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夢戻リダイアル  作者: やまは
現実七日、夢六日
48/63

二章 19夢 赤信号

 ――薄暗い路地裏であった。

 ここは大通りとは一線を画す。横幅は大人三人並べるほど。

 日の光は疎らであり、永遠に広がる空色もここからでは細い一線。まるでものさしのように水平であった。

 清潔とは言い難く、散らばる塵や埃は衛生面上、あまりよろしくない。裏の名のままに、そこに生きる者が蔓延るのもまた裏付けられる。

 そんなところにユミは連れてこられた。目の前にはその元凶の兎。そして裏の者と思しき男が見つめる。


「……赤髪って――――!!」


 被りしフードが外れていることに気づき、慌てて被り直すが、時既に遅し。言われて気づいたのだから、その行為には意味がない。隠したところで露見している事実も拭えない。目の前にいる兎の行方もまた――。


「隠したって意味ねぇぜ、赤髪。痛い思いしたくねぇだろ? 黙ってりゃ、何もしねぇよ」


「……ち、忠告どうも」


 そんな言葉を真に受けるほどユミは馬鹿ではない。空元気にも挨拶代わりの一言を放つが、後退りを伴う逃げ腰状態であった。


 ――このまま逃げたい。

 心中に抱くは願望。それを叶えるのは自分だと理解している。

 だから、適切ではない。その願望は――。

 ――このまま逃げる。

 それが正しい。逃げるべきなのだ。

 願いではなく行動。それを実行に移すのもまた自分。

 二つの境界でさ迷う理由は、目の前にいる一つのわだかまり。兎へのそれが苦くも残留し、踏ん切りがつかない結果がその後退りであった。


 ――明らかな悪者。チンピラだ。

 薄汚れた身なりと、手入れの怠りの無精髭がうっすらと顔を覆う。歳のほどは二、三十代。亜人の類いではない。

 猫背気味な体勢だが、圧迫感を与える身長を保持している。それは並ぶアルメリアとの差を、如実に表していた。


「な、何の用よ」


「用があるから連れて来られてるって、説明されなきゃお前はわかんねぇのか? 自分の立場、理解してんだろ。そんないいもん持ってんならなぁ」


「……っ、じ、冗談に決まってるでしょ。知ってるわよ。――あなたが悪者だってことぐらいね!」


「ははっ。――威勢がいいのも、悪くねぇな」


 高らかに笑い――突如、見定めるような目付きへとスイッチ。現した本性の一端。その異様さがユミの背筋を震え上がらせる。

 ユミの後退りがまた行われる。今度は自然と本能の赴くままの行動であった。


 ――――ヤバい。

 想像していたチンピラとは訳が違う。格が違う。

 悪の中でも邪悪に堕ちている。向けられる圧力に拒絶反応の鳥肌が自然と立つ。

 身ぐるみ剥がされるだけならまだいい。だが、明らかにそれ以上のことを彼は望んでいる。拉致、強姦、人身売買――並べたそれらはほんの一端に過ぎないのかもしれない。最悪、殺されても文句など言えないほどに――。


「おいおい、お嬢ちゃん」

「――――!!」

「逃げようったってそうはいかねぇぞ」


 振り返った光景に、ユミは逃げ場が無いことを悟った。

 後退りの繰り返される最中、新たな裏者がユミの背から二人、現れた。

 咄嗟に動きを止めて、背後に詰めてしまった距離を取る。


「……っく、準備万端ってわけね」


「あぁ、そうだぜ赤髪ぃ」


 ユミは唇を噛み締める。

 考えうる妥当な回答は、仲間。それ以外にない。もし仮に仲間でないとしても、ターゲットである事実は変わらない。四対一が、二対二対一になるだけ。

 アルメリアと共にいる悪者がリーダー格だとすれば、背後の二人はしたっぱ一、したっぱ二だ。二人とも男で、身なりもリーダーに倣ってか小汚ない。

 まだリーダーよりしたっぱ二人の方が、幾分ましには見える。だが、当然彼らも悪者。ましてや大人の男二人組。容易いことではない。

 そして、地理的不利も相まり熾烈を極める劣勢状態。背水の陣なのは火を見るよりも明らかである。


 ――――覚悟を決めるしかなかった。


 路地裏の前後の幅、ユミは丁度悪者達との中間辺り。詰め寄られれば終わり。捕まれば喪失する。全て――。

 最悪の結末が脳裏を過る。また迷惑をかけることになる。

 だが、当然それらの空想は、このまま黙っていればの話だ。


「「「――――――!!!」」」


 悪者三人の動きはユミの行動一つで止まりを見せた。


「……や、やってやるっ」


 ユミは自分を奮い立たせるため、鼓舞の如く声を上げた。彼女の一連の行動は、相手に威圧感を与えるには十分であった。

 戸惑いの声が微かに聞こえる。主に背後から。


 ――剣を抜いた。

 震えを伴いながらもユミは瞬時にそれを治め、構えた。

 コウの剣。握るだけで彼が力を与えてくれる気がする。

 リコリスの言葉。心構えと判断力を向上させてくれていた。


 ――そう。既にユミには自らの言葉通り、やるという選択肢しか残されていなかった。やらなければやられる。相手はそのつもりで来ているのは明白。わざわざ親切丁寧に忠告までも与える余裕を見せている。

 よほどの自信――なのかは分からないが、ユミの力量からして、それこそよほどのことがない限り、相手は格上と見るのがセオリー。武器のアドバンテージでようやく五分といったところ。厳しい戦いなのは変わらない。

 成長した環境が違うのだ。温室と外界ほどに――ファンタジーな『異世界』の住人が温いわけがない。法も秩序もあったものではない。


 ――正当防衛だ。これは正当防衛なのだ。殺っても問題はないはず。

 心にそう言い聞かせる。


「……痛い思いしたくないなら早く消えてっ!」


 精一杯の虚勢を張って言葉を放つ。

 やるとの意思示す。表す。見せしめる。これで退いてくれるのなら、との願いを込める。届けとの願いも同じように――。


「……おかしな考えは止そうぜ、赤髪よぉ。――今すぐ仕舞え」


「――――!!」


 だが、ユミの願いは空しく消えることになった。それはリーダーである彼が、あるものを取り出したのだから。

 それは、ユミの剣と同様のカテゴリーに分類される代物。現代の日本ではまずお目にかかれない。

 ――『ダガー』。

 小型の短剣と表されるそれを取り出し、ユミへと見せつけたのだ。それは彼が退く気が無いことを示し、ユミに新たな恐怖を与えるには十分すぎるアイテムであった。


 ドスの聞いた低い声での警告。手に収まるダガーとその迫力に当てられ、一歩の後退を余儀なくされる。

 慣れた手つきでダガーを操り、挙げ句刃先で壁を削っての周波飛ばし。不快な音はしたっぱ一、二達にも同じダガーを取り出させた。


 ――臨戦態勢。

 ユミとのあからさまな戦闘経験の差。場数の開きを一連の動作で示した。

 躊躇なく刃物を取り出した。反抗には対抗の構図が出来上がった。


「やるならこっちも黙ってやられるわけにはいかねぇからなぁ。泣き叫ぶことになるぞ。それでもやるんだなぁ!」


「……っ、そ、そっちこそ止めるなら、い、今のうちなんだから! やる時はやるのよ私だって!」


「……そうかい、そうかい。あくまでもやろうってんだなぁ? ――あぁ、わかった、わかった。これ以上根比べしたって時間の無駄だからなぁ。だが、忠告はしたぜ」


 おちゃらけからのスイッチの切り返しが異様に速い。彼のやる気を滾らせてしまった。


 ――――こんなはずじゃあ、なかった。

 虚勢を張ったはいいものの、これで完全に引き返せなくなった。

 自らが招いた結果――戦闘。受けて立った相手はそれだけ、本気と言うことが窺える。退く気はない。逃がす気など毛頭ないことも――。


 ユミの剣は、先程から小刻みに震えている。足がすくむ。息づかいが乱れる。息巻いてはいても、体は正直者に反応している。

 ユミに戦闘の素質などない。人を殺す勇気もまた同じ。あるのはただ、リコリスの忠告を無視した、助けを求めている心だけであった。


「なぁに、安心しろ赤髪ぃ。ビビるこたぁねぇ。お前は大事な売りもんだからなぁー傷は見えねぇところだけだ。すぐに気ぃ失って、後はお抱え者になるだけだからよぉー」


 一歩一歩近づくリーダー格。虚勢なのも既に見抜かれている様子。

 背後の警戒をしつつも、まずは目の前の驚異に対抗――しなければならない。

 震えを抑えるようにユミは、両手で剣を強く握りしめた――その時。


「待ってください」


 ――助けは来た。

 アルメリア――小さな兎は果敢にも、リーダーの前に立ちはだかった。腕を横へと広げて、とおせんぼの構えを見せた。


「……あ、アルちゃ――」

「――お金がまだです。()()()金の()()のはずです」


「……ぇ」


 無惨な現実がユミの目の前に広がる。そこには彼女の知る人物とは程遠い人物。

 ――守銭奴がそこにはいた。

 兎はただ、金を要求する言葉を吐いた。ユミなど眼中にもないと言わんばかりに、欲に忠実。


 ――助けは来ない。

 ユミは目の前で思い知らされた。

 現実は都合よく運びやしないことを。現実は残酷であることを。現実は現実を突きつけることを。


「あぁ、そうだったな。――ほら、前金だ。邪魔すんじゃねぇぞアル」


「……()()()に」


 放り投げた袋の中身を確認し、アルメリアは道を開ける。

 丸々に太った袋の中は、相当な大金と予想がつく。


「……なんで。何でなのよ、アルちゃん!」


 声を荒らげて問いただそうとするユミ。

 だが、アルメリアからは無表情な一瞥だけが返ってきて、


「気にしてる場合か?」


 リーダーの気迫が、戦闘の火蓋を切って落とした。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「……っ、あぁぁぁ!!!!」


 ユミの喚声が路地裏を支配する。握りしめた剣は力無く地へと落ちる。

 右膝上部に躊躇なく刺さったダガー。深く食い込み、肉が抉られる。それが引き抜かれた際には、ユミの更なる喚声が追加された。

 赤が溢れて止まらない。素肌を隠していた白が、赤く滲んでみるみる染まる。


 問答無用。情け容赦などない。男だろうが、女だろうが、戦いに性別など関係ない。そこにあるのは力の差。その一点だけである。


「うぅ……ぁぁっ!」


 ユミは息つく暇なく喉笛を掴まれ、持ち上げられての壁への殴打。叩きつけられた。

 発生したなびきにより、ユミの髪は晒される。だが、彼女はそれどころではない。息づかいは荒く乱れ、目から鼻から口からは雫が流れ出す。


「……こ、このっ!!」


 それでも必死に見据えるリーダーへと眼を飛ばす。使える両手、左足を駆使し抗う。

 精一杯の力で彼を弾き飛ばした。その際に彼が手に持っていたダガーは吹き飛び、地を張って遠くへ消えた。


 これで一応の五分。だが、力量は明らかな差としてユミを絶望の淵へと叩き落とした。


「はぁ……はぁ……うぁぁ」


 首閉め拘束の解除には成功。地へと落ちて呼吸を整える。

 ――意識を飛ばしたら終わりだ。

 それに一役買っている右足だが、言うことを聞かない。立ち上がれない。流れ出る赤により力が入らない。


「立ち上がれないようだな」


 満を持して登場した背後の刺客。その気配に咄嗟に対応する余裕など、今のユミにはない。不意を突かれ、体はなすがままにしたっぱ一の手により立たされる。両手を後ろで拘束されての、強制的な起立。踏ん張りの効かない右足がふらっと――体がよろめいた瞬間、


「……このぉ!!」


 残った左足で全体重を支えてからの仰け反り攻撃――頭突きを繰り出した。「ぐはっ!?」と、したっぱ一の悶絶声と共に、ユミの頭部が顔面をもろに直撃――クリーンヒット。

 したっぱ一は、バランスを崩し地へと落ちる。ユミもそれと同じく身を任せるしかなかった。同じく倒れ込み、うつ向け状態となる。

 意識はあるユミにに対し、したっぱ一はダウン。動きがない。鼻から赤を流し、ピクピクとそれは――伸びてた。


 不快な感触の正体は、頭部一点。味わわされた残留物が消えない。正当な理由とはいえ、本気の一撃をお見舞いしたことに少しばかりの詫びを心の中で入れるが、


 ――――どうでもいい。

 今のユミにとってそれは些細なことになっていた。

 むしろいい方に運んだと見ている。ズキズキと、鈍く響く痛みは足の痛みを和らげ、意識の保持を助長したからだ。


 今は意識を保つことだけに固執し、逃げることだけを考える。

 ユミの中ではもう既に、アルメリアのことさえもどうでもよかった。構っている暇などないのが本音だが、こんな状況でさえ動こうとしない彼女に、情けもへったくれもありはしない。


「て、てめぇ!!」


「うぐぅぁ!?」


 足を奮わせ立ち上がろうとしたユミだが、したっぱはもう一人いた。

 うなじを握られ、顔は再びの地面との接触を余儀なくされた。背に強い衝撃を受け、悲痛なうなり声がさらに追加される。

 ――お、重い。

 尻目から辛うじて見えた光景が、したっぱ二が重りとなっていた光景であった。脱出を試み、暴れるが腕を拘束される。


「もう逃げられないぜ」


 したっぱ二の言葉通り、ユミにはもう抵抗する術が尽きていた。

 首と腕は押さえられ、残る足も一つだけ。動かせても、その範囲に救いの手立てはない。脱出も不可能ときた。

 息づかいだけが荒く目の前の光景がぼやける。


 大の男三人に少女一人が勝てるビジョンなどない。シンプルに力と人数さに物言わせた、詰んでいた戦いの幕は降りた。


「……立たせろ。頭ぁ、しっかり押さえろよ。その赤髪、しつけがなってねぇようだからなぁ」


「へ、へい」


 リーダーはユミの攻撃も何のその。平然としており、唾を吐き捨ててながらにしたっぱ二へと命令した。

 今度は頭突きの警戒に余念がない。ユミの髪を鷲掴みにし、よろけにさえも力によって封じている。


 ――もう打つ手がない。

 満身創痍にも気持ちは折れる。意識も自然と遠退き始めるが、


「――――!! おぇっ……っ」


 腹部への強烈な痛みで意識が引き戻される。一、二、三――と、止めどなく繰り出される閃拳に抗う術などない。力が入らなくなっていた。

 胃の中を掻き回され、口から逃がしてやることだけが、ユミのするべき行いであった。ただ、空になるまで吐き捨てるだけ。


「ぁ……」


 ふいに目の前が黒に塗りつぶされて行くのが分かった時、

 ――――やった。

 ユミの心は喜びが芽生えた。

 意識を保つことが馬鹿らしくなっていた。地獄のような苦痛からの解放をどこかで望んでいた――のだが、


「おいおい、しっかりしろよ赤髪ぃ。まだねんねには、早ぇだろうが」


 逃がすまいとするリーダーが、ユミの首根っこを締め付けられて、地獄がまた甦る。


「あぁ……ぁぁ」


 息ができない。

 苦しい。

 私が、何したっていうのよ……。

 何で、何で――。

 私はただ――。


「よぉし。よくやったな赤髪ぃ。もう寝てていいぜ。――次、目ぇ覚ましたら、晴れて貴族のお抱え者だ。たっぷり可愛がってもらえよ」


 絶望にもユミに告げられる追い討ちの言葉。

 気力が喪失していく。目の前の光が失われかけた――その時だった。


 ――一つの衝撃が迸った。

 その場を貫き、威勢や喚声はまるで遠い彼方へと消え去ったかのように、静寂へと取って変わった。


 赤の滴りが刺激を与え続ける。溜まりを作り続ける。墜ち続ける。奏で続ける。

 次に、怒号と憤慨が入り交じった声がその場を新たに支配するその時までは――。

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