな簡単にできるものなのかなあ。
ともあれ、案ずるより産むが易しだ。
石像が所定の位置に戻るのを待って、わたしは宝箱に駆けた。




