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夢戻リダイアル  作者: やまは
現実七日、夢六日
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二章 33夢 非同調

 すがりついてわんわんと、何故ユミが泣くのか、アルメリアには分からなかった。ただ、構ってなどいられない。彼女には時間も猶予もないのだから。

 ――しっかりしてください。

 アルメリアはユミへと声をかけた。しかし、アルメリアがそう思い発信したとしても、声帯を通す頃には反対の意味で送り出されるのである。


「朦朧しててください」


 つまり、相反しているのである。

 意識は時間を阻害する相手へと向けたまま、警戒するウサミミが立って音を収集する。

 伝わる。

 アルメリアがそう思うのは、ユミのそういうところは信用しているのからだ。


 えずきながらも、「うん」と目を擦って返すユミ。ギュッと、アルメリアの背を握った。

 力の籠った手の温もりをアルメリアは背中で感じ取っていた。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 アルメリアはユミ・ヒイラギを初めて見た時、この人は売れると思った。


 この人は馬鹿だ。あの時の誘いを受けていればいいのに、受けなかった大馬鹿。それでいて私のことを理解しようとするまぬけ。そして、私なんかを守ると言う、お人好し。

 後手後手の悪手ばかりを踏んで、まるで馬鹿の一つ覚えのような選択ミスを犯してばかりいる。

 挙げ句の果てにはこんなところにまでわざわざ自分を運んできた。そこだけは感謝を覚える。

 この人はお金を生む。この人は一人では何も出来ない。この人は弱い。


 ――でも、『魔女』だ。


 迂闊に手を出せない。だけど、まだ猶予がある。あそこに辿り着く前に売り払えればいい。そのために今は助けてあげる。

 いい代物が付加価値をつけている。説得力はそれだけで十分にある。


 赤髪の『魔女』――ユミ・ヒイラギ。


 その存在になる前に。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「アル! 二度言わすな! どけっ!!」


「……()()。その気()()ありません」


「テメェ!!」


 つばを吐き捨て、突っ込む悪者。片手にダガーを尖らせて、殺気は風となってアルメリアの頬をかすめる。

 武器はない。あるのは身一つだけ。さらには守るものさえある状況。ただそれでも、アルメリアにとってその障害は障害でも何でもなかった。


 ――遅すぎる。


 アルメリアには止まって見えていた。それほどまでに、彼女にとって悪者とは稚拙な相手なのである。

 悪者のダガー。それを持つ腕めがけて、アルメリアへ蹴り上げる。すると、骨が砕ける音がした。

 悪者は苦痛に蠢き、地べたをのたうち回る。肘の関節が許容範囲を越えて歪曲している。あと少し変形すれば、ぽとりと落ちるだろう。ユミがおののく。

 上空へと飛んだダガーをアルメリアは手に取り、刹那。その場から消失。その後、断末魔が二つほど後方から奏でられた。

 研ぎ澄まされた今のアルメリアが調音を見逃すことなどあり得ない。


 ダガーから滴る赤を携えて忽然と現れるアルメリアはユミへと手を差し出して、「()()()()()」と何事もなかったように語りかけた。


「あ、アルちゃん……どうして、こんなこと……するの?」


()()()()()()()()()までのこと。この者たちはユミ様にとって()()だから、私はあなた様を()()()。これ()()で、まだ何か?」


「だ、だからって……」


 ユミはうずくまって、アルメリアの手を取ろうとはしない。まるで駄々をこねて、現実を見ない。受け入れようしない。

 不憫な人だ。何を怖がることがある。

 アルメリアはユミを憐憫の眼差しで見下ろす。そこからすぐに、彼女は埒が明かないと判断する。少々強引ながらもユミを強制的に立たせた。


「……あ、アル、ちゃん……やめ、て……」


 立たせた、と表現するにはあまりにも惨い。


()()()の足で()()というのなら、()()()あげます」


 ユミは首を絞められて、アルメリアに立たされたのだ。

 かすれて、淡白に。鮮明に、無表情に。弱々しく、軽く。


 弱肉強食の縮図がその路地裏には広がっていた。


 ――この世は強いものが勝ち。弱いものは負ける運命。


 この人は無知だ。あまりにも世の中に疎い。こんな仕打ちを受けてもなお、何故立ち向かおうとしない。諦めたのか? いや、違う。


 ――この人の目は、まだ死んでいない。


()()()くださいユミ様」


「……き、きいて、アル、ちゃん……」


「――()()!」


 アルメリアのむき出しにした本性を前にして、ユミは言葉を失った。表情は怯え、体を震わせている。

 アルメリアはさらに力を込めた。するとユミの悶える声が自然と上がる。か細い声を刻む中、「だ、だめだよ……」と彼女はまだアルメリアに更生を促すよう、違う、と首を振る。


 追い込まれれば本性を現すはずだと、アルメリアは思った。だが、ユミはそれ以上に、この場に相応しくないものを再び流し始めた。


 これが本性だとすれば、それはあまりにも救いようがない。


 恐怖が見える。流石に死ぬのは怖いか。生きるために必死にもがいている。

 こうなっているのは自分の不甲斐なさのはずだ。思い知ったはずだ。苦しみから解放されたいはずだ。

 なら、抵抗するべきなのだ。なのに、なんだ。何故それを流す。不必要な感情を晒す愚行を積み重ねる。


 ――生きるために『涙』などいらないはずなのに。


 私はあなたにとってそんなに大切な者なのか? いいや、違う。私はあなたをただの踏み台としか見ていない。私が生きるための、潤沢なる餌。私に喰われる存在でしかない。

 でも、この人はそうなのか? むしろ、そうでなくてはこの状況の説明がつかない。何故ならこの人の『涙』は自分に対するものではないからだ。助けを求めるものでも、すがるものでも、命乞いをするものでもない。

 今、この人が泣いているのは、そこらに転がる弱者に対してだ。そこに私まで含んで、この人はまだ自分が高等なる存在であるかのような振る舞いをする。


「……()()()()のですか?」


「……そ、そんな、わけない」


「――なら、それ()()()のことをするべきでは?」


「あ、アル、ちゃんに……手を、上げろって……そ、そんなのいや、だ」


 ――不愉快だ。


 なお意地を張り続けるユミに、アルメリアは言葉ではなく次に行動で示す。行動は相反することなどなく、それすなわちアルメリアの心そのものが鉄槌を下したと言える。

 アルメリアの容赦のない一撃で、ユミは地面へと叩きつけられた。そこへさらに追撃。衝撃で舞ったユミの無防備なみぞおちへと蹴りが入る。

 ユミは呻いて、回転し、飛ばされたその先で悪者と激突。二人は天を見た。


 歩むアルメリアは、悪者をボロ雑巾のように蹴り飛ばして、ユミの元へ、「……()()なさい」と改めて首を絞めて持ち上げた。


 ユミは気絶している。小刻みに震えて、息はある。アルメリアはすかさず、ダガーで彼女の太ももを突き刺した。

 突然の起床の号令に、叫び声がユミから上がると、アルメリアの耳は少し垂れた。


 ――不愉快だ。


「や、やめて……アル、ちゃん……わたしは、あらそい、たくない。アルちゃん、の、ためなら……」


「――まだ()()()ためですか! ()()()のために、()がすることはない! その『涙』は()()です。()()()下さい!」


 目を覚ましてもなお、まだ分からないのか。

 何故その『涙』を他人へと向ける。言わば慈悲。自分へ向ければいいものを、何故それに自分で気がつかない。


 ――誰もあなたに助けて欲しいとなどという、甘えた心はない。


「……わ、()()()()、よ」


「――――!!」


 ――不愉快だ!


 ユミは嘘をついた。許諾を意味する言葉を放つも、その『涙』は止まっていない。ことの始まりから顛末まで、彼女の全ては痛覚からではない。アルメリアはそれを即座に理解し、苛立つ心のままにユミを再度、地面へと投げ捨てた。

 何故分かったのか、それは私にも分からない。でも、この人はまだ『涙』を流す。這いつくばっていても、まだ流す。


 ――どれだけ私を不愉快にさせれば気が済むのか!


「――おい、もうその辺にしとけ」


 ユミへと近づくアルメリアの前に、一人の男が現れる。

 彼はユミへと水を与えた。だが、無理やり飲ませる形で、次にユミはぐったりと体の力が無くなった。

 薬でも飲ませたか。確かに、その方が楽か。頬に塗られた痺れ薬もその一貫か。


「さっさと行くぞ、この辺りまで兵が来てる」


「……()()()、ロイ様」


 アルメリアは言葉を相反させ、ロイへとついて行く。ただ、その前にダガーを返すことを、彼女は忘れなかった。

 何の躊躇いもなく、振り返ることすらアルメリアにはなかった。

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