第83話 運命の出会い的な?
何事にも選ばれることに対して、我は悪い気持ちはしない。
一番強い学生というのも、不本意ながらその通りなのだろう。
ただ我は今、聖女であって、大魔王ではない。
相手を癒す者であって、痛めつける者ではないのだ。
「やれやれ。我が〝番長〟とは……」
【魔術祭】のコンセプト自体は良い。
2つの学校が競争し合いながら、日頃の成果を見せることは決して悪いことではない。
我がそのリーダーに選ばれたことにも不満はない。
むしろ光栄なことだ。
ただ祭りをきっかけとして、両校の争いの火種になっているなら話は別である。
闘争は教育ではない。
闘争をしないために教育があるといっていい。
なのに、血の気の多い若人ゆえの過ちか。
毎年、【魔術祭】が近くなると、聖クランソニア学院とノクス・マギア魔女学院の間柄は不穏となり、ときに血を見るような闘争に発展するという。
そのため、我は知らなかったのだが、この両校は昔から不仲で、ライバル校だったそうだ。
『そういうわけで、ルブル姐さん。街中でノクス・マギア魔女学院の学生服を見たら気を付けてください。特に姐さんが〝番長〟って聞いたら、絶対潰しにきますよ』
そう言って、ネレムはノクス・マギア魔女学院の〝番長〟の情報を探るために、授業が終わるなり、王都の中心部へと走って行った。
なんでも、向こうも〝番長〟が交代したそうだ。
我はハーちゃんを実家まで送ることにした。
王都が物騒と聞けば、ネレムはともかくハーちゃんの身が心配だ。
我と違って、ハーちゃんはか弱いからな。
「ルーちゃん、ありがと。また明日」
「はい。また明日」
お互い手を振り、ハーちゃんを実家に送り届けたあと、我は少し王都のほうを散策する。
今日の授業で教官殿から参考にすべき書籍を提示されたゆえ、書店に立ち寄ろうと考えたのだ。
「しかし、こうして王都を歩いてみると、何やら不穏な気配を感じますね」
子どもの祭りと思っていたが、まるで内戦下のような緊迫した空気を感じる。
祭りが近いと浮かれる者がいる一方、殺気を隠さぬ学生もいた。
だいたいが黒い学生服を着ているから、すぐノクス・マギア魔女学院だとわかる。
聖クランソニア学院と違って、襟元とリボン以外すべて黒で統一され、若干最近のデザインからすると古くささを感じる。まるで昔の水兵のようだ。ただ見る者が見れば、それが奥ゆかしくも見え、学生服としてのデザインの基本に立っているような気がする。
なるほど。こうして意識してみると、そこかしこに黒い学生服の生徒が立っていた。
やれやれ。これでは戦時下の都ではないか。
トラブルは望むところではない。
書店で書籍を購入したら、真っ直ぐ学生寮に戻ることにしよう。
教官殿が勧めてくれた書店に立ち寄る。
戸を開け、「ごめんください」というと、奥にいる店主がひょこっと顔を出す。
ご自由に、という感じて軽く手で示すと、書店独特の香りに包まれながら、先般の書籍を探した。
書店は小さいが、教官殿が勧めるだけあって、本がギッシリ並んでいる。
棚も高く、天井近くまであった。
「文字順では、この辺りだと思うのですが」
「うーーーーーーーーーーん! うーーーーーーーーーしょっ!」
角を曲がると、いきなり唸り声が聞こえてきた。
何事かと思い、目線を上げると、黒い学生服が見える。
ひと目見て、ノクス・マギア魔女学院の生徒だとわかった。
ややくすんだオレンジ色の髪に、垢抜けないそばかすのついた顔。
如何にも田舎娘という感じだが、目鼻立ちははっきりしているので、あとは髪型さえ整えてやれば、それなりに見栄えのいい美少女といえるかもしれぬ。
その不器用な結ばれた三つ編みが今にも解けそうだった。
エリアナほどではないが、小柄な身体を目一杯伸ばして、高いところにある本へと、手とつま先を伸ばして奮闘している。
努力は認めるが、手と本の間が、拳2つぶん離れていた。
とてもではないが、取れそうにない。
手助けするのが最善なのはわかっているのだが、先ほどライバルといわれた学校の生徒である。果たしてこの場合、助けていいものか。
自分でも珍しく悩んでいると、学生はついに足を滑らした。
体勢が崩れると思いっきり目の前の本棚に倒れ込む。
弾みで本棚の書籍が、一斉に落ちてきた。
「あぶない!」
我は反射的に飛び出していた。
元大魔王が人助けなど柄にもない。
まして回復魔術の深奥を極める我にとって、他校の生徒を助ける義理は一寸たりともないであろう。
ただそのとき、なぜか身体が勝手に動いていた。
大魔王であったとき、こんなことはなかった。
これも人間に転生した影響だろうか。
【閾歩】
我は狭い書店の中を駆け抜け、生徒を抱きかかえたまま安全地帯まで退避する。
本は盛大に崩れたが、なんとか事なきを得ることができた。
「大丈夫ですか?」
「はい。ありがとうございます」
少女は顔を上げる。
すると、何かハッとしたように我の姿を見つめた。
聖クランソニア学院の制服に反応したのだろうと思ったのだが、次に少女の口から漏れた言葉は、ちょっと意外だった。
「綺麗な顔……。まるで女神様みたい」
「女神?」
「あ。ご、ごごごごごめんなさい。そのおら……じゃなかった、わたくし、その……心の中の言葉をつい口にしてしまうというか」
「ん? それって悪いことなのですか?」
「え?」
「裏表のない、あなたの本当の言葉ってことですよね」
ただ女神というのはやめてくれ。
我の美しさを称えたものであることは理解しているのだが、女神と聞くとどうしても聖霊エリニュームの顔が浮かんでしまう。
「……そ、そうです」
少女の顔が、正確に言えば、耳たぶが急激に赤くなっていく。
「あ。怪我をしてますね」
その少女の額から少し血が出ていることに、我は気づいた。
おそらく本棚に突っ込んだときだろう。
顔面から言っていたからな。
少女は額を指でなぞる。
血の付いた指先を見て、ホッとした様子だった。
「これぐらい大丈夫です」
「ダメです。化膿したらどうするんですか」
まして嫁入り前であろう。
放っておけば、傷が残る。
「大丈夫です。私、回復魔術には自信があるので」
我は両手に魔力を練る。
こうなればライバル校だとか、敵とか関係ない。
目の前に傷があらば、治療するのは聖女にとって必定。
あらん限りの力を使って、癒すのみだ。
「え? あ。ちょっ……。大丈夫なんですか、それ」
「問題ありません。行きますよ」
「ひぃいいいいいいいいい!!」
回復してやろう……!
回復の光がカッと弾け、狭い書店の中を白く染める。
その中で少女の悲鳴だけが響き渡った。






