21.へぇ?ふぅん、はぁあ。これが魔族の切り札ですかぁ。
※三日連続投稿。続きは明日、12/16日投稿です。
砦の向こうでどうしようと悲鳴が上がる前に、国境砦の兵士達は謎の魔物の出現に気付いて警鐘をかき鳴らしていました。
いえ勿論、この時の私はまだ知らないんですけどね?
最初に門の上の兵士達が大街道の奥から悪臭がすると騒ぎになり、崖際に偵察の兵を用意する段階で私に第一報が届きました。
夜の闇と曲がり角に隠れて何が来たのかは分かりませんでしたが、門上砦に辿り着いたところで巨大な獣の様な咆哮が谷を揺らしたのです。
この時点で警鐘を鳴らした兵士達の判断は正しかったでしょう。
私も〔遠目〕の力で街道先を透かし見ると、そこにあったのはまるで動く沼。
巨大な緑の泥が泡立ちながら、ゆっくりと街道を下るように進んで来ます。
「?」
「総員、油矢を装備!火矢を構えろ!」
幸か不幸か父は今この場におらず、現場の指揮権は私にあります。何か理解のし難い違和感に警戒心を抱きますが、正直それどころでは無いのも事実。
現部隊長のジェメシスが長子ランベルク卿は目視のために視界を晴らす事を優先したらしく、私に確認を求めた上で一斉に火矢を放ちます。
殆どが城壁通りの一直線に空を飛ぶが、幾筋かの火矢が他より遠くに届く。
外れた一矢が沼の上に届くと、突如弾ける様に爆発。
「何だ?今のは一体?」
「が、ガスだ!場合によっちゃあ風下に立っただけで死ぬぞ!!」
皆が狼狽えるのも当然です。近付き炎に照らされた事でその全体像が明らかに。
アレは異様にして異形の怪物でした。主に上下に蠢く六芒星の如く突き出た六つの蜥蜴頭。地面を這いずる鰭の様な四つ足。
中央に小さく泡立つ甲羅を背負い、可燃ガスを沸かす粘性の汚泥を引き摺って。
平屋の建物にも勝る巨体が、毒を撒き散らしながら谷間を這いずって。来る。
そこにあったのは絶望の壁だった。
魔族モブリアンは自分の置かれている状況が理解出来なかった。いや、正しくはしたくなかった。不味い。壁は不味い。奴に複雑な思考は出来ない。
モブリアンの脳裏に壁の突破を諦めて戻って来るあの腐蝕蜥蜴シクスフェイスの姿が思い浮かんだ。
その先には奴が突破した後に続く筈だったガンドール軍がいる。
「……マズい。マズいですよコレは……っ!」
先回りして壁を壊すか?無理だ。あんなの直ぐに突破出来ない。
ていうか続々と兵士が集まって来ている。一体何十人が駐屯しているのか。いや待て!そもそもあそこにそれ程の兵が集められているのか?
そうか、大半は工作兵、土木を担当する非戦闘員の筈!勝てる!
「いや多いな!ていうか火矢かよ!」
数十の火矢が放たれ、一番遠くまで届いた火矢がシクスフェイスの間近でガスに触れて爆発する。一方で壁の上の兵士は未だ集まり続けている。
そして爆発によってシクスフェイスは、壁の上の者達を敵と見做したか、今までとは明確に違う、己の意思によって門の方を目指し始めた。
「いや、ヨシ!奴は砦の連中を敵と認識しました!
後は黙っていても砦の兵士と衝突……、する、筈です。」
だが乗り越えられるだろうかという問題は変わっていない。
いやシクスフェイスの体は酸に近い性質の毒素を放っている。きっと壁だろうが岩だろうが崩せる筈!
「第一陣、放てぇっ!!」
「だから多いってッ!どんだけ火矢を用意してるんですかッ!!」
モブリアンの目には、弧を描いて放たれる火矢の残光が、まるで千を超す絶望の輝きに見えた。今度は殆ど全ての矢がシクスフェイスに降り注ぎ、一斉に爆発して衝撃と火花を撒き散らす。
少しの火矢ならビクともしなかっただろうが、流石にあの数ならガスが吹き飛ぶ衝撃が奴に届く。実際奴の身体を覆っていた泥は撥ねて飛び散り、鉄壁であった筈の守りを超えて。明確にシクスフェイスの足を鈍らせていた。
認めるしかない。連中の物量は確実に奴にダメージを与えていると。
「そもそもあれ奇襲に持って来いの筈なんですけどねぇ。
近付くまで大して音も出しませんし、風下なら悪臭に気付いても先にガスが体調に変調をきたしますし。」
ガスは重くて地上の留まるので、多分殆どが門に遮られてしまったのだろう。
高台を吹き抜ける突風に散らされたガスでは、少しくらい吸っても大した事は無かったのだ。いやむしろ臭いしか残らないくらい遠くから気付かれたのか。
第二射は思いの外早く降り注ぎ、第三射は火矢では無く金属の煌めきだった。
重力も加わった千の鏃の前には、汚泥の壁が薄れたシクスフェイスでは無傷では済まされない。
流石に甲羅を貫く威力は無いが、痛みに怒りの咆哮を上げている。
因みに本当の兵数は五百程度だ。恐怖は実像をより巨大に見せる。
流石に夜闇で正確な数など分かりもしないが、それ以上に一同の動揺が大きい。
「で、ですが未だです。掠り傷など奴はものともしない。」
そこで物見台の異変に気付いた兵士達が、悲鳴の如き驚愕を叫ぶ。
「っ!?何あれ!何であんなモノがジェメシスに?!」
「っ?!こ、攻城兵器ですとォッ!?!」
壁の上に生える物見櫓を挟んで並ぶ、土で出来た左右の高台の数々。
何故中央の櫓だけが木製だったのかという疑問の答えが此処にある。
城壁の並びには十の弩、槍より太い矢を番えたバリスタが狙いを定める。
一段高い四角い高台には、下から石を釣り上げる滑車と、シクスフェイスへ向きを傾けた投石機カタパルトが引き絞られている。
「ちょっとぉォ?!金も兵士も全力出し過ぎじゃ無いですかぁ?!」
第一射こそ半数、しかし第二射は着実に。
バリスタの矢は螺旋を描いて加速する様に一直線に。
飛来する中で最も大きな大石は巨大な鋲の様な三角錐で、不規則な放物線を描くと鋭角的な角を獲物に傾けて。
それらはまるで獲物を見つけた様にシクスフェイスの巨体へ次々突き刺さる。
今度こそ掠り傷ではない激痛に、魔獣は身を捩らせて血反吐を吐いた。
「は、ははは……。コレ、もう無理でしょ?
ガンドールに勝機とか全く無いじゃ無いですか。」
「ちょ、商人殿?!商人殿ォ!!そんな簡単に諦めないで下さいよ!」
膝を折ったモブリアンに、護衛である兵士達が必死で縋り付く。
彼らは今回の計画が、ガンドールにとって乾坤一擲の打開策だと知っていた。
そして薄々感じていた敗戦の気配を、今はよりはっきりと実感していた。
「あぁ!み、見て下さい商人殿!
奴が、怪物がバリスタの射出角度の内側に入りましたよ!」
「な、何ですと?そ、そうか。壁が高いという事はッ!」
「ええ!バリスタが下を狙うには限界がある!
それはカタパルトだって同じ筈です!」
尚、直線で狙うバリスタと違い、放物線によるカタパルトは若干射程が短い。
というより、若干懐を狙える様に設定し設計した。
「「「い、意外に当たる!」」」
バリスタもカタパルトも、角度ごとの狙い方を事前に測量してあった。
遠目には見えない地面の溝を狙えば、どの角度が最適化は事前に分かる仕組みである。砦からは、練習の成果が見事に発揮されて歓声が上がった。
「が、頑張れシクスフェイス!お前はもっと戦えるッ!!」
「そうだ負けるな、僕らの希望!!」
見ているしかないモブリアン達一同は、拳を突き上げて応援を始めた。
「っっっ?!?!?」
巨大な殺意と憤怒の塊が、火の玉の様に櫓から落ちていったと気付けたのは。
魔族モブリアンの本能であったのかも知れない。
◆◇私ってホラー生物なんですよ?◇◆
「……へぇ。そう言えば、魔族はそういうものだと聞かされていましたっけ。」
私の小声での呟きは誰の耳にも届かず、指揮に影響を与える事もありません。
弓兵を止めさせたランベルク卿は、攻城兵器隊に任せて一旦戻って来ました。
「しかし宜しかったのですか?もう暫く射撃の効果は期待出来たと思いますが。」
「ええ、ですが有効だというには弱いのも事実。矢は後方に控えているであろう、ガンドール軍に残しておかねば。」
「っ!で、ではやはりあの魔物は……。」
「間違いないでしょう。あちらに監視している方々もおられますし。」
私が指差した崖の辺りは、下から覗き見ると草に紛れてはっきり見えません。
ランベルク卿も中々見つけられない様ですが、私にははっきりと魔族の気配が。
第一射の号令をかけ、第二射には角度の修正をさせて。
方角さえあっていれば狙えるよう、簡単な練習はしてあります。全てが訓練通りと行かなくても、繰り返せば緊張にもなれるもの。訓練通りなら尚更です。
「よぉっし!命中したぞ!」
「バリスタ隊はここまでです!次はカタパルト隊だけで狙って下さい!」
「「「ははぁっ!」」」
恐らく次かその次が命中限界。それ以上は流石に狙えません。
多分重傷まではいっても、止めまでは刺せないんじゃないですかね?
「今まで出会った魔族達は、ちゃんと気配隠していたんですね。
それとも案外、あれくらい正気を失わないと剥き出しに出来ないんでしょうか。
なるほど確かに魔族はこちら側。生き物に見えるだけの化け物です。」
何せ彼らは、人の形に凝縮された死霊達の塊と断片で出来ているのですから。
「宛ら呻き声と助けを求めて朽ちた者達の亡骸でしょうか。
この魔族は、洪水と疫病の化身だったのですね。」
私の前に、疫病の塊を引き摺り出したな?
「お、お嬢様?まさか、行かれるのですか?」
「な、何!アザリア様?どういうお積もりです!」
私に殺気が宿ったのに気付いたのでしょう。
最終的には一つにまとまる指揮系統と言えど、今はジェメシスとグロリエルは連合軍の様な形で別々の指揮官を携えて運用しております。
今の時間、ジェメシス側はランベルク卿。グロリエル側は現家令カードック。
元タムリン子爵家に仕えていた金髪の壮年騎士は戦場経験がある方で、側近入りした際に私が桜花姫の記憶と力を持つ事も知っているのです。
故に事情を知らぬランベルク卿には無謀に見えても、カードックは彼の肩を掴んで首を横に振って制止。そのまま私の方へ向き直ります。
「自信はおありなのですね、お嬢様。」
「えぇ勿論。というより今回は、少し本気を出させて頂きましょう。」
アレは敵だ。アレは邪魔だ。只の死骸で、只の残骸。
なのに生けとし生けるものの前に立ち塞がり、惨めに縋り付いて諸共に引き摺り込もうと喚き散らしている害毒。
瞳が疼く。空洞の瞳が。
既に失われた空洞の中に眠る、飢餓の証が。
両腕から瘴気が漏れて、黒い煙の様に尾を引き始める。
「指揮権を一時カードックに委譲します。次の斉射後、皆を待機させなさい。」
「「は、ははぁ!!」」
零れ出ただけの魔力で物見台全体が軋みを上げる有り様に、櫓に居た一同は一分の例外も無く敬礼で応える。
カタパルトを引き絞る間に窓の外に座る己が主アザリア令嬢が、ランベルクには最早別人にしか思えない。
恐怖で強張る全身の緊張を、背中を叩く平手が打ち据える。
「驚いたか?お前さんは幸運だよ。
何せ我々グロリエルの誰もが知らない、お嬢様の本気を見られるのだからな。」
誇らし気な顔すら浮かべるカードック卿が号令を飛ばし、ランベルクは窓から飛び降りるアザレアを、唯々呆然と見送るしか無かった。
落下するアザリアが壁を蹴り、風に飛ばされる様に弧を描きながら。
巨大な星形蜥蜴の前へと落ちていく。
汚泥塗れの魔獣の頭部が幾つか振り向こうと暴れる中、アザリアは増える後ろ手に幾つもの〔鬼火〕を握り、殴りつける様に何十と叩き込む。
シクスフェイスに炎は届かない。魔法の火だろうとガスの厚みに阻まれて、爆風抜きには火傷一つ付けられない。しかし〔鬼火〕の炎はガスの厚さに阻まれて尚も溶け込む様に広がり、弾ける頃には深く深くガスを削り打ち砕く。
シクスフェイスに明確な自我は無い。五感はある。知覚は出来る。
己が何者かも分からないが、それでも同胞とそれ以外の区別は付いた。正しくは自分に近しい何か、という程度だが。
そして同胞以外の全てが妬ましく、食らいたいと思い続けて彷徨い続け、どれ程食べても満たされる事は無かった。
だからそれ以外を感じた事は、今が産まれて初めてだ。
『怖い』。
恐ろしい。アレは敵だ。砕けねば、潰せねば負ける。死ぬ。消えてしまう。
水泡に帰す。何もかも御終い。全て無駄。
これが、『恐怖』。
咆哮を上げる。
少し前に上げた咆哮は、『食わせろ』だった。
今上げた咆哮は、『死にたくない』だ。
けれどシクスフェイスは、牙を剥く。襲い掛かる以外は。
何も出来ない魔族だった。
自ら生み出した爆風に煽られる形で後ろに下がり、足元に渦巻く〔黒雲〕が足場となって。私アザリアは街道の上に降り立ちました。
熱風が地面を熱し、吹き上がる上昇風がまるで怒髪の様に私の長い白髪を空へ舞わせています。
「〔凍結霜〕。」
熱くなり過ぎた己の頭を冷やす意味も兼ねて、凍える雹の礫を短杖の限界を超えない範囲で、丁寧に丁寧に。
怪物の様な魔族の足を縫い付ける様に、礫と冷気で縛り上げ。
再び咆哮を上げて突進してくる蜥蜴頭に、いっそ〔鬼火〕の火力だけで圧し返してやろうかという思いを流石に短絡的だと自制して。
「打ち据えよ。」
〔落雷〕が落ちる。
「落ちよ。落ちよ。叩き壊せ。」
〔落雷〕が。〔落雷〕が。〔落雷〕が。〔落雷〕〔落雷〕〔落雷〕と。
全身が煙を吐いて燻ぶり、蜥蜴が傅く様に床に倒れ。
怒りに震える体が半ば砕けた雹を踏み潰し。
脇を滑る様に飛び去り、擦れ違い様に剣で鰭脚を引き裂く。
(多少筋力を高めた程度では、断ち切る程には断てませんか。)
氷で硬くしても思ったよりは通じない。威力以上に酸の性質を帯びた血が切れ味を損ねるご様子。上等な剣を使わなくて良かったというべきでしょうか。
それとも巨体に似合わぬ俊敏さで、剥がれた鰭脚を振り回す姿を褒めるべきか。
「当たらなければ何の意味も無いんですよ?」
〔振動〕。
音の塊が炸裂し、爆発が染み渡る様に衝撃が魔物の全身を打つ。
首が折れる程に曲がった巨体が宙に浮き、しかし突如その身は跳ね上がって、下から掬い上げる様に逆さ首が腹を見せながら迫って来ます。
「っと。」
壁の様にそそり立った腹に飛び乗って躱すと、今度は独楽の様に横殴りに斜め上からの首が翻ります。
姿勢と重心を自在に変える様は、それだけであればダンスを踊る様に避け切って見せたでしょうが。〔爆風〕っと。
不可視の〔無手〕を添えて、飛び散る毒の飛沫から距離を取って。
「甘い。」
〔無手〕に限らず私の腕は、その気になれば百人力なんですよ?
頭を振り回すために半ば体が浮いてしまった星形蜥蜴くらい、容易く後ろに付き飛ばせます。ええ、それが下手な鯨並の巨体であってもね?
「〔鬼火改・火達磨〕。」
今度は怨念を溜めて一息に。幾つもの怨念を集めて纏め上げ。
全身を包み込む程の火力まで高め上げて、投げる様に叩き付けます。
それは火柱の様で火達磨の様で。包み込む黒煙が髭の様に渦巻き檻と化し。
〔鬼火〕は言わば一つ一つが別個の魂。どれだけ怨念を注ごうとも個人の枠を出る事はありません。
であれば先ず射程は諦める。私の手は自在に伸びるのですから固執は不要。
残るは火力。個々が負荷に耐えられないのなら、集団は火勢を用意するに任せて私が〔黒雲〕で圧縮を肩代わりすれば良い。
一応の成功は見たでしょう。後はと残滓が飛散した熱風を弾きながら、どれだけ汚泥が消し飛び本体に影響を与えたかを様子見しますが。
どくり。
きしゃぁぁぁぁああああああ!!!!!!!!!
咆哮を上げて汚泥が溢れ出す星形蜥蜴を見るに、アレは瘴気の鎧の様な代物。
いえ、身に纏う気配の一種なのでしょうか。それとも存在感でしょうか。
アレは形を得た洪水と疫病であり、土砂崩れであり、汚泥の沼であり。
どくり。 どくり。 どくり。どくり。どくりどくりどくり……。
瞳が疼く。枯れた恨みが水への嫉妬が。積み重なる月日が腐蝕を呪う。
枯れた筈の瞳の洞から、瞼を強引に圧し上げようと蠢いている。
「…………あぁもぅ。
苛立ちは同じなのだから、もう少し大人しく出来ないかしら?」
もう少し堪え性のある狐なら、もっと気軽に表に出してやるのに。
束ねられた白髪が解け、絡まる様に伸びた黒い瘴気が山火事の様にたなびく。
伸びて解けた白い髪から靡いた渦巻く闇が、数多の帯や尾の様に岩山に流れる。
煌々と輝く一つ目のままに、その身を包む様に黒雲の憤怒が溢れて包む。
全身が膨らむ様に、全身が一つ目の獣となる様に。
谷間に立ち塞がる様な巨大な黒狐が、地を這う様に睨んだままに巨躯を擡げる。
奈落の様な一つ目。人を丸々呑み込む様に膨らみ、狐の頭を割る様な。
顔の全てが縦割りの瞳の様な、異形の化け狐が谷間に四肢を踏み締める。
触れるものを全て涸らし、乾かし、枯らし尽くして砂礫に砕く。
【一つ目奈落】と呼ばれた飢饉が獣に堕ちた、国崩しの荒神がそこに居た。
「「「「「「「「「?!?!?ッッッ?!?!?」」」」」」」」」
『ッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!』
『 。』何故。
それは声ならぬ声。
『 。』どうして。
届かなかった嘆き。
報われなかった祈り。
空気が震える度に、六頭蜥蜴が軋んで枯れる。
吹き飛んで萎れる。圧し潰されて嗄れる。
弾けて砕けて、塵の様に割れて裂けて。
荒れ果てて拉げる。
怯えて嘆く。恐ろしくて暴れる。
けれども所詮は小さな沢の濁流の、小さな山間の土砂崩れ。
空に届かず。平原を呑み込まず。年を跨いで枯らし続ける事も無く。
『 。』助けて。
戻らない。
何も。間に合わない。出来ない。やり直せない。
全てが苛み、手を伸ばす。
蜥蜴の悲鳴は、余りにか細い。
◆◇ホラーここまで◇◆
谷間を埋め尽くした黒煙の様な化け狐に、誰もが絶句して渇きを覚えた。
と同時に、皆が口を塞いで沈黙を選んだ。
吸い込んだら死ぬ。乾いたら死ぬと。
「「「「「「「「「…………ッ!!!!」」」」」」」」」
もう本能が全力で警鐘を鳴らした。今はヤバいと。
「ちょっとぉォッッッ!?アレすっごいこっち見てるんだけどォっ?!」
それどころではない集団もいた。
血走った白目ならぬ赤目に紅い瞳孔。自分達より大きな一つ目に見つめられただけで、普通の生き物なら恐怖を覚える筈だ。
魔族モブリアンは間違いなく敵に睨まれていると確信した。
「舐めるなよ小娘ぇッ!これでもワタシクシは魔族の端くれ!
魔王軍四天王、直属の配下!紅蓮の怪鳥モブリアン様とは、俺の事よォ!!」
「うぇぇえ?!アンタ魔族だったのかよッ!」
高台の上で全身が炎に包まれ、四肢が鉤爪の脚に代わると同時に全身が炎の様に赤い羽毛で覆われる。背中には長く伸びた高速飛行を叶える翼が開く。
正体をバラシて良かったのかという突っ込みは野暮だ。
所詮パニックに陥って咄嗟に構えただけの人型怪鳥なのだから。
何よりモブリアンは、格好を付けている間に踏み潰された。
「「「あ。」」」
念入りにぐりぐりと地面を擦る。
それだけで赤い顔料の様な岩肌しか残らない。
あと飛び散った羽毛が少し。
「「「…………。」」」
両脇で風が吹く度渇く一行は、身動き一つ出来ずに沈黙を貫く。
じろり、と斜めに傾いた一つ目が睨み。
(((あ。死んだわ。)))
『降伏し、頭を垂れよ。』
(((あ。喋れるんだ。)))
地響きの様な声を前に、呆然とした兵士達にも同じ疑問が過り。
「「「い、いやぁったぁぁぁああああ~~~!降伏出来る~~~~っ!!」」」
拳を突き上げた兵士達は、超巨大化け狐の気が変わらぬ内にと全力で砦の方へと駆け出した。
『いや。頭……。…………せめて、垂れてから、行って下さいね?』
深々と溜め息を吐き、我が身に纏った黒雲を全て総身に染み込ませる。
程無く全ての闇が左目の眼窩に収まり、見開いた瞼が静かに閉じる。
さてと。大物は倒したので、髪を束ね直したら一旦戻りましょうか。
勝って兜の緒を締めよ。恐らくあの魔族が襲撃して混乱したところをガンドールの本隊が叩く。そんな作戦だったのでしょう。
今警戒を解けば、これから攻めて来る本隊に無防備となってしまいます。
〔黒雲〕に乗って降伏に向かって来る崖際の兵士達を追い越し、砦の城壁の上にと戻って参りました。
即座に物見櫓で指揮を執っていた家令カードックが、私に向かって敬礼します。
……あれ?何か皆私に向かって拝んでません?
「現状は?別動隊の奇襲はありませんでしたか?」
「はは!念の為後方にも確認に行かせましたが異変はありません。
一応城門下には即座に出陣出来るよう、ランベルク卿に待機して頂いてます。」
「済まないが一旦戻って来ているぞ。
さっき伝令を走らせたが戻って来なかったのでな。」
櫓に入って来たのは当の本人、ジェメシスの長子ランベルク卿です。
伝令は城壁の上で呆然としていたらしく、今下に私の無事を伝えさせたそうで。
「あ~。凄かったですぞ?何というか、ここまで凄まじいとは思いませなんだ。
……ていうか、アレ一体何だ?さっき魔族っぽいの踏み潰してたが。」
「ああ。あれは私の左目に封じられた【一つ目奈落】という飢饉の荒神です。」
「あ、荒神?荒神とは何だ?」
おやそこから。
「えぇと。荒神というのは、様々な危険な存在を封印したり災いを浄化するために神として祀られた存在です。化け物であったり災害であったりと様々ですね。
単純に土地神などの、怒りで荒ぶる神を指す場合もありますね。」
「そもそも飢饉って、封じられる代物じゃないのでは?」
「正当法では確かに。しかし昔はそれを無理矢理封じ込める手段が実在しました。
それが〔獣墜としの呪法〕。私の左目は、獣墜としで荒神化させた飢饉を封じている訳ですね。」
獣墜としの呪法とは、今は失われた陰陽術の一つだ。
飢饉や病魔などの災害に獣の死骸を与えて式神の型を与える事で、形無き厄災を祟り神として顕現させる秘術。それが〔獣墜としの呪法〕。
「いやいや!そんな危険な邪法、何で禁止されないんだ!
幾らなんでも危な過ぎるだろう!」
「〔獣墜としの呪法〕を使えば本来手の打ち様の無い熱波や旱魃、水害や治療法の不明な疫病すら荒神にして封じる事が出来るからです。
例え一時荒神が暴れ回るとしても、対策が存在しない筈の天災が対処可能になるとしたら、為政者としては無視出来ないと思いませんか?」
うぐ、と揃って口籠る一同。当然ながら、この物見櫓に集まっているのは多かれ少なかれ治世に対する知識が備わっている。
対処療法でしか打つ手の無い災害など、幾らでも知っている筈だ。
「勿論頻繁に行う呪法でも、闇雲に被害の大きな天変地異を封じれば良いというものでもありません。封じられない荒神など、知性を発揮する分余計に危険度が増すだけで、時間経過で消滅しなくなる恐れもあります。
まあそれらは全てさて置いて。
かつてそう言った呪法があり、それを左目で封じたのが【一つ目奈落】です。」
まあ油断すると外に出たがりますが、少なくとも〔国崩し〕の桜花姫よりは弱い荒神に過ぎません。封印にはきちんと成功してますので。
「さて。長くなりましたがお話は終わりです。
先程の魔族を尖兵にガンドール軍が進軍して来る可能性がある以上、私達は未だ警戒を解く訳には行きませ……ん……。」
私達三人は、話の途中で吹き抜けて来た突風による、焦げた臭いに揃って視線を向けて思わず絶句しました。
大街道の先、ここからは直視出来ない辺りから。
まるで山火事の様に赤く根元が照らされながら、黒い煙が上がっていました。
何と無しに風の向こうから、悲鳴や怒号の様なものが聞こえる気がします。
「〔遠目〕。」
街道の先を透かし見ると。
恐慌状態に陥り必死で逃げ出そうとするガンドール軍が、後退する味方に襲われて大混乱を起こしておりました。
前も味方、後ろも味方。邪魔な相手は全部味方。
なのに我を争って蹴散らしながら全員で必死に敗走しております。
一言で言うと。みんな心が折れてる。
「……待機部隊に号令。敗軍を掃討します。」
「「は。お任せを。」」
いや。見逃す理由、無いですよね?
※三日連続投稿。続きは明日、12/16日投稿です。
ルビで文字幅が一致しないと気付いてから、絶対やろうと思ってた演出w第一部の山場だからこそなので、二部以降は多分やりません。
ガラクタの方では正直不完全燃焼だったんですよねこの演出。
一部ルビは誤字に非ずが紛れておりますのでご了承をば。




