16.父よお前もか。我が家の癒しはお兄様だけですね。
※前日11/24日も投稿しておりますので、見落とし無きようご注意を。
司祭様と入れ替わる様に、我が父グロリエル辺境伯がエルドラ兄様共々御到着と相成りました。勿論護衛というか、盗賊退治用の兵も引き連れてのご来訪。
村では安堵の空気と歓迎の声が上がっております。
私はと言えば、直接館で話すので出迎え不要との先触れが届いたので、先に報告用の資料を準備しつつ軽食の準備をして待機中。
まあ兵達を全て収容する施設は無いのでこちらが用意出来るのは兵糧のみ。物資に関しては商人待ちですからね。紅茶を飲みながら優雅に待ちますとも。
「聞いたぞ我が娘よ!何でも千を越す闇色の魔手が村ごと賊徒の首を括り尽くし、村中を地獄の如き業火で焼き払ったそうではないか!」
ぷげら?!
スパァン!と激しく扉を開け放つと同時な父の第一声に、思わず紅茶を吹き出し咽返る羽目になりました。
即座に紅茶の後始末をするマルガリータを脇に、カラカラと笑うグロリエル辺境伯の顔を恨めしさを視線に込めて睨みます。
父は平然と受け流しましたが後ろで溜息を吐いていたお兄様も顔を真っ赤にして慌て出します。ん?モーガン今何て?
「ふはははは!まあ村を見れば実際のところが分かろうというものだが。
また随分と判り易く悪意ある噂を広められたものだな。」
全く。本当ですね、噂が広まったタイミングが早過ぎます。
しかも闇色の魔手と来た日には、私の事を知らない者では有り得ません。
最低でも開拓事業の折りには目撃しており、私が盗賊の襲来時に間に合った事を把握出来ている者。
さてその者は、私が神聖魔法を使えると知っているんでしょうかねぇ?
「笑い事ではありませんよ父上、大事になる前に早急に対処しなければ。」
笑いながらソファーに座る辺境伯の横で、憤慨するお兄様。
まぁ落ち着いて下さいと宥めながらお兄様に着席を促し。
「何を言っている、余計な事をしてはやましい事があると勘繰られるだろうが。」
「し、しかし!」
「貴様も聞いただろうが、聖女様だぞ?村を救った女神の化身だそうだ。」
ごふ。
「折角全く異なる二つの噂が広まっているのだぞ。むしろ素知らぬ振りで初耳だと惚けた方が、第三者が勝手に真相を確かめに来るというものだ。
それに、犯人か。まぁ、二択か?」
「いえ一択です。
幸いというべきか、お父様の判断を仰ぐべき報告がありまして。」
何せ知りませんでしたからね、ジェメシスの若様が私の事を。
つまりガンドールは未だ私を調査中、場合によっては娘の存在すら把握しているか怪しい状況。嘘を混ぜる前に、正確な情報が知りたいですよね?
噂は村での襲撃からの第一報で、父が遠征中だった辺りから近い位置で連絡を受けた者が広めた筈。
ダリエル司祭は恐らく村に来る途中で聞いたのでしょうね。ですから悪意のある噂は未だ耳に届いていなかった。
ええ、私を狙い撃ちにした方々は、今頃報告に戻った司祭様に怒鳴られている頃かも知れませんね?
「ほう。一択で、報告か。」
「ええ。独断では何とも。」
手紙では急ぎの来訪を頼み、その上で一択。父も話の流れで報告の内容を察した御様子ですね。薄ら笑いが止まりません。
ですが、陰謀慣れしていないお兄様には難しかった様で。
「あ、あの。それはどういう……?」
さて。迷いますね、お兄様にはどの程度お伝えすべきか。
「ふむ。必要な情報はお前が知ってる分で出揃っているのだがな。
では貴様は、今回の噂を広めて誰が得をすると思う?」
おやこれは有難いですね。どうやら領主教育を始めるご様子。
「そ、それは……。先ず直接の隣接国であるガンドール王国。
国内で我々と対立している宮廷派、若しくは軍拡派と対立する軍縮派。
後は……教会勢力、でしょうか?」
思い付く限りを全て上げるお兄様の顔には、候補が多過ぎると書いてあります。
ですがガンドールが介入しているなら、盗賊の敗北は噂から伏せるべきです。
我が領の治安は乱れていた方が都合が良い。例えば「盗賊が跋扈し、業を煮やした領主の娘が村ごと賊を焼き払っても尚収まらず」でしょうか?
「軍縮派が盗賊の跋扈を喜ぶのか?論外だ。
宮廷派の利益は何だ。娘の存在を公表する事か?娘の配下に盗賊を鎮圧出来る手勢がいると広める事か?それは社交場に出る前の娘を傷物に出来る噂か?
ガンドールが介入しているなら賊の数が不明な方が良いな。どうせ正確な数など実際に手勢を用意したものにしか分からん。治安の悪化を強調した方が良い。」
「そ、それは……。」
我が家は領主派の中立寄り軍拡派になります。まぁ不穏分子。
あっさりと一蹴され、お兄様の顔色がドンドン悪く。
けどまあ、少しは補足を。
「つまり可能性を否定出来ないのは一に教会、次点が他国です。
一応他国視点では、私達の反応を確かめるという動機は成り立ちますから灰色。
ですので、二択。さて、マルガリータ?」
「承知しました。」
一礼をして窓の外を確認してから、マルガリータが侍女達を連れて部屋の外へ。
俗に云う人払いですね。扉の前の見張りは彼女が担当します。
実はこの部屋、壁が分厚い密談用の一室も兼ねてまして。
さてはて。先ずは方針のすり合わせからですね。
「であれば俺は要らんな、この件に対する全権をお前に任せる。」
自由にやれ。それは言い換えれば、長年の仇敵相手に否を突き付ける必要が無いという事。断ったところで元々仇敵、余程下手を打たない限り損は出ません。
加えて全権。つまり指示を仰ぐくらいなら即決しろと言う意味で。
「あら、そこまで本気で。
ですが問題が一つありまして。率直に言って魔鋼の価値が私には少々。」
前世の価値基準で言えば、何が何でもと言ったところですが。この時代の価値は果たしてそこまで高いのかどうか。
「ふむ?まあ武器なら上等止まりだが、鎧としては極上の素材だな。
だがガンドール以外で産出しない訳でもない。実際儂も戦場用に持っているし、近々エルドラの分も用意するだろう。
兵卒に回す様な武器でも無いから別に不足は無いな。」
ふむ。所詮金属は金属で在り、数を揃えないならそこまで必須ではない、と。
「だが注意点が二つ。一つは価格だ。鉱石で買えるならお抱えに造らせれば桁一つくらいは出費が下がるし、何より天然は質が違う。」
私と兄は紅茶が好みですが、父は珈琲がお好きです。
序でに言うと、他家の目が無ければ自分で気侭に飲む方がお好みという、典型的な武人好みのガバ呑みタイプ。
背もたれに片腕を載せて行儀悪くグイ飲みしております。
「そしてもう一つ。向こうが持ち出した理由はこちらが一番大きいな。
魔導具素材としては、天然と人工物で雲泥の差が出る。武防具としての取引よりこちらの方が本命だろう。少量でも高いからな。
だが注意点として、他領に売り出すのは無しだ。そもそも無理だろう。」
「成る程。どうあっても少量の取引なのは確実、と。
では我々にとっては鉄の方が?」
「いや、ジェメシスだ。ジェメシスと八百長出来るなら交渉の価値はある。
流石に完全な中立は無理でも魔鋼如きの価値とは比べ物にならん。彼の辺境子爵領は、ガンドールの中で最も実戦経験豊富な連中が揃っているからな。」
まあ向こうの希望は金より食糧だろうなと、密貿易最大の利点を指摘。
どうやらガンドールの目を如何に掻い潜るかは、予想以上に大事な御様子。
成程、お金を使う場所がガンドールしか無いと色々把握されてしまいますね。
「取引金額は如何ほど迄で?」
「何、丁度お前が新しく収益を増やすだろう?
予定はそっちで決めて構わんとも。」
成程。そちらから融通するなら損は無い、と。
私の予定が遅れるだけですから、領内に損を出さなければ良いのですね。
「因みに捕虜で重要なのはその一人だけなのだな?」
「はい。船の方は今の所監視下にありますが、未だ様子見中の様です。
交渉するならそちらの討伐は無しですね。」
「舐められるのも無しだ。持ち出しを見逃してやる代わりにそいつらに三男の身代金を物納で持って来させろ。
はした金なら大々的に処刑すると伝えてやれ。」
それで本気度を測るのですね。成る程。
「であれば急ぎませんとね。恐らくガンドールは近々仕掛けて来ます。」
「だろうな。略奪はその為の兵糧集めと言ったところか。
船を用意したのはガンドール本国やも知れん。」
「ああ、クロワッサン男爵領ですか?因みに海から攻めて来る可能性は?」
「無い。というより船は男爵領の虎の子だ、連中には木材が用意出来ん。」
うわぁ。本当に資源不足なんですね、あの国。
話しながら父は地図を取り出し、テーブルに置いて短剣で一点を叩きます。
「序でだ。国境近く、この辺りの木々を伐採しておけ。交渉用に三十人ほど護衛を追加してやろう。うまく使う事だ。
此処に砦があれば、敵に気付かれず騎士団が駐屯出来る。」
「取引の待ち時間に出来るかは微妙ですね。ですが、賜りました。
最善を尽くしましょう。」
話は以上ですかね?結局エルドラお兄様は方針を聞くだけになってしまいましたけど、次期当主が話を把握しているだけでも意味があります。
「あ、あの!私は何をすれば!」
ですが、お兄様はそうは思わなかったご様子。
「何を言っている。お前はそろそろ学園に戻らねばならんだろう。
開戦の気配を他所に漏らさなければそれで良い。」
そうなんですよね。初陣なら盗賊退治だけで充分ですし、学園でのコネも大事。
嫡男であるお兄様が安全な学園に居るというのは、結構大事です。
何よりこの場合、リカルド王国に仲裁や独走扱いによる横槍の方が危険な状況。
お兄様には是非とも今のお話を素知らぬ振りですっ呆けて、寝耳に水という態度でガンドールの非道を訴えて欲しいものです。
「し、しかし私は嫡男です!
戦が迫っているというのに何もしないというのは!」
え。アレこれは暴走しそうな感じ?ちょ、ちょっと待ってお兄様。
「お兄様お待ち下さい。ガンドールの侵略は確定事項ではありません。
それに王宮が我々の味方という訳でも無いのは御存じの筈。」
「え?それは、どういう……。」
「私の噂はお兄様も聞きましたよね?
例えば軍縮派は、軍拡派寄りの我が家が敗北して勢いを失えば利益になります。
宮廷派や教会も我々の敗北を望んでもおかしくない。グロリエルが準備万端では都合が悪いのです。」
「ば、馬鹿な!他国の侵略だぞ!」
「宮廷にとってはどっちも同じ脅威という事です。
我々とて無傷では負けません。であれば我々が手傷を負わせたガンドールが相手なら楽に勝てると思ってもおかしくは無い。
逆に恩を売り弱みを握るチャンスと考える輩が居ても不思議ではないのです。」
「だ、だが。しかし……。」
「逆にもし学園でガンドールの侵略を声高に語る者が現れたら、お兄様が我がグロリエルは揺るがないと、論破する勢いで堂々と振る舞って欲しいのです。
味方の振りをした介入は絶対認めないで下さい。
それはガンドールの侵略が始まった時に、父上が交渉する話です。父を通さずに介入しようとする輩は一切信用なりません。
剣を握るだけが領主、ひいては嫡男のお役目では無い筈です。」
「そ、そうか。そうだな。
……済まないねアザリア。どうやら気持ちが逸った様だ。」
「いえ。お家の為に役に立ちたいと思うのは当然ですから。」
(ふむ、甘いものだ。家の乗っ取り宣言をした癖に随分とまあ。)
グロリエル辺境伯は、アザリアの過保護振りに内心呆れ気味だった。
辺境伯視点で見ても、アザリアに兄を廃嫡する気はまるで無い。むしろ兄として信頼している素振りがあるのは余りに怨霊らしくないとすら言えた。
むしろ領の役に立つならと自分を積極的に活用する様は、復讐などまるで眼中にあるとは思えない。桜花姫とやらの性根も領主としては酷く真っ当だ。
名前が残らぬ程の昔から怨霊を続けた者としては、有り得ない程に善良過ぎる。
(いや、もしや使命感なのか?
しかしそもそも昔の領民と今の領民は縁も所縁も無い相手だと、こ奴自身が断言していた筈だ。であればこ奴の領民はその身に宿った分だけの筈。
どう見ても、今の領民より己の同胞を優先している様には見えん。)
まさか領主としての生き方そのものが、桜花姫にとっては重要なのか。
故郷を守り、領民を守る事そのものが未練なのか。だとすれば。
(役に立つ限りは安穏と死ねそうだが、さてどうなる事やら。)
辺境伯にとって、現状は何も不都合は無い。桜花姫が持つ知識や考え方は、自分に役に立つものばかりだ。
正直これだけ利益をもたらした時点で、感情で排斥するなど馬鹿のする事だ。
(だがまあ。油断だけはするまいよ、どっちの意味でもな。)
※前日11/24日も投稿しておりますので、見落とし無きようご注意を。
※次回、展開上の都合により12/01日の金曜投稿をします。
ちょっとこのペースだと今年中に終わるか怪しいので、投稿をペースアップするかも……。




