第16話
道場にたどり着いた先輩たちは、ほんの30分前とは打って変わってぼろぼろになっていた。ぜえはあと荒い息をつきながら、ほとんど這うようなありさまである。
「や、やっと着いた……」
キリ先輩は全身に白い綿をくっつけて、もこもこの羊さんみたいになっている。かわいい。
「クソジジイが……ナメやがって……」
鬼嶋はずぶ濡れで、自慢の特攻服が極彩色に染まっている。金髪と相まってまるでサイケデリックアートだった。
んで、わたしはというと、逆立ちして両足の間に石の詰まった俵を挟んで前衛アートにかぶれたシャチホコみたいになっている。床の間に飾られた「可惜身命」という武術道場にはらしからぬ掛け軸と相まって、もしも写真をSNSにアップしようものなら即生成AI認定されるであろう異様さだ。
じいちゃんの奇襲をかわせなかった罰として、先輩たちが着くまでこの格好で待てと言われてしまったのだ。スカートを履いてこなかったのが唯一の救いと言えよう。
「まったく、3人ともなっておらんのう」
じいちゃんはふぉふぉふぉと高笑いして天狗面を取った。
皺の深い顔に、真っ白になったふさふさの眉毛と口ひげ。
ぱっと見は仙人だが、その実態は妖怪仙人である。
「ダンジョン部、じゃったかのう。その様子では弱小もいいところじゃろうな。当ててみるぞ、去年の戦績はどうせ1、2回戦負けじゃろう」
意地悪く笑うじいさんに、キリ先輩と鬼嶋の口元が引き締められる。
ちょいちょい、やめろよじいちゃん……。二人にとって、去年の敗戦はトラウマなんだぞ……。
「わかったような口ききやがって! ダンジョンだったらこんなざまになるもんかよ!」
案の定、キレた鬼嶋が突っかかる。
しかし、じいちゃんはそれをひらひらといなしながら高笑いを続ける。
「ふぉっふぉっふぉっ、『ダンジョンだったら』か。思った通りじゃのう」
「ンだとお! ……おおおっ!?」
じいちゃんがするりと脇をすり抜けると、鬼嶋は一回転して畳に着地した。その姿勢は見事な正座である。鬼嶋は何が起きたかわからず、「は? はあ!?」と頓狂な声を上げながら視線をきょろきょろさせていた。なお、わたしにも何が起きたかわからない。
「さて、悪ふざけもこんなところにしておこうかのう。すまんとは思ったが、時間もあまりないのでな。まずは荒療治をさせてもらった」
「荒療治ぃ?」
「すみません、ちょっとわからないんですが……。説明をしていただけないですか?」
疑問を口にする二人に、じいちゃんは口ひげをしごきながら、うんうんと頷く。
「一言で表すなら、心身の調和が取れておらんのじゃ。ダンジョンは魂魄の魂――いまはプラーナとか、精神体とか言ったかのう。それだけで潜るじゃろう。しかし、心と体は人間の両輪。ダンジョンばかりにかまけておると、心ばかりが鍛えられてバランスが取れなくなるんじゃな」
「は、はあ……」
キリ先輩と鬼嶋は揃って狐につままれたような顔をしている。
まあ、わたしも同じような顔をしていると思うが。
じいちゃん、なんかダンジョンに詳しくない? ずっとダンジョン嫌いだと思っていたんだが……。
「というわけで、おぬしらには合宿中、ダンジョンに潜ることは一切許さん。徹底的に身体の方をしごいてやる。ほれ、これがメニューじゃ」
と、懐から取り出した半紙の束を、二人の前にばさりと放る。
それにはびっしりとトレーニングメニューが書き込まれているのが遠目にもわかった。
「次は朱莉の番じゃのう。ほれ、姿勢はそのままじゃ」
しれっと逆立ちをやめて俵を下ろそうとしたら止められた。
なんだよう、流れ的には正座で改まって聞くやつじゃないのか?
「さて、儂が見るところ、どうせお人形さんみたいな女の子にダンジョンでぼこぼこにされ、ダンジョンを出てみたらその娘は車椅子で、リベンジはしたいものの、わけがわからなくて混乱して一旦考えるのをやめていたとか、そんなところじゃろうのう」
ドキィ!?
なんでそんなことピンポイントでわかるんだ!?
ま、まさかじいちゃん、マジのガチで仙人になって読心術を身に着けたのか!?
「ふぉふぉふぉ、残念ながら昇仙はまだまだ遠いわ。バズっておっただけじゃのう」
「バズ……?」
「ほれ、この動画じゃ」
修験装束の袖から現れたスマホの画面には、キバナシゴブリンを徒手空拳でぶっ飛ばすわたしと、ハンマーでぶっ飛ばすブランの二分割の動画が映っていた。上手いことタイミングを合わせたもので、ポップな音楽に合わせて踊っているように見える。
「なにこれ……?」
「YourTubeじゃの。ショート動画じゃ」
「いや、そういうことじゃなく」
「すごいのう。もうすぐ100万再生じゃ」
「…………」
わたしは考えるのをやめた。
つか、じいちゃんに聞いても仕方がない。誰かがアップした動画をじいちゃんが偶然見つけた……ということだろう。
「ほれ、こんなのもあるぞ」
「えっ、こっちまで!?」
次は長回しの動画で、わたしとブランがどつき合っているシーンが収められていた。こちらももうすぐミリオン再生である。
シミュレーションのところはわかる。
オープンな場所だし、通りすがりがたまたま撮ったということもありえるだろう。
しかし、ダンジョンでの試合の方は話が別だ。
あれは無関係な人間が撮影できるようなものじゃないと思うんだが。
一体誰が投稿したんだろう?
投稿者名に目をやると――
「あ、それ、ボクが上げた動画だね。いい画が撮れたらアップして、部費の足しにしてるんだ。ブランさんにはちゃんと許可を取ってるから安心して! パラリンピックの啓蒙にもなるからって、自分のSNSでも拡散してくれたんだよ」
キリ先輩が、ぺろっと舌を出して微笑んでいる。
投稿者名は、「桜吹雪高校ダンジョン部公式」だった。
むむむ……、投稿のネタにするならわたしの許可も取ってほしかったが、部費の足しにしていると言われると文句も言いづらい。おまけに他校のブランが許しているしなあ。
「まあ動画のことはさておき、おぬしはこの鎧の娘に勝ちたいんじゃろう?」
「う、うん」
そりゃあ勝ちたいに決まっている。
自慢じゃないが、これまで喧嘩でかなわなかった相手なんて片手で数えられるほどしかいないのだ。有り体に言って悔しいのである。
「が、強さの正体がわからずとっかかりもつかめんと」
「うん……」
そうなのだ。
あんな金属鎧とハンマーを装備したら、ブランの体格ではまともに動けるはずがないのである。これは体捌きがどうとかいう次元じゃなく、純粋に物理の問題だ。タネがわかれば対策も立てられると思うのだが、まったく見当もつかないのが現状だった。
「ふぉふぉふぉ、ではおぬしには、とっておきの必殺技を授けてやる。それを身につける過程で、鎧娘の強さの秘密もわかるじゃろう」
「えっ、マジで!?」
不敵に笑うじいちゃんの言葉に、わたしは一も二もなく食いついた。




