第84話 ノクス・マギアの〝番長〟
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「ひぃいいいいいいいいい!!」
少女の悲鳴が響く中、回復魔術は我が思う通りに起動した。
やがて弾けた膨大な魔力は収縮し、同時に書店を包んでいた光が消えていく。
我は一定の手応えを感じていた。
学院が休みになる中、たとえ休暇だとしても我は回復魔術の修行を怠ったことは1日、いや一瞬たりともない。むしろ休暇中、休むことなく修行を続けた故に、我の回復魔術は鋭く、さらに極まったはずだ。
多少の切り傷など、もう恐るるに足りぬぐらいだ。
事実、少女の額の傷は完璧に治っていた。
血、傷の跡もない。
完璧な治療だ。
ふふふ……。どうやら、我はまた1つ回復魔術の深奥に近づいたらしい。
「良かった。治ってる。あのどこのどなたか知りませんが、ありがとうございます」
「どういたしまして」
我はターザムの地獄のしごきで獲得した淑女スマイルを見せる。
我にとってはいつものことなのだが、少女はポーッと我の顔を見つめる。
その顔は、先ほどよりもさらに赤くなっていた。
「本当に綺麗……」
すると、その直後だった。
ぶわっと少女の鼻から血が滝のようなものが噴き出していた。
「ちょっと! だ、大丈夫ですか」
「だ、大丈夫じゃないかも。でも、何か幸せです」
何を言っているかさっぱりわからぬぞ。
もしや何か変な薬でも服用しているのではなかろうな。
いや、それよりも鼻血だ。
せっかく、額の傷を治したというのに、なんで鼻血が出る?
「まさかまた回復魔術の失敗?」
休暇の間、休むことなく回復魔術の修行に明け暮れたというのに……。
やはり長期休暇など取るべきではなかった。
学院に在籍し、常に教官殿たちの師事を請い、常にその身を厳しい授業に捧げたほうが良かったのだ。
誓おう! 我はもう絶対に休みを取らないと!!
◆◇◆◇◆
少女の鼻血を止め、書店にあった本の片付けをしていたら夕刻になっていた。
早く寮に戻り、実家に戻らねば、マリルに叱られる。
教官一推しの書籍も見当たらなかったし、踏んだり蹴ったりとはこのことだ。
書店の戸を丁寧に閉め、少女は改まって我のほうを見る。
「あの……。ありがとうございました」
「私のほうこそすみません。まだまだ未熟者でして」
「そんなことはありません。……ちょっとビックリしたけど」
少女は苦笑いを浮かべ、さらにこう続けた。
「良かったら、お名前を教えてくれませんか?」
そう言えば、まだ名前を名乗っていなかったな。
「ルブル・キル・アレンティリと申します」
「わたくしはリリス・ノクスヴァリアです。あのご迷惑でなければ、わたくしとお友達になってくれませんか?」
思いがけぬ提案に我の心臓は、一瞬激しく脈動した。
驚くのも無理はない。
会ったばかりの人間に、友達になってほしい――なんて言われたのは初めてだ。
「あの……」
リリスに声をかけられ、我に返る。
一見、田舎娘にしか見えぬ少女に、ここまで激しく動揺するとは……。
どうやら、我々もまだまだのようだ。
「もしかして、イヤですか? その……制服、聖クランソニア学院の方ですよね
リリスは恐る恐る我が着ている学生服を指差す。
言わんとしていることは、なんとなくわかる。
というより、リリスは聖クランソニア学院とノクス・マギア魔女学院――両校のいざこざを知った上で、我と友達になろうと提案していることに驚いた。
そして、我はその勇気に答えなければならぬ。
我はそっとリリスの手を取る。
「ぜひ! 私と友達になってください」
不安がないわけではない。
でも、【大聖母】アリアルは決して学校内でなければならないと限定した訳ではない。
むしろ、他校に友達がいることは、素敵であり、誇ることであるはずだ。
「じゃあ、わたくしはリリスと呼んでください」
「では、リッちゃんですね」
「り、リッちゃん?」
「ダメですか」
我が質問すると、リッちゃんは大きく首を振った。
「いえ。そんなことはありません。友達に渾名を付けられたの、初めてで」
「では、私はルーちゃんと。ハーちゃ――友達にはそう呼ばれています」
「はい。よろしくお願いします、ルーちゃん」
「こちらこそ。よろしくお願いしますね、リッちゃん」
我は再び握手する。
こうして我はノクス・マギア魔女学院のリリス・ノクスヴァリアと友達になったのだった。
◆◇◆◇◆
次の日……。
王立ノクス・マギア魔女学院の廊下を、肩を切って歩くリリスの姿があった。
聖クランソニア学院のように常に清掃、整頓、整備された学舎とは違って、ノクス・マギア魔女学院には窓際に観葉植物ならぬ、実験用の魔草が飢えられ、落書きではなく――試作された召喚用の魔方陣が描かれている。
とっくの昔に始業時間は過ぎていて、本来なら教室で勉学を励む生徒も、廊下に出てお喋りをしたり、実験をしたり、魔草に水をやったり、思い思いの行動を取っていた。
一見して荒れた教育施設の廊下を歩くリリスは、さしずめ獅子の檻に入れられた羊に近い。
しかし、彼女が通りかかると、生徒は直立不動になって、頭を下げた。
中には慌てて隠れる者もいる。
リリスはまったく反応することなく、襟元のリボンを取る。
髪を結わえていた髪紐もとくと、強い癖ッ毛の髪がパッと広がった。
さらにリリスは髪を乱暴に掻きむしると、次に顔を上げたときには、目つきまで変わっていた。
そして目当ての部屋の前に立ち、少々勢いよく戸を開く。
そこには数人の生徒たちがたむろしていて、リリスの姿を見るや、ザッと立ち上がり、ビシッと頭を下げた。
『おはようございます、リリスさん』
ややドスのきいた声に、リリスは一瞬立ち止まったあと、部屋の奥へ行く。
そして、こう言った。
「椅子」
バタバタと音を立てて、男が進み出ると、四つ這いになった。
リリスはその背に腰を下ろす。
「おせえんだよ。最初から用意しとけって言ってるだろ」
「す、すみません!」
「誰がノクス・マギアの〝番長〟か。まだわかってないようだね」
「そんなことないッス! ノクス・マギアの〝番長〟はあなたです」
リリスさん!!
悲鳴じみた声を聞きながら、リリスは差し出された魔草入りの葉巻を吸い、ニヤリと笑うのだった。







