二章 34夢 魔女
プラノ王国では『魔女』は絶対で、『魔女』が存在するからこそ、プラノ王国が存在すると言っても過言ではない。
そんな親魔国でコウ・ゼネリアは生まれた。
何も知らなかった当時のコウは、『魔女』が好きだった。そう教養を受け、それが当たり前だと思っていた。だが、世界は『魔女』の真実を知っていた。
『魔女』という存在は、あくまでもプラノ王国だけの絶対であった。その真実が、コウを一変させた。それは変わり者の王子というレッテルを貼られていることにも繋がっている。
――『魔女』とは、世界で畏れられる者たちの総称であると。世界はそうコウに語ったのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
変わらなければ。
コウはそう思っていても、存在する邪悪な心がそれを阻害している。
何度も変わろうと思った。だが、それでも未だ変化一つ見せられていないのもまた事実としてある。心意気ばかりが先走っている。実態の伴わない虚偽、虚言。昔の記憶が蝕み、邪険に扱い、鮮明によみがえらせてくる。
「アルメリアはともかくとしても……ユミを通した? いったいどういうことだっ! アツリ! サムヤ!」
苛立つ心を顕著に現すコウは、心の赴くままに門番二人を叱責した。その呵責は止まることを知らない。アツリもサムヤもひどく狼狽し、ただただ頭を下げて謝ることしかできずにいた。
アルメリアが見つからない。だからコウは、仕方なく王都から兵たち引き上げさせた。リコリスにアルメリア手配の準備を頼んで。そして、いち早く城へと戻ってみれば、ユミもカイもいなくなっている。そんな新たな問題に着手することとなっていた。
こんなことがあり得るか。いいや、あり得ない。二人が手を組んだか……いやいや、それはさらにあり得ないことだ。
コウがそう思うのは、カイ・スレミアとの間には、家族以上の信頼関係が構築されているためである。
カイが謀るはずがない。そう、高をくくっているのわけではない。決して。
コウとカイ。何せこの二人、幼少期からの付き合いがある。そして、それとない関係になる……、
――はずだった。
実際に二人は清廉潔白な関係のまま、今日に至る。
王子と側近。その関係で構わないと、お互いそれで同意している。
王子と王太子妃。その関係にならなかった理由はコウにあり、それは同上が理由――つまり、『魔女』嫌いが理由である。
しかし、カイもまた、『魔女』嫌いなのはここだけの秘密。それが、そのことが、二人の関係を構築した一つなのだから――。
カイならたとえ力ずくでもユミを止めるはず。なら、カイが消えた理由にユミが関わっているのはまず間違いない。
コウはそう考え、今に至る。門番二人に権力を振りかざし、城の敷地内――その一角。誰も来ないであろう、コウとユミとが出会った場所へと連れてきていた。
「……何故ユミを通した」
コウはアツリを睨み付けて問いただす。アツリはそれを受けて、「そ、それは……」と口を開くも、決定的な部分では口をつぐむ。
アツリらしいな、とコウは思った。ただ、それだけでも分かる情報があるのは確かで、こいつは知っているな、とコウは即座に理解し、彼がそうなのならサムヤもまた、同じだとも考えた。
「……お前はどうなんだ」
即座にターゲットを変えたコウに対し、「じ、自分は、し、知らないです」と身振り手振りで露見させている。
慌て出すのがサムヤらしいな。だが、手段など選んでられるか。
コウは剣を引き抜いて、サムヤの前に向ける。そして、「黙っていていいことはないだろ、言え」と恐喝する。
サムヤはたじろいで、尻餅をつく。そこへ待ったをかけるアツリ。彼は二人の間に割って入り、跪く。
「お、お待ち下さい、コウ殿下。確かに、私たちはユミ様のことを知っております。ですが、それはたとえ殿下のお頼みであったとしましても、お答えするわけには……参りません」
「――お前たちの門からユミは出て行った。それ以外、考えられない。お前たち、ユミに何を言われた。何故ユミを通した。……何故止めなかったっ!」
「……も、申し訳ありません、コウ殿下。ですが、そのことも私たちの口からはこれ以上は……どうかお許しください」
アツリの誠意のこもった言葉と態度に、サムヤも遅れてそれに倣った。
流石にコウもそれには参った。ここまでのものかと。
込み上げてくる熱が冷やされる。二人に当たり散らしている場合でない、との見解をコウは剣を納めて表した。
二人の役割は自然とコウに冷静さを担うこととなったのだ。
口止めにしては度が過ぎている。二人の言動が何かに支配されている。それは俺より上の力。
コウは考えをまとめた。
「――なら、いい。お前たちは仕事に戻ってくれ。お前たちの事情も考えず、いきなり怒鳴って悪かった」
「そ、そのような……」
「そ、そんな……」
二人に頭を下げて、詫びるコウ。それを見て、二人は恐れ多いと言わんばかりに、別の意味での狼狽を見せた。
「俺にとって、お前たち二人は大切な人材だ。そのお前たちに俺が気兼ねなく接することは、普通のことだ。挨拶をすることも、詫びを入れることも、無礼を働くことも、そういうことを普通に出来る間柄……ではないか。うーん、正直そこだけは否めないが、それでも俺は立場に物言わせるつもりなどない。あるかも知れないが……」
「結局、どっちなんですか? 殿下? はっきりしてください」
「いきなり何を言うか! サムヤ!」
アツリに殴られたサムヤは頭を押さえる。そしてすぐ、押し問答が始まった。「なにするんですか!?」と、「無礼にもほどがある」と対極の二人はそれからふと我に返ったか、「お見苦しいところを」「失礼しました」と頭をまた下げた。
コウはそんな二人のやり取りに笑みを浮かべ、「顔をあげろ」と言う。そして見上げた二人を確認してから続けた。
「――では、俺とのこともここだけの秘密にしておいてくれ。そうすれば、何もなかったことで片付くだろ?」
「え……それは、どういう……」
「は、はい! 俺、守ります!」
「はははっ、そうだ。それでいいぞ、サムヤ」
サムヤの食い気味の肯定に、コウは笑いながら、「――アツリはどうだ?」と問いかける。
「コウ殿下のお頼みならば、確かにお約束致します」
「ふっ、お前らしいな」
軽く鼻を鳴らしたコウは、「悪いが、俺は行くべきところができたのでな、これで失礼する」
そう言って二人に背を向けた。
「それと、だ。後ほどあの門を通ることになると思うが――」
コウはそこで言葉を止めた。目線を配った二人の表情に、これ以上の言葉は不必要だと、「――では、頼んだぞ」振り返りもせず、背中越しに届いた二人の返事。それが証となって、コウは改めて思った。
アツリとサムヤは必要だと。
一介の兵士なのだが、どこか憎めない存在。雰囲気を作れる存在。そして、ユミのための存在として。
二人はユミと親しげである。二人を処罰することで、彼女が悲しむ表情を見たくはない。
「……ユミ」
コウは迷いなく城内を歩く。
今は色好みしている場合ではない、と歯痒い気持ちになりながらも、その部屋に入る。そのまま奥へと進んで行き、しきりが出来た幕の前で、「兄上!」とコウは話をつけに来た。
――兄さんなら何かを知っている。




