15.困りました。流石に息女の裁量を超えています。
※続きは明日、11/25日投稿です。
「……まさかこの状況で名乗るとは思いませんでしたよ。」
ジェメシス辺境子爵三男ことクロバード卿は、盗賊達の遺体を丁重に押し退けて身体を起こすと、一同の開いた目を閉じながらこちらを注視します。
最早部下達との関係を隠す気は無いのでしょう。私を睨み返すその瞳には、確かに自制した無念と怒りが宿っておりました。
「ここまでされて血気に逸るなど皆に申し訳が立たん。
それにこの申し出は私の独断では無い。状況が許さぬと結論付けて見送っただけに過ぎん。」
成程。この場での生存者は彼一人、この交渉を受けるなら彼を交渉の場に連れ出さねば話になりません。交渉が破綻するならどの道同じ運命です。
けれど一定の成功を収めたなら、彼の生還は確実となるでしょう。
勿論、この場凌ぎの口から出任せという可能性は有り得ますので、見極めと取引内容の確認は必要です。
「ですが密貿易ですか?ある意味賊らしいとは言えますが、一体何を。
まさか領主一族が手を汚す意味があるとでも?」
「鉄だ。ガンドールが輸出を禁じている鉱石、若しくは加工品。
我々はそれらを目撃者無く交易出来る入国経路を得た。だが同時にジェメシスはガンドールの圧力に対抗する術がない。
故にこの話は、そちらの領主一族と直接交渉するしか無かった。
それこそ、余人に不信を抱かれる事無く接触して、な。」
「……それが、本件を保留した理由である、と?」
頷くクロバード卿の振る舞いを見るに、どうも本気で復讐は考えてないご様子。
その割り切りは見事と言えましょうが、全てを明かしている訳ではないとも確信が持てました。それは父と対面した時に明かすのでしょう。
(何よりこの提案には、秘密裏の同盟協定を含んでいます。
確かに領主の意思無しに、独断で結べる取引では無いですね。)
「因みに父は、条件次第で魔鋼を取引しても良いと言っていた。」
「っ?!」
魔鋼。魔鋼ですか。前世では無かった、現代ならではの合金ですね。
実のところこの時代、鋼の鍛造技術は私の祖国と比べて明確に劣っています。
原因は炉の品質不足。鋼の鍛造には一定以上の高温が必要ですが、今の溶鉱炉は火力が安定してません。
ですが、この技術的問題は魔法によって解決出来ているのです。
それは付与魔術を施した溶鉱炉の魔導具。魔力が続く限りの安定した高温。近代の金属加工技術は、いまや魔法と共にあるのです。
そしてそれ故に今の鍛冶職人達は、道具の改良に試行錯誤しなくなりました。
道具の改良は錬金術師の役目。職人達は、今ある道具でしか知恵を絞ろうとはしなくなっているのです。
更に言えば、魔力による金属加工は克て存在しなかった金属を形成します。
その代表的なものこそ、魔鋼。我々の時代で言えば、月の光を浴び続けた妖刀、神霊の力が宿った魔剣。
あれらを安定して生産出来る技術と言えば、その恩恵は察せられるのでは無いでしょうか。職人が作った名剣よりも、錬金術師が作った魔剣。
それが現在の鍛冶技術の限界であり、実情です。
私としては出来れば、両方を目指したいのですけどね?
「……その意味、本当にお判りですか?
山岳の辺境国であるガンドールが、今だリカルド王国相手に持ち堪えていられる理由。当事者であるあなた達が知らないとは言わせませんよ?」
「所詮私は三男、勿論魔鋼については確約出来ん。
そもそも商談自体、父と直接会って密約を結んで貰う必要がある。我々自身が既に一度却下した案件だからな。
だが貴殿が領主の直系一族であれば、私の素性を隠す事も可能だ。」
(領主の三男の身代金とあればどんな条件が対価であってもおかしくない。
公表された上で返還されれば当然ガンドールは疑いますね。)
勿論人質として留め置く選択肢もあるでしょう。ですが盗賊達を殲滅した今、彼一人にそこまでの価値が無い事も事実。
駄目ですね、コレ。信用しないのは簡単ですが、本気だったら相当な好機です。
この場で結論を出さず、先ずは彼が本物の辺境子爵三男かを確認して貰うべきでしょうね。というか、絶対今結論を出すべきじゃない。
この件が本当ならジェメシス辺境子爵、寝返りを考えてます。
彼は少なくともこの場に於いて、賭けに勝ったのです。
「……良いでしょう。あなたを領都まで連行します。
勿論あなたの身分を隠した上で、ね。」
「感謝する。決して後悔はさせないと約束しよう。」
溜息を吐きながら彼を捕縛し、納刀します。
流石に彼の部下達は墓に葬れないので、〔火球〕で火葬に致しましたが彼は無言で受け入れておりました。
◆◇◆◇◆◇◆
そこからは慌しい日々となりました。
クロバード卿が子爵家嫡子なのは間違いないらしく、父に盗賊団の制圧と早急な合流を願う早馬を走らせて開拓は一時中断。
捕虜達は卿以外を一まとめにして地下牢に閉じ込め、卿も素性を隠したまま牢に入って貰っています。まあ現状牢の中の方が安全ですからね。
粗雑に扱えない以上、薄々は察している者達もいるでしょう。
私自身は現地に留まり復興の指揮を執っております。
村長宅を臨時の診療所にして治療を任せ、一部開拓資材を復興用に回しました。冒険者達も協力的であり、依頼内容の変更も特に問題なく完了。
規模が小さかった事もあって、救助作業は到着翌日には概ね終わりましたね。
ですが少々困った事が一つ。
「アザリア様!千を超す村の怪我人全てを一度の癒しの奇跡で治療し終えたというお話は本当ですか!?」
スパァン!と激しく扉を開け放って現れたのは、ダリエル司祭です。
「いえ村人が千人いないですからね?私達領軍を含めてもギリです。
そもそも司祭様は私が集団を癒せる奇跡を扱えない事を御存じですよね?」
そうなんです。実は今回の件が噂になると、やたら尾鰭が付いて広まって仕舞いまして、復興作業の指揮を執っている間、誰か彼かに拝まれる様になりました。
まるで神の申し子の様に扱われると、流石に居心地が悪いです。
「はっはっは、ですが移動中聖句の暗唱を怠る貴女では無いでしょう?
新しい奇跡を授かったとしても不思議は無いというもの。それで、実際のところはどの様に?」
「実際も何も、私が治療を行ったのは二百人といませんよ。
極々普通の〔治癒魔法〕で事足ります。流石に戦いの最中に掠り傷まで癒す程の余裕など有りませんし、癒してもいません。」
ダニエル司祭ともあろう方が、村を出た旅人に聞いたくらいで全部信じた筈もありません。最初に村の施療院を訪れて話を聞いてから来た筈ですとも。
司祭様はワクワクした顔で当時の流れを聞いておられました。
「それはそれは素晴らしい。ですが私も俗世の者、幾つか確認せねばならない事があります。その辺は宜しいか?」
「答えられる限りは何なりと。」
姿勢と表情を正したダニエル司祭の振る舞いは、教会の者として辺境伯令嬢への問いかけであるという意図なのでしょう。私も取り繕った笑顔で応じます。
「ではまず教会が無差別な奇跡の乱発を禁じ、対価の寄付を定めています。
これは無償で行う事で皆が労と認識せず、その程度の行いと断じて神への感謝を忘れない為の措置であると同時に、信者達を守る行いでもあります。
その意味は、理解しておりますね?」
問1。治療費を受け取ってないよね?
「ええ勿論。全ての奇跡は魔力を対価に捧げております。
対価を明確にする事で救ったのは人ではなく神であるという暴論を封じ、無償の強要を罰則によって封じるためです。」
答1。明言されない質問には答えませんよ?
「ふむ。では此度の治療行為に寄付金が必要だという事は理解してますね?」
問2。民衆から金取る予定あるの?教会への支払いは?
「あら戦場での治療行為に対価は求められない筈ですよ?
護衛を見殺しにして困るのは護衛される主自身。護身のための奇跡の行使は神の教えに適っておりますもの。」
答2。戦場は例外って教会も言ってた!
※じつは冒険者となった神官が依頼中に奇跡を自由に使って良いのも、半分は修行中という建前もありますが、同じ理由なんですよねぇ……。
「ほう。ですが従軍司祭には日報が支払われますよ?」
問3。主君は支払い義務ありますよね?
「自分の身を守るのに対価も何も無いでしょう?
加えて言うなら身内も対象に含まれません。家族や友人達を見捨てて慈悲も何もないと、神は慈愛を尊んでおられますもの。」
答3。支払先も受け取り先も私!財産共有権は教会も認めてるよ?
というか自分の怪我治すのに教会に金払えとか、反発待った無しです。
もしここで違反扱いしても、奇跡授かってる時点で教会より神の方が正しいって返されたら反論出来ませんので。ここは例外事項として記載されております。
「ほほう?では貴族であるあなたが、民衆も身内に含められると?」
問4。身内の適用範囲が暴論じゃね?
「戦場ですもの。兵の数は戦力そして防衛力に直結します。
私が実際に奇跡を行ったのは当日だけ。主を庇った者を金銭や人数を理由に見殺しにしては、忠誠心が保てませんわ。」
問4。数じゃなくて要不要でしょ?従軍司祭が日割りなのそこでしょ?
「ふむ。ではあなたにとって民は全て身内であると?」
ん?問5、身分についてどう考えてるの?かなぁ?
「領民は全て臣下ですよ?流石に他領の者は理由が必要でしょう。」
答5。領民か否か、後は分担?
本音を言えば血よりも仕事を評価したいですねぇ……。
「「…………。」」
笑顔で鍔迫り合う事しばし。
堪え切れなくなったダニエル司祭が、素晴らしいと爆笑します。
良かった。ちゃんと及第点は頂けたようですね。
「お気に召して頂けたようで何よりです。」
「えぇ、ええ!流石は姫君、見事なお答えでした!」
(最高だ!やはりこの方は素晴らしい!
今の時代に産まれるべくして産まれて来たお方であった!
昨今は貴族に産まれただけで平民を下民と蔑んだり、まるで別世界の住民であるかのように扱う嘆かわしい世の中であると言うに!
この方は人の上に立つ者としての自覚をもったままで、当然の常識として民衆を対等の人間と確信している!)
「良く分かりました!では教会にはそう伝えておきましょう!
なぁに、信仰より金銭を優先する様な不心得者は私の方で抑えておくと致しますとも!いや、やはりあなたは加護を授かるに相応しいというものです!」
あ、あれ~?何か想像以上に評価高いような?
何か微妙に嫌な予感がしますね。何故でしょう。
「あ。ところで話によると全ての腕が殆ど同時に奇跡を施したという話でしたが、その辺何か特別な理由でも?」
「いえ特には?癒しの奇跡って元々奇跡を祈ると魔力が変化するでしょう?
ですから事前に私の手で傷口付近に触れておけば、全ての掌に同じ魔力の性質を伝える事が出来るんです。」
「む?いやいや、それはおかしいでしょう?
癒しの奇跡は触れた者の怪我の様子を把握する必要がある筈です。」
「ああ、そういう。私、一応手が触れてる周りの様子は何となく見えるんです。
そういう意味では私ならではの長所なのでしょうね。」
「な、何と!しかしそれでは、あなたは同時に百人以上の怪我人の様子を認識出来ていた事になりますよ?!」
「一度に、というのなら百人は居ませんよ。実際には埋もれていた怪我人を瓦礫の下から引きずり出す作業と同時進行であった訳ですし。」
多分同時になら五十人居るかどうかだったんじゃないですかね。
ですが司祭様はそれ以上のものを感じ取ったのか、頻りに頷きながら考え込まれまして。その後も様々な質問をして満足げに帰って行かれました。
……別に変なやりとりは無かった筈ですよね?
※続きは明日、11/25日投稿です。本来一話だった分を文字数の調節のため分割しました。




