第14話
掃除当番を終えて逃げるような早足で部室に向かう。
なぜ早足かって?
決まってるじゃないか、掃除当番の班に盛大にフラれた例の男子が入っていたからだよ。
それに、みんなしてびくびくしながら「火ノ坂さん、い、忙しいよね? 掃除は私たちがやるから先に帰っていいよ」とか言うんだよ?
ちょっと離れたところからこっちをちらちら見ながらね、小声で「赤鬼……」「ヤクザ殺し……」「警察も手が……」とか聞こえてくるんだよ?
ハハッ、この状況で平気な顔をしていられるやつがいたら、あたしゃ見てみたいね!
というわけで、音速で掃除を済ませて部室に駆け込んだのである。
「ここの動きが――」
「いや、上下で高さの差も出せば――」
キリ先輩と鬼嶋が並んで椅子に座り、人工ダンジョンの入口――イミテーションに見入っていた。わたしが入ってきたのにも気づいていないようだ。
何を見ているんだろうと覗いてみると、イミテーションの鏡面にハルバードを持つ長身の王子様が映っている。対峙するのはジャンプスーツを身にまとったキリ先輩と、バイクにまたがる鬼嶋。
どうやら昨日の試合の映像らしい。イミテーションってモニターみたいに使えるのね。それに、しっかり映像を残していたなんてさすがはキリ先輩だ。
「これ、撮ってたんですね。どうやったんですか?」
「わ! あ、ごめんごめん、夢中で気づかなかった。えっと、ああいう施設はたいてい撮影サービスがあって、料金を払うとデータをもらえるんだよ」
へえ、それは便利だ。
人間というのは案外自分の身体の動きを把握していないもので、ビデオに撮って確認するとそれを客観視できる。鏡の前での形稽古の上位版みたいなものだ。
「いい機会だったからね。剣城さんは公式試合でもなかなか全力を見せてくれないから、今回、数的有利を作れたのはラッキーだったよ。底が見えた……とまでは言えないけど、少なくとも手を抜けるような状況じゃなかったと思う」
「あ、ひょっとして3対2の勝負を通したのも……」
「それは向こうから言い出したことだよ。ボクたちの方からわざわざ2対2にしようなんて提案する義理もないしね」
と、キリ先輩は悪い笑顔を浮かべる。
ハンデ付きの試合で不満はなかったのだろうかとちょっと引っかかっていたのだが、情報収集のためだったのか。なかなかの策士ぶりである。未来の勝利のために手段を選ばない感じ、キリ先輩は思っていた以上に勝負師だったらしい。鬼嶋の方は頭に血が上っていたし、たぶん何にも考えていなかっただろうと思うけど。
せっかくなので、わたしも椅子を寄せて検討に参加することにする。
先輩たちにならって、背もたれを前にしてそこに肘をつく。
再生と早戻しを繰り返す映像で、あの試合の結末をようやく知れた。
まず初手は鬼嶋のバイクの特攻。車体をウィリーさせ、盾にして突っ込む。剣城のハルバードがすかさず迎え撃つ。そのタイミングでキリ先輩がナイフを投擲。左右の指に挟んで片手につき4本、合計8本の刃が剣城に殺到。
剣城は左手でハルバードを振るいながら、右手でナイフを払い落とす。すべてではない。素肌を露出した頭部を狙うものだけに絞り、他は鎧に当たるに任せている。幾本かが浅く刺さるが、意に介した様子はない。
斧刃が半ばまで食い込んだところで鬼嶋が車体をひねり、ハルバードを巻き込んでもぎ取った。剣城の表情が一瞬だけ動いた気がするが、1フレーム後にはナイフを追うように走り込んでいたキリ先輩に向けて右手を伸ばしている。指を揃えて伸ばしたそれは、さながら槍の一突き。キリ先輩のみぞおちにめり込み、ダメージを表す光の粒子が散る。
だが、抱えていたはずの宝玉がない。
逆サイドから、バイクから飛び降りていた鬼嶋が特攻。その手にはいつの間にか宝玉が抱えられていた。ナイフの投擲で剣城の視界を塞いだその瞬間に、キリ先輩から鬼嶋にパスしていたのだ。まるで手品みたいで、解説してもらうまでいつ宝玉を渡したのか全然わからなかった。
だが、それにも剣城は反応する。
左手が独立した生き物のように伸び、鬼嶋の肩に突き刺さる。今度は手刀ではなく開手。光の粒子に透けて、肉に食い込む五指が見えた。その握力だけで鬼嶋の全身を勢いを殺している。鬼嶋の手から宝玉がこぼれ――蹴った。
鬼嶋のつま先に弾かれた宝玉に、剣城の裏に回っていたキリ先輩が手を伸ばし――
映像はここで終わっていた。タイムアップだったのだ。
時間があればキリ先輩のラストプレーが得点につながったのか、それは神のみぞ知る世界である。
それにしても、何度見ても思わず「ふぅ~」と深い溜め息が出てしまう。
一瞬のうちにいくつもの攻防が展開され、文字通り瞬きも許されず、無意識に呼吸を忘れてしまうのだ。
「はあ、すごい観の目ですね。うちのじいちゃんみたいだ……」
「観の目?」
「じいちゃん?」
「あっ、すみません。急にわけわからないこと言っちゃって」
観の目なんて、武術をやってなきゃ聞かない単語だよなあ。
じいちゃんのことは言わずもがなだ。わたしの家族のことなんて知っていたら逆に怖い。
「いや、待って。ちょっと詳しく教えてほしいんだけど」
「ああ、気になるな。お前のじいちゃんは剣城の野郎みてえなことができるのか?」
おわ、なぜか食いつかれた。
ふたりともすごく真剣な顔つきをしている。
人に武術の話なんかしたことないし、じいちゃんに言ったら未熟者が出しゃばるなとか怒られそうで緊張するけど、できる限りは説明してみよう。
「ええっと、観の目っていうのは、こう……なんというかどこにも視線を……正確には焦点かな……を固定せず、こう、全体をぼんやり見るんですよ。で、全体をぼやっと捉えつつ、動くものに反応するっていうか。えっと、実演した方が早いかな……。あそこに立ってるんで、そこのピンポン玉を投げつけてみてもらえますか?」
ダンジョン部の部室にはなぜかピンポン玉が詰まったダンボールがある。
なんでもボクシングのトレーニングを参考にして、動体視力を鍛えるためにキリ先輩が用意したらしい。
「じゃあ遠慮なくいくぜっ!」
なんか趣旨を勘違いした鬼嶋が顔面に向けて次々と投げつけてくる。
真正面に投げたんじゃ意味がないだろ……。
それを片手であしらっていたら、キリ先輩がわたしの左下辺り、ぎりぎりに投げ込んできた玉をキャッチする。続けて対角線の右上に、これもキャッチ。
さすがはキリ先輩だ。わたしの要領を得ない説明を飲み込んでくれたらしい。
「すごい、目線がぜんぜん動いてない……」
「これが観の目です。わたしはまだまだですけど……って鬼嶋ぁ! 投げるのやめい!!」
「ちっ、一発も当たらねえでやんの」
鬼嶋め、お前にはいつか硬球を思いきりぶつけてやる。
「で、剣城さんは観の目の範囲と精度がすごくて、たぶんですけど、ちょっとした重心の変化とかも見て取れてるんじゃないですかね。武術的には起こりって言うんですけど、次の行動の初動が読めてるっていうか」
「なるほどね……。それで心が読まれているような感じがしたんだ……」
「そんなんチートじゃねえかよ」
キリ先輩は顎に手を当てて考え込み、鬼嶋は顔をしかめて唇を尖らせる。
「次はじいちゃんだな。てめえの理不尽な強さにも関係してんだろ」
えっ、じいちゃんの方も掘り下げるの?
別に隠してることじゃないからいいんだけどさあ。
身内の話をするのはなんか恥ずい。
それにわたしは別に理不尽って言うほど強くないと思うんだが。
「初心者なのに……いや、初心者じゃなくても、トラップもモンスターもぜんぶ壊しながら進むなんて、普通はできないことだからね?」
キリ先輩に真顔でツッコまれ、そういうものだったのかと認識を改める。
ダンジョンなんてマジでほとんど触れてこなかったから、普通の基準がわからんのよ……。
「ええっと、じゃあ話しますけど……。うちのじいちゃんは道場の師範みたいなことをしてて、人間とは思えないほど強くて、物心ついたときから稽古をつけられてました」
あ、要約すると意外と短いな。
こんなしょうもない説明なのに、キリ先輩と鬼嶋がなんか小声で相談し始めた。しばらくのやり取りののち、揃ってうんうんと頷いている。どうやら何か話がまとまったようだ。
「ねえ、アカリちゃん。相談なんだけど、ゴールデンウィークの合宿、アカリちゃんの実家でお願いできないかな?」
「……へ?」
想像もしていなかった申し出に、思わず間の抜けた声を漏らしてしまった。




