二章 30夢 達観
日が傾き始めた頃、それはポッと現れた。いわばイレギュラーな違和感である。
足を引きずり、腕を押さえながらに歩いている。足元を見続け、ある色を汎人たちへと知らしめている。
箱の中の異質物。まるで天から与えた物を見せびらかすかのようで、ごった返す王都の中でも、それ以上に目を引くものは今のことろありはしない。
――赤髪の少女。
雑踏の中、誰もがそれを見ていた。
威勢のいい掛け声は萎んで、半開きの口となる商人。
異性同士、集まり弾む談笑も、一人の指差し一つで話題を総なめ。かっさらって、ヒソヒソと窺いあそばせ。
清々するっ!
そうか。まあ、精々頑張れや。
そんな一つの袂が切られてた最中でも――。
ゼーゼーと、息づかいも格好も相まってそれは、瀕死の怪我人である。頬を腫らして、肩から息をし、傷ついた赤髪の少女。そんな赤髪の少女に誰も手を貸さないのは、関わりたくないのが一番だからであろう。誰かがやってくれる。誰かがやるだろう。誰かやってくれ、と。他人任せ、人任せ、亜人任せ。黙認し続け、一人、また一人と。いざ勇気を持ってその少女に声をかけたのは、一人の男であった。
――大丈夫か?
ありふれた一言に、少女は立ち止まり、その男へと目を配った。なのに、固まったのは男の方である。次の言葉は訪れない。冷やかしかと、視線を戻して去って行く少女を彼は見送る。次に彼は腰を抜かしていた。
何が起こって、何があったかなど、少女の視野から外れた者たちは知るよしもない。ただ、少女は先を進み、その男は地に落ちた。
少女の中心視。有効視野の範囲の者。周辺視野の者たちだけが知り得たこと。その範囲に巻き込まれた者たちは、皆が揃って魔法を浴びせられたかのように、ぎょっと――恐れおののいていた。
――決意と本能の塊の目付きに。
赤髪の少女は目をつけられていた。それは主に賊の類いの者たちである。
目を引くものは高く売れる。目映い容姿。煌めく宝石。そして珍品。
ただ、珍品に必要なのは、それが値打ちものだと示す物的証拠が必要。
赤髪を除けば、その少女はただのガキである。
貧相ではないものの、目新しさはない。そこらにいる凡人。やり捨てる価値もなさげな女。それでも一点。紅一点だけで、値が跳ね上がっている女である。
ただ、どの賊たちも手を出せない。出せない状況下にある。それぞれがそれぞれに影裏から窺うだけ。果敢にも手を出した男は正義感に溢れていたのだろう。その結果、やりづらい雰囲気が作られた。いや、むしろ露にしたと、その功績を褒め称えるべきか。
範囲にいた賊は、覗かせた少女の目に飲まれ、反対側は堂々と道を進むがためである。
今か今かと、その時を誰もが待つ。
焦れるような、生唾一つ。ベロり刃物を味わうものあれば、少女の髪と同じ、リンゴを咀嚼する者も。一歩でも路地裏へ足を踏み込めば最後、だ。
獲物の取り合い。待ったなどない。交渉、駆け引き、不意打ち。何でもありだ。
賊たちに拍車をかけるのが、また警備が手薄なことだろう。巡回する兵が極端に少ない。何かあったのだと、その情報網だけは手を取り合う。
王都に第二王子が下りていると。しかしながら、赤髪の少女を置いてそちらへ手を出すものはいないだろう。異常事態が兵をかき集めているのだから、必然、王子の周りは手厚いのが予想される。何もそこを狙う必要はない。
だからこそ、少女はもう手のひらの上である。
その時は突如としてやって来た。
赤髪は大通りから広場へと移動していた。また密集地帯に入り込んでいる。偶然か、はたまた狙っているのか。自分の姿を誰かに焼きつけているかのようで、
――いなくなった。
赤髪は何処かへと忽然と姿を消したのだった。
一攫千金の機会である。これを逃さずして、何を獲るのか。何を勝ち得るのか。
選りすぐるのは、我先にと先回りをし、下見を行い、万全の準備をするのが常である。
だが、今回はそれらが裏目に出ていた。
何故見失ったのか。理由があるからこそ見失う。見失ったからこそ血眼になる。血眼になろうとも、視界にあれが入る。だから、見失う。
何も赤髪は消失した訳ではない。確かに今も広場を歩いている。
あれ。あれのせいで赤髪は第一位の存在感から陥落した。それは必然的な誘導で、あれは赤髪以上に惹きつけられるのだから仕方がない。
赤を窺う数多の双眸を奪った。そうあれというのは、
――『木』のことである。
広場は今、演劇の真っ只中。
背景。張りぼてのようでいて、主演よりも助演よりも赤髪よりも、目を奪うものがある。それは赤髪よりも顕著に、立ち止まり、百八十度転回までをも誘い、足を止める。
止まらないのは見慣れた者だけ。もしくは『木』以上に意識を向けているも意思を持つ者だけだ。
どこへ行ったか。謀られたのか。舐めた真似するものだ。
慌てて探し始めるものの、解散の雑踏が行く手を阻む。人の波は散り散りと、目眩ましにはもってこい。もっての他である。さらに、時の流れは待ったを止めない。
賊たちは完全に探す手がかりを消失していた。
自分の短所を的確に捉えて、狙いすましたか、はたまた遇機か。それは赤髪だけが知ることで、彼女をつけ狙う者いなくなった。
――かに思えた。
ただ一人。ただ一人だけは、赤髪の少女を見失うことはなく、「久しぶり」と彼女の前に姿を現した。




