二章 18夢 星
王都へと下ったユミ。人混みを警戒するのも僅か数分。それも薄っすら彼方へと消失していった。
「やっぱり、この格好でもあんまり問題ないみたい」
今のユミはカジュアルな服装である。フードを深々と被り、剣を腰から下げている。その服装は人々と馴染み、フードで覆っていても誰も気には留めている様子はなかった。
一見すれば注目の的。目立つのは必然。武器を携えているのだから逮捕案件の異様な姿である。
だがそれは現代ならばの話。ここ――『異世界』ではむしろ逆。どちらかと言えば普遍的な姿である。ユミからに見れば、平然とすれ違う『亜人』が異様に見えるのと同じように――相違はない。
それでもちまちまとユミ達に視線が向けられている。それは主にアルメリアの方に、だ。彼女もまたユミと同じ異質を持つ。
幾分目立たせないためかそのウサミミは二つに畳まれ、項垂れている。――かわいい。
ユミと違いフードはない。その分視線を集めるのは必至か。――かわいい。
それでも気にする素振りすら見せないのは彼女の肝が据わっているからか。――あと、かわいい。
「それで、ユミ様。まず最後にどこから帰りましょうか?」
「――――! う、う~ん、そうだね。とりあえず色んなところ見てみたい。街の様子だったりだとか、どんなものが売ってたりするのかだとか、みんながどんな生活送ってたりするのかだとか。――結論! 全部回りたいの。ダメかな? アルちゃん」
「いいえ。では近づいて下さいね、ユミ様」
「……え? わぁ!?」
思考を置き去りにするアルメリアの手引きがユミを襲う。フードの捲りを抑えつつ、小さなウサギに先導される。冷たい手引きを赤く暖めながら――。
軒先に並ぶ色鮮やかな果物らしき食べ物。
アンティークな雑貨がガラス越しから窺える。
格差顕著な中心街と郊外の建物群。
街中を土埃を巻き上げ駆けるバドラ。
すれ違う多種多様な人種。
格差顕著な身なりの光景。
良い意味でも悪い意味でも、王都ゼネリアは現代離れしていると、ユミは改めて思い知った。
「……あれは。――みいっけ」
赤を噛み砕きながら、ニヤリとほくそ笑む音はユミには届かない。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
――演劇。
言い表すならその表現に尽きる。
王都ゼネリアの広場。そこを舞台に、皆の視線が注がれている。通りすがりに立ち止まったユミとアルメリアもまた、それに目を奪われていた。
『時の鐘』が鳴り、ユミの持つ時計の針はそこから三周ほど経過している。現代の時計とは別物のために、三時間と断定は出来ないが――日の光は夕暮れに近しいほど、光が澄み始めていた。
華やかな女優と勇ましい男優。純白のドレスと格式高い黒い服。森の背景をバックに、いかにもな恋仲。そんな雰囲気が漂っている。
クライマックスシーンといったところか。女優を包容する男優。
だが、ユミの目はそこを注視していない。興味がないとかではなく、別の『物』に捕らわれていた。
――いやそれは『者』と表現するのがふさわしいのか、
「……あれ『木』、だよね? アルちゃん」
「いいえ、そのようです。何か?」
「いや、そうじゃなくてね……あれ? 私の目がおかしいのかな」
思わず目を擦るユミだが、視線は変わらずそこへと引き寄せられる。
違和感はないが違和感しかない。それは否が応でも目に留まる。
――『木』
森の背景に数並ぶ『木』のセットである。それなのにその一つが違和感バリバリにオーラを放っている。まるで色の無い世界で色濃く輝く『星』に見えるのだから不思議なものだ。
華やかな女優よりも、勇ましい男優よりも、恐らくユミの赤よりも目を引く。
「木の役って、酷くない? そこまで人に困ってる劇団とかには見えないけど……」
演技、衣装、セット。その他もろ込みでも子供のお遊戯会でないのは明らか。異世界の演劇プロ集団といったところである。その異様な『木』は当然ながら姿を現してなどいない。観光地にある顔ハメパネルのような作りではない。それでもそこからは明らかに人の雰囲気が出ている。
――だから異様なのだ。
現実、ユミは主役より『木の役』に目を奪われている。それが物語るのは主役を喰らう脇役。セットの一部が、だ。
「……謎」
謎が謎を呼んだ演劇は二人のキスで幕が降りた。
「……あれ? アルちゃん?」
『木』からの謎呪縛が解け、辺りをキョロキョロと見渡すユミ。対象者の姿が見当たらない。
――――まさかっ!
嫌な考えが脳裏をよぎる。半身になり、考えを放棄し行動を起こす。
今にもその場から飛びしそうな体の構えが実行に移されかけた――その時、
「ユミ様、どちらに?」
聞き覚えある声色が、ユミの背中越しから響き伝わる。「えっ!?」と体は声のする方へと流れる。
約五十パーセントを外した。それはいい意味でも、悪い意味でも半分は得た。
「あ、アルちゃん! よかったー。どっか行っちゃったのかと思ったよー」
アルメリアの手を取り、ユミは安堵の表情を浮かべる。
こういう時、移動しては駄目だ。元いた場所から離れる方がかえって混乱を招く。それに土地勘もない。慌てたところで何ができるのか。
――見知らぬ地での迷子の教訓。
などという大それた教訓などない。
ユミはただ、体が動いてしまった。アルメリアが何かに巻き込まれたと思うと居ても立っても居られなかったのだ。
抑えられない本能に従い、足を動かそうとしただけ。ただそれだけのこと。
「ユミ様こそ、どこか帰ろうとしていませんでしたか? 表れられては私が救われますので」
「――――――! そ、そんな事ないから。私はただ、アルちゃんがいないから心配して探しに行こうとしただけで……」
言いくるめられそうになるユミ。うつ向くが、手だけは離さない。
「……大体、アルちゃんもアルちゃんじゃないの? 勝手にいなくなっちゃダメじゃん! せめて何か一言、言って欲しかった」
落ち度はそれぞれにある。それだけにユミもまた攻めに出た。顔を上げてアルメリアへと責めの言葉を放つ。
「ありがとうございます」
「ありがとうじゃなくて、ごめんなさいじゃないの?」
「……ありがとうございます」
今度は逆にアルメリアがうつ向いた。それが物語るは現状、ユミ優勢。彼女もも思うところがあるためか、ありがとうと、謝罪の言葉を並べた。そして再度、詰め寄ったユミにより二度目。それだけに彼女の反省言動は相反していない。
妹のような子を持つとこうなのだろうか。聞いておけばよかったと、ある人物がユミの脳裏にふと過る。
若干のお姉ちゃん気分に浸れて、少し嬉しかったユミだった。
「次からは気を付けてね、アルちゃん」
「……いいえ」
「じゃ、次の場所に行こっか」
再度、王都を散策するためにアルメリアの手を引く。にこやかに微笑んで駆け出そうとするが、抵抗力に慣性が働いた。腕は伸びきり、その勢いは殺される。ユミは振り返ってアルメリアを再度見やる。彼女のうつ向きは解消されている。真っ直ぐな双眸が重なりあう。
何か言いたそうな――そんな表情に見えた。
「どうしたの? 何かあった?」
「……ユミ様。前回は私が案内してもよろしいですか?」
無表情なのは相も変わらない。アルメリアはユミを見上げながらに懇願した。
それは珍しいことだった。彼女にしては珍しく自らの意思を示した。
「……うん! いいよ、アルちゃん。私を連れてって」
――――お姉ちゃんとして、応えないわけにはいかない。
力いっぱいの返事と笑みでそれに応えた。
「……では、目を開けてください」
「う、うん。分かった」
アルメリアに言われるがままに目を閉じる。うっすらと光り溢れる闇の中を歩く。手が引く、光の指し示しめす方へと――。
「……あ、アルちゃん? まだー?」
闇の中を歩く、歩く。上に下に、左に右と――ユミの方向感覚は消失していた。今どこかなど分かるはずもない。
ただ、嫌に目の中の闇が深くなっていた。見上げても光が入らない。何か大きな遮蔽物で塞がれているような――、
「ユミ様。目を閉じてください」
アルメリアの言葉と共に手の温もりが去って行く。
ユミの目に光が差し込み、その景色が温かく迎えてくれる。
目の前にはただ温かい光景が――。
「……アルちゃん。どういうこと」
何が温かい光景だ。
「……ねぇ、答えてよ! アルちゃんっ!!」
ユミはただ叫んだ。激情に任せた言葉に、反する感情などありはしない。
だが、
「…………」
それは届く気配がない。聞こえているはずなのに、聴こえる耳を持つはずなのに、まるで人が変わったように反応がない。全てが偽りであったかのように――。
一瞥したアルメリアの目はこの場に広がる闇と同じく、冷たい。
「元気だなぁ、お嬢ちゃんよ。――いい『代物』じゃねぇかアルメリア。ガキくせぇが、それに余る『赤髪』だ」
黒を塗りたくった闇の中に、蠢く新たな影。
不気味に見定める目付き。その影はユミの『赤髪』を確かに捉えて冷たく微笑む。




