14.一応今生では初陣ですね?
馬車から顔を出した私と違って、護衛の者達は誰一人として異常を感じていないようでした。これはちょっと嘆かわしい。
事前に聞いた話では彼らの半数以上は野盗退治等で実戦を経験しており、一部は国境で戦争を体験している筈です。
となると実際は小競り合い程度だったのでしょうか?
因みに桜花姫だった頃は、生憎虫も殺せない小娘では居られませんでした。
勿論皆が戦場に出る事を望んだ訳ではありませんが、野盗の跋扈を理由に村ごと焼き払おうとする父親の娘だった時分。
独断専行で賊退治を行って罰を受けた方が色々とマシだった位です。
ええそりゃあもう、矢面に立って命を狙われた事もありますよ?何せ私は領主の娘な訳ですから。ただ流石に両腕を切り落とされた娘に本気で八つ当たりし続けられる程、私の領民達は無体では有りません。
最終的には皆協力して奔走してくれて、私が死んでご破算になっただけで。
という訳で、閉じている瞼の裏で〔遠目〕、周囲を見通しつつ。
ひらりと馬上の人に戻って馬が背負う盾を持ち上げて。未だに私の様子を訝ってしかいない護衛達に向けて、声を張り上げます。
「総員警戒!盾持ちは盾を構え、御者は両脇の盾を出しなさい!
輜重隊は後退に備え、馬車の間隔を広めに確保!
周囲の斥候は集結し、警戒分を残して残りは周囲の様子を確認し集合!」
「何事ですか辺境伯御令嬢、勝手をされては困りますぞ。」
「反応が遅い!実戦経験豊富なベテランという肩書は飾りですか!
護衛隊長を名乗るなら、この空気の変化に気付きなさい!」
面倒臭そうに顔を顰める、未だに気付きもしない護衛隊長の男を叱責します。
ええ、もう確定です。勘などという曖昧な結果では有りません。
何せ私の眼球無き瞼にははっきりと、小高い丘を越えた進行方向の景色が映っておりますので。というより。
「素人が適当な「あの進行方向の煙に気付かない男を半人前扱いして何が悪い!
我々は今、あそこに向かっているのですよ!」、ッ!」
反論しようとする隊長の襟首を掴んで後ろを向かせ、強引に煙を見せつけます。
慌て始める周囲に遅れ、薄く拡がっている雲に紛れそうな煙に。ようやく隊長も気付いたところで手を離します。
「非常時故、指揮権を私に統一します!
行軍は坂の上に到着後、一旦停止!護衛隊は小隊を輜重隊の守りに回し、残りを別行動させられるよう隊分けなさい!行軍再開!」
「「「は、はは!」」」
止まっていた行列に移動を指示し、マルガリータも馬車の中に。
私と言えばそのまま脇を抜けて先頭に移動し、先行隊と合流しつつ丘の頂点に。
見下ろす景色は、最低な状況が待ち受けていました。
「ほ、ホントだ!村が燃えている!」
柵に覆われた畑の向こう側、そして街道の先の到達点。
丘という壁に遮られていた視界の先には塀に囲まれた少し大きめの村。
目的地の一つ手前の中継点となる筈であったその村の門は、既に扉が破壊された後であり。幾つかの家々から火の手が上がり、黒煙を巻き上げていました。
村は現在進行形で野盗達が荒らし回っている様で、流石にこれだけ離れていると喧騒が聞こえて来る事はありませんが、高低差の問題で大通りで騎馬に乗った男達が村人を襲っているのはチラホラと見えています。
「狼狽えるな!輜重隊は此処で待機!
救援と避難撤退、どちらにも対応する心算で直ぐ動けるようにしておきなさい!
護衛は小隊が続行!冒険者は全員輜重隊の護衛に回りなさい!」
「ま、待ってくれ!俺達も!」
「村人に敵味方の区別が付くと思うな!
そもそも軍隊と共同歩調が取れる程、こちらの指揮を把握してないでしょう!」
慌てて分かったと頷く冒険者から視線を移し、改めて戦闘部隊に視線を。
周囲の兵士達は私が此処まで的確に指示を出せるとは思っていなかった様子で、目を白黒させながら慌てて指示に従っています。
「戦闘部隊!騎兵五十を先頭に百名総員で突撃します!
村民の保護を最優先、村の中の賊を殲滅なさい!村から出た賊は追撃不要!
村の確実な安全確保が最優先と心得よ!」
「「「ハハッ!」」」
宣言と同時に部隊が移動を開始し、私は改めて目を白黒させながら驚く護衛隊長に視線を移します。
「護衛隊長、あなたに輜重隊の指揮を任せます。」
「お、お待ち下さい!私は戦闘部隊の指揮官ですぞ!」
「あなたは小娘の命で命を捨てられますか?
私は必要とあらば、村民を逃がすためにあなたに殿を命じますよ。」
「も、勿論です!」
「ならば良し!総員、突撃!!私に遅れるな!」
「と、突撃~~~!!」
準備が整ったので先陣を切って馬を走らせた私に、事実上の副将となった護衛隊長が声を張り上げながら後に続きます。
彼らにとって辺境伯令嬢は先陣を切るものでは無いというのがありありと伺えますが、この場合指揮官が先頭を進む事で味方の腰が引ける言い訳を断つという側面もあるからです。
(賊軍の総数は恐らく百前後。明らかに盗賊には多過ぎる。
やはり連中、隣国の侵略者ですね。)
こちらは自軍に把握出来ている者はいないでしょうが、〔遠目〕での周辺透視によると村の後方の森に、輸送用の馬車が控えている様子。
盗賊が輸送用の馬車など、不自然極まりない話です。川からは離れているので、恐らく船の使える所まで輸送し、本国へ持ち帰る予定なのでしょう。
とは言え我が方も伊達に実戦経験を積んでいる訳ではない様子。
護衛隊長が敵の総数を数えたか、はたまた緊張感が伝わったか。彼らも奇襲の利を理解して無暗矢鱈と喊声を上げる事無く、足並みを揃えながら後に続きます。
ここで部隊の質が低いと突撃の度に己の士気を高めるため、指示も無いのに誰からともなく叫び始めて突撃の位置を敵に知らせ。しかも接敵前に叫び疲れて勢いを失うという失態を仕出かす事もあり。
喊声自体を指示の中に含むのは、実は一定以上の練度が必要なのです。
歩兵達も騎兵に遅れるもののちゃんと後に続いており、坂を下り走り抜けて。
そろそろ門が近付いて来ました。
「このまま村の中に突撃し、散開する!
総員、喊声を上げよ!」
「よ、宜しいのですか?奇襲の利が失われますが。」
「構いません!この距離であれば正確な数を数える余裕など無い!
高らかに援軍の到着を知らせ、村の者達に希望を与えなさい!」
「はァッ!!行くぞ皆の者!」
「「「うォオオオオオオッ!!!!!!」」」」
こちらに気付いた物見の賊達が慌てて銅鑼を叩きながら味方に知らせ、門の入口に数名集めて槍を構えます。
そこへ私が遠慮無く数発の〔火球〕を叩き込み、馬を止める事無く強行突破。
盗賊達をあっさり蹴散らしながら村の中に突入します。
「先に大きめの通りを周回して敵を各個撃破する!
歩兵到着を以て村を奪還する!」
「「「ははッ!」」」
(さて。先ずは町の物見台ですが、運が良いですね。
奥の方の台は、未だ奪還されてません。)
それは即ち、未だ組織的な抵抗が続いているという事。
門が破られてから大して時間は経っていないらしいと、掃討し易い速さまで軽く速度を落として弓を引き絞ります。
狙いは近場の物見台でこちらに敵意を向ける者。喊声を聞いて今慌てて梯子の上まで昇って来たご様子。既に、遅い。
一射。二射。……命中。
騎射にも大分慣れて来た様ですね。即死とは行かなかったようですが、あの高さから落ちたなら致命傷でしょう。
このまま次の台は、明後日の方向を見学していますね。なら遠慮致しません。
大通りにいた盗賊達は他の騎兵達の突撃に蹴散らされています。掃討は彼らに任せて先ずは一人。おや、気付いた一人が最後の力で銅鑼に倒れ込みましたね。
他の見張り台の者も異変に気付き、残る二つの見張り台から音が響きます。
であればこちらも対応を変えるまで。私は息を吸い込み声を張り上げます。
「聴くが良いグロリエルの民達よ!
我が名は辺境伯の娘、アザリア・グロリエルッ!!
お前達に臨む事は只一つ!持ち堪えよッ!!
我々が敵を掃討するまで!我々がお前達を助けるまで!
持ち堪えて見せよ!我らが、グロリエルの民達よッッッッ!!!」
そこら中から喊声が響き渡った。
◆◇段々ホラーです◇◆
護衛隊長はビビっていた。何コレ今回が初陣とか嘘でしょ?
周囲からはこっちに気付いた村人達の歓声と助かるんだという歓迎の声が段々と伝播していく。成る程、さっすがぁ。これなら敵も動揺するよね。初陣?
思わず皆と一緒に鬨の声を上げてしまった護衛隊長は、そもそも淑女に初陣という言葉が妥当かどうかを考えながら、とにかく馬を走らせ続けた。
何せ今、護衛隊長はやる事が無い。動揺する敵兵は馬に踏み潰されない様に脇に逃げるし、両端の騎兵達がそいつらを蹴散らしてく。
流石に御令嬢の様に馬上で弓を射る技術など隊長には無いので、そもそも弓など持って来てもいない。あれ、オレの方が素人?
いやいやオレだって敵が槍の間合いに入ってきたら活躍するし!戦場に出た経験だってあるし。部下の指揮だってちゃんと取れるし。……今必要?
葛藤する中、不意に二階の窓から人影が飛び出して来た。
斧や剣を振り下ろす三つの影が、眼前の辺境伯令嬢に襲い掛かったと気付き。
彼女は両手を交差させて斬り弾き、遅れた一人は仲間と宙で衝突して。しかし身体を捻って着地直前に馬へ斧を投げ飛ばす。
「おぉっとォッ!」
慌てた皆が手綱を取り全員が馬同士の衝突を避けてぶつかり合って立て直すが、倒れる令嬢を助けられる程の馬術を持つ者はいなかった。
「止まるな!そのまま大通りを周回して歩兵と合流!
止まった騎兵はただの的だ!」
いやそれ所じゃないだろうと驚愕のままに手綱を引き、嘶いた馬が後ろ脚立ちとなって最後尾に逃れて振り向くと。
何本もの黒い腕にぶら下がる様に、串刺しにされて武器を奪われる盗賊達の人影が見えた。
「ご武運をッ!!!!」
慌てて指揮を執るため先頭に馬を走らせる。
そりゃそうですよね!あれだけ魔物を虐殺した御令嬢ですもの!そりゃ高々盗賊風情に躊躇なんてしませんわ!
オレ程度に逆らわれたら生意気思われるのも当然ですわ!
武勇自慢の護衛隊長は、絶対逆らわないぞと心に誓った。
馬を失ったアザリアは、敵の物と思われる刀剣を拾い集めながら近くの民家の屋根に手を伸ばし、身体を引き上げる様に屋根の上に飛び乗る。
袖の中に仕舞った魔法の短杖は四つ、使える魔法も杖一つにつき一つ。市販品なので術者の得意不得意に左右されず、自作の価値に納得する程度には扱い辛い。
(町中での〔粘土防壁〕は後始末の面で論外。未調整の〔火球〕ではどうあっても〔鬼火〕以下ですね。後は〔渦鎌鼬〕と〔凍結霜〕ですか。)
町中での使い勝手は正直手探りだ。練習通りに出来たからと言って、応用が出来ないと使い勝手は著しく悪い。
事前に想定した心算でも、実際に必要とするまで案外見落としているものだ。
「とにかく消化から始めましょうか、〔凍結霜〕!」
凍傷を引き起こす霜の渦が、黒い手を介して次々と放たれて民家を燃やす火の手を次々と消火していく。
しかし思いの外射程は短く、黒い手を伸ばして漸く届く場所が殆どで。鎮火する規模も左程広くは無いために一つでは消火出来ない場所が案外多い。
それでも対応出来るならと手を伸ばすが、十数発と飛ばせば短杖が発熱する程の魔力負荷がかかり、歯軋りしながら中断する。
(休み休み消火し続けるしかありませんか!)
指揮官は冷静さを失ってはならないと自戒しながら、アザリアはこのまま屋根の上を移動する方を選んだ。
敵の喚声が響く方角へ進みながら、片手間で道中の瓦礫に埋もれた住民を助け出しながら先を急ぐ。
村という言葉からは想像し辛いかも知れないが、魔物という脅威が日常的にあるこの時代では、殆どの人里には塀があり、防衛拠点がある。
それらは当然ながら戦火にも有効で、特に大きな家は狭い共同体である程緊急時の協力は不可欠であり、今回も幾つかの大家が即席の砦代わりに活用された。
だが一方で、それらはあくまで即席止まり、城塞には比べるべくも無かった。
「ふっはっはっはっは!甘い甘い!
この程度の門でこのビックモブ様を阻めると思ったのですか?!」
門が砕ける轟音が響き渡り、玄関に集う住民達の心に絶望の影を拡げた。
常人離れした大槌を振るう巨漢の盗賊は、本職は十数人の部下を率いるれっきとした傭兵であり、野盗に身をやつしているのは依頼主の意向だった。
とは言え、略奪品の輸送手段は依頼主が用意する上に逃走経路も準備が整っているという破格の依頼内容だ。全員嫌々どころか極めて乗り気だ。
「と、統領!あれを見て下さい!」
「お頭と呼びなさい。全く何です?折角今いい気分だったのに……。」
ビックモブは弱い者虐めが大好きだ。その為に日々筋肉を維持し、砦を壊す大槌を振るい続ける努力を欠かさない。一撃で相手が死んでしまうのが玉に瑕だが。
とは言えビックモブは根が真面目なので、部下の報告を無視する事も無い。
だから素直に後ろを振り向き、肌がチリ付く熱気に顔を顰めながら。部下が見上げる屋根の上に視線を向ける。
屋根の上には影の腕を百に分けて、手の平に掲げられた拳大の〔鬼火〕に煌々と照らされた人影が、爛々と赤い一つ目を輝かせて睨み付けていた。
後光か光背。明王の背中を連想するような光景は、明王を知らぬ彼らにも恐怖と威圧感を与え、白髪の人影は少女の様にも見えて浮き世離れした存在感がある。
非常識な程の炎を携えた姿は、まるで夕日を背負うかの如くだ。
「まぁ。なんてキレイな夕日。」
「ちょ、アンタ何言ってんの!」
いやあれは無理だわ。ちょっと大き過ぎるって。
「「「ぎぃぃぃやぁぁぁああああ!!!!!!」」」
門が瞬く間に火達磨になり、ビックモブ達が炎の中に消えた。
突然野盗達を飲み込んだ黒混じりの業火に、呆然としていた村人達だったが悲鳴で我に返ると慌てて怪我人達の元へと駆けつける。
未だ助かる筈だと血の止まらない仲間達の止血を試みるが、気付けば彼らの体に手の様な影が地面から伸びており。
「〔治癒〕。」
一斉に傷口へと注がれた光がうっすらと傷を塞ぐ。重傷こそ止血止まりだが、傷の浅い者はそれだけで怪我が完治する。それはまるで神官達が使う治癒魔法の輝きだと一部の者は悟り。
「よくぞ耐えた民草達よ!これより野盗共を殲滅する!
皆で同胞を守り、負傷者を救え!」
「「「は、ははぁっ!!」」」
明らかな貴人の声に、屋敷の者達は思わず頭を下げた。
村の中心部近くに来たアザリアは、既に村は陥落寸前まで追い込まれている事を把握し思わず唇を噛みしめる。
だが嘆いている暇はない。指揮官の役目は被害を減らし、味方を勝利に導く為にいるのだから。何より自分には、犠牲者を減らす手段がある。
気持ちを落ち着けるためアザリアは、一度深々と深呼吸をしてから一斉に影の手を散らして広げ、村中の怪我人へと手を伸ばす。
「〔〔〔治癒〕〕〕。」
瓦礫の中で声を出せぬ者がいた。満足な手当も出来ず、家族を抱える者がいた。
生き延びる事を諦めた者を、必死で慰める者がいた。
このままでは助からないと悲嘆に暮れていた者達の元に、影で出来た手が伸びて傷口を塞ぐ暖かな光が輝く。
致命傷を塞ぐ力はない。折れた骨を治す事は出来ない。
だがそれでも、誰もがもしかしたらという希望を目の当たりにした。
瓦礫に埋もれた者は、瓦礫を払い除けて這い出せる隙間が出来て。
深手は手当が間に合いそうな時間が稼げる。折れた腕は強引に戻されて、慌てた近くの知人が痛みを堪える怪我人に添え木をする。
例え相手が誰とは知れずとも、助けが来た事だけは皆が確信する。
(取り敢えず目に付くとこだけ適当に!対応が雑なのは諦めなさい!)
(((き、奇跡だ。いや、奇跡を起こせる方が、救いに来て下さった!!)))
「こ、この手をオレは知っているぞ!我々平民のため率先して開墾事業を手がけて下さっている、辺境伯の姫様だ!」
「ま、まさか貴族の姫様が、自ら儂らを救いに来て下さったというのか!!」
「ま。貴族が平民に治癒魔法を使うのって珍しいらしいし、文句を言われる筋合いだけはないですよね。」
一当てしてあっさりと通りの先へと抜けていった騎兵隊に対し、隊長が感じたのは肩透かしではなく違和感だった。
あの騎兵達は援軍では無かったのかという疑問と同時に、明らかに道中の掃討を優先する様な統率された動きは予定通りとしか思えない。
だが何故か。自分達が落とそうとしているのは村長の屋敷だ。既に塀の上では何人も斬り合い、中に飛び込んだ者もいる。既にこの屋敷は半ば落ちている。
砦の機能も兼ねるこの屋敷の中に立て篭もれば騎兵の利点は殺せる。あの程度の数なら騎兵の利点を失ってでもこちらが屋敷を制圧する前に戦うしか勝算は見いだせない筈だと訝しんで。
彼らは後に悟る。
この時こそが、逃亡する最後のチャンスだったのだと。
アザリアの腕は物理的なものではない。表向きはともかく実際には怨霊達の一部であり、魔力によって一時的な実体を得ているにほかならない。
なので普段は物理的な制約も無く、実は腕一本で持てる物は殆ど例外無く腕の中に沈めて持ち運びが可能だ。それこそ腕の幅に収まるなら戦斧でも良い。
腕一本に複数納める事は出来ないが、中に収納している間は重さも無い。疲労があるかどうかは、正直実感がないので判らない。
よって敵に拾われないために道中で見つけた武器は全て回収する事にしていたのだが、そうすると一度に複数人と同時に斬り合う事が出来ると気付いた。
(剣に何らかの方法で魔力を纏わせれば、私の腕も切れるのね。
大事になる前に把握出来て良かったわ。)
恐らくだが、アザリアの肉体を失えば死ぬ事は間違いないが、それは成仏出来る訳では無い。多分改めて転生するまで死霊としてさまよい続ける事になるだろう。
それはアザリアが抱える民達を成仏させる上で著しく不都合だ。
肉体を失えば神聖魔法も使えなくなるだろう。アザリアは全ての領民を成仏させ終えるまで、この体を可能な限り守らねばならない。その際、複数の武器を同時に振るえるのはとても便利だ。
「ひ、ひぃぃい!こ、この化け物め!まさか魔族が襲撃してくるなんて!」
「生憎ですが、この腕は一種の魔導具です。
さもなくば私が村の者をより分ける必要など無いでしょう?」
「そうかも知れないけど!そうかも知れないけどぉ!!
その見た目で魔族じゃないって言われても信じられるかよぉ!!」
「そもそも。
ここで全滅するあなた達にその違いの意味はありますか?」
一人、二人と討ち取られる度に、武器を振るう腕が増えていく。
事態に気付いた隊長が戻って来た時、部下達は揃って絶望を顔に浮かべて必死に戦い続けていた。そして心が折れるか、隙が出来た者がまた一人。
「ッ!甘い!!」
「ヒャッハハハハハハ!やるじゃねぇか化け物!
最近人間を切るのにも飽き飽きしてたんだ!精々楽しませてくれよな!」
「ドザゲルか!」
「あら。楽しめるとお思いで?」
隊長が視線を向けた先には曲剣を両手で振り回す皮鎧の傭兵がいた。奴は血飛沫のドザゲルと呼ばれ、人斬りを生き甲斐とする悪党だ。
だが奴は人格と反比例する様に腕が立ち、実際今も十本近い剣の襲撃にもまるで怯まず走り回り、距離を詰める隙を伺っている。
(味方としては複雑だが、こういう時は頼もしい奴だ。)
隊長は急ぎ部下を叱咤し建て直しを図るが。
「〔火球〕。」
「あ?」
突如叩きつけるように降って来た火の玉がドザゲルを焼き焦がす。
悲鳴を上げる暇もなく迫る刃を咄嗟に剣え庇ったが、勢いに負けて近くの塀まで弾き飛ばされる。
「誰が斬り合いに付き合うと言いましたか?」
左右から挟み込む様に薙ぎ払われ、双剣を肩に添える様に立てて防いだドザゲルだったが、続け様に翻った剣戟の群れを前に壁から離れる事が出来ない。
その頭上では煌々と、今度は手の届かない程の高さの影の手に、数発の火の玉が掲げられていた。
「〔火球〕。」
「おい、待て。待てよッ!!ぎやああああ!!!!」
火柱と化したドザゲルに次々と槍が刺さり、その場に崩れ落ちる。
煙を上げる曲剣が転がり、影の中に消えた。
気付けばその間にも部下達は次々と犠牲になり、更に半分以下に減っている。
隊長は自分達の全滅を確信し、歯軋りと共に負けを認めた。
「くそ!降伏だ!お前達も武器を捨てろ!
我々は全員降伏する!部下の命だけは助けてくれ!」
遠くでは村の住民達の歓声と、互いを励まし合う激励の声が広がっていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「……此処までだな。撤退するぞ。」
部隊長であるコルネリウスは、これ以上は無理だと舌打ちして後ろへ告げると。
馬車と共に森の中に潜んでいた十数人の部下達がこれに応えた。
森の中に潜んでいた十数人の部下達は、一見して見える様なただの盗賊などではない。敵から奪った物資を運ぶために待機していた直属部隊だ。
言ってしまえば同郷の配下であり、他の連中は現地で雇い入れた傭兵や破落戸達による水増し部隊でしかない。はっきり言えば只の囮だ。
大事なのは如何に祖国であるガンドール王国に、ひいては地元であるジェメシス辺境子爵領に物資を届けるかだ。
元よりどう取り繕ったところで略奪行為。何処かで逆襲があるのは当然だ。
(金で身内を売る様な馬鹿だから、いつまでも持つとは思わなかったが。
まさかこんなに早く追手が気付くとは……。)
だが分からない。グロリエル領主は嫡子共々別動隊という名の囮を殲滅し、想定通りに傘下という名の身代わりの跡を見つけ追撃した筈だ。
二手に分かれるにしても理由が無い。敵は速攻で駆け付けた分数は少なかった。
「コルネリウス、何か気になるのか?」
「いえ、大丈夫です若。考えるのは撤収しながらでも出来る。」
迷いを振り切って騎乗し、今回初陣となった主人を生還させる方向に意識を切り替える。やはり先程から嫌な予感が拭えない。
町からは直接見えない位置に隠れている筈なのに、まるでずっと見られている様な感覚がある。勿論周囲を見渡しても、監視者の姿など影形も無い。
「生憎、もう手遅れですけどね?」
「何者だ!」
誰何の声で周りに警戒を促し、獣道の先で突如渦巻いた黒煙が晴れる。
武器を構える騎兵達の前に現れたのは、まるで白い蝶の様な奇妙な出で立ちの、白く長い髪を靡かせた赤い一つ目の美しい少女だった。
黒手袋で髪を耳後ろに流す仕草はまごう事無き淑女の振る舞いなのに、反対の手で握る白刃が不思議な程に様になっている。
まるで絵画の様な姿に、皆が不思議と息を止める。
「あらここで誰何ですか。将なら将らしく名乗りを上げる作法でしょう?」
ざわと沸き上がる気配に咄嗟に開いてる手を伸ばし部下を押し止め、鋭い視線で主に自制を訴える。不味い、これは気付かれていると思考が追い付く。
「……長い白髪、赤い一つ目の娘?
っまさかアザリア・グロリエル?!辺境伯の秘蔵っ子か!!」
近頃急にグロリエル領で降って湧いた、噂の渦中となった娘がいた。
曰く、その者は病と呪いに穢された恥ずべき忌み子である。
曰く、辺境伯があらゆる伝手を費やし英才教育を施した秘蔵の娘である。
曰く、誰よりも美しく人目を惹く、神に愛された愛娘である。
一見して矛盾した噂だが、その殆どに置いて確かなものとして広まった容姿が。
曰く。その者は長い白髪と赤い一つ目、作り物の腕の少女である。
だった。
そんな誰もが噂しそうな異形の娘が突然食わせ者と名高い辺境伯の懐から現れたのだ。当然コルネリウスも人手を使って調べさせた。
だが表面的な調査報告と殆ど同時期に、当人が突如奇妙な事を始めたらしい。
今度はその詳細を掴む様に指示を出したところで――。
「あら、世間では今そんな風に噂されているのですね。」
――これである。
一見して虫も殺せなそうな可憐な手弱女。
だが抜身の剣を下げてそれは有り得ない。言動も明らかに現状を把握している。
ならば何故兵を連れていないのか。先程の黒煙は煙幕だったのか。
無数のならば何故が脳裏を巡り、一方で余談の許さぬ状況が危機を訴える。
――時間稼ぎか?辺境伯の娘が?
「――突破しろ!ここは既に敵に気付かれたぞ!」
答えを出すよりも先に行動で確認する術を選ぶ。雄叫びを挙げる部下に先陣を切らせて主の手綱を抑えたのは、殆ど条件反射だったが。
突然横殴りの〔突風〕により砂煙が舞い上がり、何より強風により馬が取られ、皆が立て直しに苦慮する中。
先頭の数人が悲鳴を上げて落馬する。
帯の様な黒い影が部下を刺し貫き、帯の様な影が剥がれて先頭の部下達の武器を奪って引き抜く。
続け様に先頭となった部下達が落馬する仲間に目を瞠りながら迫る刃を打ち払うが、思いの外強く圧し返されて其処彼処で鍔迫り合いが於き。
死角から伸びた刃が次々と部下達を刺し貫く。
落馬した者達から再び武器が拾い奪われる。その数は既に部下達よりも多く。
「か、影だ!影の手が分裂してるっ!!」
部下の一人が叫びながら必死で立て直し、生き残った部下達が後ろに下がる。
死んだ部下達の武器は全て奪われて拾われて。
虫も殺さぬ顔で顔色一つ変えない小娘の肩から、幾重にも伸びた薄っぺらい帯の様に揺らめく、影の手によって握られていた。
「察するにあなた達は、ジェメシス辺境子爵の手勢と言ったところでしょうか。
盗賊の振りをしようが侵略は侵略、覚悟など問うてはあげませんよ?」
「〔砂塵剣〕!」
砂煙が娘の周りで渦巻き、曲刀の如き刃となって取り囲み襲い掛かる。
現れた砂塵は伸びた影の手の内側で、引き戻す間も無く砂煙に包まれる。
「そうかよそいつぁ良かったな!
先ずはその余裕の根拠から見せて貰おうかい!」
魔力越しの感触は妙だったが、当たったのは間違いない。
コルネリウスは周囲に視線をチラつかせ、冷汗を拭いながら挑発する。
(くそ!コイツぁ一体何を考えてやがる?まさか俺達が身分証や家紋を持ち歩いて盗賊仕事に勤しんでるとでも思ったか?)
ジェメシスに侵略行為だと糾弾するなど出来はしない。そんな事をすればこっちが言い掛かりだと謝罪要求という口実で侵略するだけだ。
リカルド王国は独断による開戦を禁じているので、グロリエルから仕掛ければ国を動かせず、辺境伯軍単独で戦う羽目になる。
流石に辺境領だけで、本気のガンドール軍と渡り合う程の兵力は無い筈。
グロリエルは、侵略への防戦という形で開戦したい筈なのだ。
「……一応、直撃したと思ったんだがね。」
ギリギリと死角から迫った剣と鍔迫り合いを続けるコルネリウスの前方で、残る砂煙を〔突風〕で吹き飛ばした人影は。
砂塵の刃と同じ数だけの黒い短い腕を漂わせている。
肩口から伸びたのか、あの拳で殴り払ったのだと気付いたコルネリウスは、剣を弾き返して舌打ちする。
しくじった。探りなんぞ入れている暇があったら犠牲覚悟で強行突破するしか無かった。自分は前提を間違えていた。
手袋などと誤解した所為で、余計に常識的な代物だと勘違いしてしまった。
(…………作り物の腕。そうかい、そういう事かよ。)
「あらあら。野盗仕事を任された割には随分と腕が立つようですね。
とはいえ、その程度なら問題はありませんが。」
宙を漂う腕が、腕の中から武器を抜く。
木陰に紛れた腕は引き戻されて、漂う手全てが武器を構える。
あの腕全てが魔力の塊なのだろう、半端な魔法では届くまい。
漂う腕の数はざっと百以上。その内の幾つかには見覚えのある武器に、たった今奪い立ての部下達の刀剣が紛れている。
気付いてしまえば何の事は無い。この娘は退路を断つために先行しただけだ。
尋常ならざる魔力量に裏付けされた、伸縮自在に分裂する魔力の腕。
この手数を用意出来るなら、十や二十の盗賊如き物の数では無いだろう。
伸びる腕はコルネリウス達が後ろに下がらない程度に取り囲み、全てが一刺しにせんと切っ先で取り囲む。
逃げ道など無い。これは文字通り、刃の檻なのだから。
「最初っから、皆殺しにする気だったのかよ。」
森に血飛沫と悲鳴が弾けた。
◆◇ホラーここまで◇◆
「ふむ。その覚悟や見事、と言っておきましょうか。」
血溜りと化した野盗達を前に、二本腕以外の武器と腕を仕舞う。
血溜りの中には、怒りと恐怖を堪えながらアザリアを睨む青年が一人。死体の山の中に倒れていた。
恐らく指揮官と思しき盗賊は、迫る刃に対して大振りの一太刀で弧を描き、払える限りの刀剣を弾き飛ばすと即座に青年の上に覆い被さり倒れ込んだ。
馬を走らせた者達は囮を選んだか血路を狙ったか。
囲む様に馬を降りた者達は盾を選んだか隠したのか。
唯一の生き残りは、青年だけだ。
要人である事は間違いないが、ここで素性を認める真似は――。
「――我が名はクロバード・ジェメシス。ジェメシス辺境子爵が三男である。
グロリエル辺境伯に密貿易の交渉を申し込みたい。」
※次回、展開上の都合により11/24日の金曜投稿をします。
※こちらは分割出来なかったので少々長め。憤怒の顔の千手〇音降臨w
※名前にモブとついている方々は基本使い捨てキャラですw大体死亡する筈なので、後で同じ名前の者が出た場合も同性同名の別人ですのでご了承下さい。




