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夢戻リダイアル  作者: やまは
現実七日、夢六日
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二章 31夢 交錯

 路地裏を赤髪は歩いていた。「ここじゃない」と空を見上げて呟いて、「何がここじゃない?」と一人の男――彼が話しかけると、赤髪がなびいた。振り返って見せた反応は、虚を突いたように驚愕が表れていた。

 今までの堂々振りがまるで嘘のようで、「な、何か用?」と後ずさりをする始末。


「用があるから話しかけてる。――久しぶりだって言ったの、嬢さん聞こえてなかったか?」


「久しぶりって……!! だ、誰よあなた。知らない。知らない、知らないから、私!」


 赤髪は酷く動揺した。それ以前に芝居が下手すぎる。あからさまにも程があるほど、面に出ている。


「おいおい! そりゃないだろうよ、赤髪の嬢さん。俺とお前の仲だろ? てか知ってるだろ、その反応は!」


 彼は少しからかうと、赤髪がギクリと、今度のあからさまは嫌な顔。それを見せてから、逃げ出した。


 先ほどから赤髪の少女に話しかけている男の名を『ロイ』という。

 諸国を流れ歩き、報酬を貰えば何でもする。いわば雇われ屋のようなものである。

 盗みから運び。裏切りまで、自分の得になるようことを運び、今日まで生きてきた。

 要するに、一匹狼の賊である。

 彼もまた、赤髪の少女を狙う一人でもあった。


 ロイは知っていたのだ。彼は赤髪と出会ったのはつい三日前のこと。あの時は謀られたが、今度はそうはいかない。

 衛兵の追手を掻い潜り、赤髪が王城へと入っていくのを遠目から見ていた。あれはよく目立つ。

 現在の王都の状況、赤髪の出現から、ここまで。彼は王都の様子を達観していた人物である。


「――まあまあ、逃げなさんなよ」


「――――!!」


 身軽な体で壁を巧みに使いこなしての着地。壁に手を当て寄りかかり、彼女の前に降りたって、「んな体でどこ行ったって同じだろうよ」とたしなめた。

 赤髪に逃げられないと印象付けるロイ。赤髪に動きはない。体が震えている。上手くいったか、「……邪魔しないで」とうつ向きながらにそう言っても、説得力はない。


「邪魔したら、どうなる?」


「――しつこい!」


 赤髪は嫌悪感を露にロイを睨み付けた。その眼光の鋭さは女にあるまじき。『やっぱ、俺の目に狂いはないな』とロイは鼻を鳴らし、自分の眼力を心で自我自賛してから彼女へと、


「おお、恐い恐い。相手してくれる暇もないってか」


 あからさまにおどけて、身振り手振りを交えて、茶化して見せた。

 さらに嫌悪を進化させる赤髪。よく顔に出るやつだ。気持ちを抑えられないのか、はたまた威嚇のつもりなのかは知らないが、逃走を謀る様子は見せない。助けを求める叫びもなさそうだ。手を上げてこないのも、勝てないと悟っているか。そこは女という歩を弁えている。

 そもそも叫ぶつもりなら、とっくに叫んでいるだろう。ロイにはその教訓がある。


「何があったかは知らないが、俺ならあんたに力、貸してやれるけどな」


「――――!! な、何たくらんでいるのよ」


 赤髪の露骨なまでの反応に、ロイはニヤリと笑った。

 この赤髪、すぐ顔に出るやつだと真の意味で理解した。


「そこらの賊がわんさかあんたを狙われてるって、たぶん気づいてないよな? ――あんた、城の貴族連中に自分を売ろうとして、失敗したってところか?」


「……は? 何を言ってるのよ、あなた。あり得ないんだけど。どういう神経しているの? 死ね!」


 呆れ返った赤髪に対し、ロイはハテナが浮かんでいた。

 ――あれ? 違うのか、と的確に急所を突いたと思ったからハテナが浮かんだ。

 幼い顔つきだが、体つきはまとも。ひもじい生活とは無縁と言える。それでいてあの時の綻びのある格好。恐らくは没落貴族の類いかと睨んでいたが――そうじゃないのか。いやいや、んなわけない。赤髪は王城へと入城を許されたのだ。数日間、ずっといたはず。ならば何かがあったのは間違いない。匿われたか、コネがあったか――そこはどうでもいい。極論、髪色一つであてがわれてもおかしくはないからだ。

 それと合わせて、口が悪いこともロイのハテナの要因である。死ねと言ってきた。教養は備わっていないとみるべきだ。


 赤髪は自分の武器を理解している。教養は乏しいが、とことこん肝が据わっている女。ロイはそう結論付けた。

 それに状況判断も乏しいのもまた然り。今のこの状況を理解しているのか。一歩間違えば、犯されたっておかしくない状況だろうに、


 ――俺は優しいやつだな。


 ロイはそこそこポジティブシンキングな性格であると自負している。


「――んじゃあ、あれか。あんた、第二王子様と何か関係があんのか?」


「――――!!」


「なるほど、そういうことね」


「な、何がそういうことなのよ! 一人で分かったような口聞いて……あなたに何が分かるのよ!」


「あんたのことを俺なりに分析すると、あんたはこの国の第二王子様に気に入られたってところか? なんだ? 違うのかい?」


「は、はぁ? な、何でそうなるわけ!? あったま、おかしいんじゃないの?」


 露骨な反応ながら、自分を認めようとしない赤髪に内心イラッときたロイ。何故に自分を客観視できないのか、「あんた立場、理解しろや」と彼女の胸ぐらを掴んで、引き寄せた。赤髪からの呻き声などお構い無しに続ける。


「――あんたがいいもん持ってるから、それに第二王子が惹かれて、あんたが王城に招かれたってことだろうよ。端から見てればそう見えるんだよ! 違うか!」


 ロイは柄にもなく声を荒らげた。思わずついかっとなってしまった。相手はか弱い女だろ、と。それも負傷している女だ。腫れた頬。擦り傷のある顔、綻びた服。まず異様だろう。赤い髪以前の問題だ。

 ロイがここまで躍起になるのは、それだけ目を張る赤を逃したくないという、欲望に駆られているからだ。

 ロイは手を離すと、赤髪は地面に座り落ちた。立てないほどか。手を差し出すと、「……何それ?」と弾かれて、見上げてくる目付きはまた肝の据わった雰囲気を纏い始めていた。


「……あなた何かに何が分かるのよ! コウは私をそんな目で見ていない! それに赤髪なんてもの、赤い染料使って染めれば誰だってなれるわよ! 何でみんな、私のこれがそんなに好きなわけ? 作れるのよ! 赤なんてね! 可愛いだってそうよ! 死ね! あなたなんか死んじゃえ!!」


「な、なんだ? 急に怒って――」


「――怒りたくもなるでしょうよ! ……これさえなければ、これさえなければっ! 私はもっと普通に過ごせてた! これのせいであなたみたいなクズ野郎に狙われる羽目になって、色々なことに巻き込まれて……はっきり言って辛いのよ! ――私は何か悪いことしたの? あなたたちに何かした? ……してない。してないでしょ……わたし、なにもしてないじゃん……なにも……」


 赤髪の態度が急変著しい。怒鳴り散らしたかと思えば、今度は突如として泣きわめいた。

 ロイはその理不尽を被っているのは間違いないことである。


 話は変わるが、ロイには人身売買の経験がある。

 希望を失い、虚無な眼となった視線を幾度となく浴びてきた。

 あまりにも哀れな者たちの行く末。その終点はきっと地獄なのだろう。そんなこと、知るつもりはない。

 ロイが悲痛な訴えに耳を貸すことはない。それが飯の種だからだ。彼も生きるのに必死なのだ。生きるか死ぬかないのだ。ただ、ロイが赤髪にここまで固執するのには、そんな絶望した者たちとは違う、目に宿る光を見たからだ。向かい合ってよく分かった。まだ諦めていない。ここからどう足掻こうとも、逃走も、反撃も、死ぬことさえ満足に与えられないにも関わらず、まだ失われていない。

 その根源は何だ。分からない。でも、こいつがそこまで突き動かすものがある。それを赤髪共々奪いたいと、ロイは思った。


「……確かに嬢さんの言うとおりだよ。あんたは何にもしてない。ただそれを隠さずに、んな見てくれとぶら下げていれば、狙われるのは必然だろ? あんたはそれを承知で今までその問題を放置していたんじゃないのか。これはそのつけだろ? 自分で自分を狙ってくれって言ってるようなもんだ。んなことするアホが今のあんた。――もっと自分を見たらどうなんだい?」


「……わたしは、そう見えてるってわけ、なの?」


「まあ色物としてみてるのが大半だわな。あとはそう、俺みたいな変わりもんか。――こんだけいろいろ言ってるが、俺は嬢さんのそれが望んで得たものじゃないって言うのは分かるよ」


「なんでよ。知ったようなこと、言わないで」


「そりゃあ……あんたのことは知らねぇし、興味があるとすりゃあ、上んもんだけだ。ただ、俺にだって節度ぐらいはある。俺はあんたを突き動かす動機が知りたいんだ。あんたは何のためにここまで危険を冒すのか。何でこんなことしてんのか。あんたがまだ進むっていうのなら、俺はあんたに力を貸してやるって何回も言ってんだ。それでも不満っていうなら――」


 ロイは懐から赤髪の目の前にナイフを投げ捨て、「十秒やるよ」と背を向けた。「何のまね?」とは言いながらも、ナイフはしっかりと手に取る赤髪。壁を支えに立ち上がった。


「あんたがそいつでどうしたいかを選べよ。逃げてもいいし、俺を刺してたって構わない。なんなら自殺でも、叫んだって構いやしない。あんたが進みたい道をあんた自身で決めろよ。だから好きにしろ」


「それであなたに何の得があるのよ」


「得? あるからこんな真似してるいるんだろ? ないってんなら今すぐあんたを気絶でもさせて、他の奴らに売ってるさ。その方が金になるからな」


「やっぱりあなたも同じなんじゃない……」


 ロイの賊としての顔に、力を増して震えるナイフが赤髪の手にはある。「じゃあ何で私に力貸そうとしてるのよ!」とそれを見せつけ、ロイがその逆。裏の顔を覗かせていることに対し、シンプルなまでの疑問を投げた。

 ロイは、「そうだな」と一つの間を前置いてから、「俺は俺なりの意志をあんたに見せるためだ」とその理由を語る。


「力貸すってのはそもそも、それなりの信頼関係が担保されて初めて成り立つってものだ。俺とあんたは関係最悪。そんな中で互いが互いの背中守れって言われて、いきなり『任せた』何ては言えねぇだろ? 当然だな、そりゃあ。その証拠が今のあんたのそのナイフってわけ。――だろ?」


 赤髪は自分の手を見て、「……なら、どうするのよ」と一端は警戒を下げた。


「作らなきゃ話にならない。俺とあんたで信頼関係を今この場で結ぶ。手っ取り早いのはお互いの利害の一致ってやつだ。この場だけの関係なら、お互いあと引くこともないからな。俺は力であんたに応える。あんたはその髪で俺に応える」


「……約束ってわけ?」


「ああ、そうだ。口約束。別に正式なものじゃない。この先どうなるか何てのは誰にも分からないし、あんたの望みに応えられるって保証すら俺にはない。それはあんたもそうだろ?」


 考えを巡らせている赤髪の時間の最中にも、


「――だが、しといて損はない。てか、しなきゃ始まらない。そもそも俺が信用されてねぇのは百も承知だからな。なら、その誠意ってやつを、証を見せなきゃ、どうしたってあんたは信用も信頼もしないだろ? あんたにナイフをやったのは、つまりはそういうことだ」


 ロイは続けてその必要性と自分への理解を示した。

 あくまでも口約束。そのために俺はここまですると、本気だと背中で語った。

 赤髪は頭を抱えていた。「わかんない」と「んな悩むことあんのかよ」と背後からその様子を見たロイは、片手で壁に寄りかかりながら、


「――あんたの中に宿ってるもんが本当だってんなら、あんたが選ぶ選択肢は一つしかないだろうよ。そのために必要なのが俺かどうかは知らないが、今あんたの頼りになるのこの俺だ! それに関しちゃあだが、この世界の誰よりもあんたは俺を信用してもらって構わない」


 もう片方の腕を天に掲げてから、


「さあ、もういいだろ。さっさと決めろよ赤髪の嬢さん! ――十、九……」


 カウントダウンの指が開かれた。

 ロイには自信があった。この赤髪は必ず乗ってくるとの、その自信。さらには縛りを与えた。このカウントダウンがゼロになれば、どうなるかなど、赤髪が一番よく理解しているはずだからだ。それに、


 ――あんたの火はまだ消えてないからな。


 目に宿る強い意志がこんな道半ばで消えるほど、柔な光ではないことをロイは信用していた。

 一つの金属音。それが奏でられたのは、ロイがカウントしてから六秒後のことだった。

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