二章 11夢 手と手を取り合って
手を上げてくれる者。手を止めてくれる者。手を繋いでくれる者。そういう人物とは不思議と手を取り合える――ような気がしてならない。
コウ・ゼネリア――もとい王族は、それとは最も疎遠な存在なのは言うまでもない。
――暴力とは。
だが、血縁者の関係ならそれはある。王族とて人なのだ。家族なのだ。そこに関しては、一般家庭と何ら変わりない。ただ、手を上げると言っても躾の意が大きい。上の彼に関しては、遊びの意が強いのは言うまでもなく――。
そういう観点を差し引くと、コウに手を上げられる者はいない。いないのだ。
正当な理由があったとしても――。
同位の存在であったとしても――。
国が崇め奉る存在であったとしても――。
が、手を上げた者は存在した。奇しくもそれは、どちらも女性であった。
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「……力で押さえつけて何になるの! 脅して何になるのよ!そんなことでホントの信頼関係なんて作れる訳ないよ! ――はっきり言って私はコウに失望したよ……」
そのうちの一人――ユミにコウは引っ張だかれた。
顔が弾けて、視線が揺らぐ――そんな最中、心底憤った彼女から、二度目の罵声という名の一閃も受けた。
何で手を上げられたのか。それがコウの脳裏を支配した。
その場を治めようと力を振るっただけであるのに、コウの思っていたユミの反応との差違は、あまりにも高低差が激しい。
――軽蔑されたのだ。それが、その後の対応に遅れを取らされた所以であった。
「殿下! 大丈夫ですか!?」
呆然とするコウは、リコリスの言葉で現実へと引き戻された。振り返るとそこには、心配の面持ちで待つ臣下だけが残されていた。既に彼女の姿はこの場から消えている。
「あ、あぁ。大丈夫。大丈夫だ」
頬に当てていた手を下ろして、リコリスへと返答する。
痛みはそれほどない。物理的なものだけであるが。
「殿下に手を上げるとは、何たる無礼者! いかに殿下の客人といえど今の愚行、流石に見過ごすわけには参りません!」
「……もう逃げられてるが、な」
コウの冷静な物言いに、リコリスの顔は歪む。
「……差し支えなければ、ユミと何があったか教えてはくれないか? リコリス候」
「……はい」
リコリスは包み隠さず、ユミとの出来事をコウへと話した。剣を向けたことも隠さず。彼自身が語った心証の善し悪しをもいとわずに――。
「申し訳ありませんでした、殿下。私が招いた身勝手な行動――その結果、殿下に傷を負わせてしまいました。言い逃れなど致しません」
話し終えたリコリスは跪いた。その様子は、咎めて欲しいと言わんばかりの態度であった。コウは冷静にそれと向き合う。
――――今できることをする。
何事も一つ一つ解決しなければ、糸口など見えてはこない。実際、今そういう状況にある。リコリスを置いてユミのところに駆けつけたいのは山々だ。だがそれは違う。物事には順序というものがあるのだ。
今その決断を下したのならば、彼を置いていくことになる。それでは駄目だ。駄目なのだ。
彼は――リコリスは大事な臣下なのだから――。
「顔を上げて欲しい、ツアナキ殿。その……なんだ――すまない」
コウは頭を下げた。誠意を込めて頭を垂れた。
話を聞いた限り、完全に場違いなのは否めなかった。そこは反省する点である。
「なっ!? 殿下、頭をお上げください! 私などのために殿下が頭を下げるなど……これは私の不徳の致すところ。殿下は何も――」
「――いや、俺が出しゃばったばかりにユミと貴殿との間を邪魔した。これは俺の不徳――そうだろ?」
顔を上げ、驚愕するリコリスに、コウは自分を窘めさせるよう促した。「……っ、はい」と、リコリスは歯を食いしばって肯定するしかない。
リコリスがそういう人物なのをコウは理解している。だから信頼しているし、語った話の信憑性もそれに同じ。ついでながら、空気が読めていなかったことも――。
それなのにも関わらず、コウは示してしまったのだ。
――『力』を。
「それに俺は……貴殿に言ってはならないことを言った」
コウは自分の髪を鷲掴み、今度は彼の表情が歪みを見せた。猛省するしかない。
言ってはならなかったのだ。急を要する事態に、咄嗟に口走ったのは『力』による圧力。脅して何になる――何にもならない。安易に使用した『力』の名において、屈服を求めて何になるのか、と。
「俺は俺自身のやり方で、兄上のような者になりたいと思っている。それなのに俺は、貴殿から爵位を奪おうと脅した。こんなこと、あってはならない。本当にすまない」
再び垂れた頭を、リコリスは首を捻って目を背けた。歯痒いのだろうか、グッと堪えている。コウにそうさせていることが――。
「俺は上に立つものの器量や力量は、はっきり言ってない。備わってなどいない」
「そ、そのようなことは……っ、確かにシギリ様とコウ殿下とでは……」
言いづらそうなリコリスに、「あはは……」と苦笑いで返すしかない。実際その通りなのだから、自分を卑下することには慣れている。
彼ならば――兄ならば――シギリならば、その『力』のままに進むだろう。その道ではコウは決して彼に追いつけない。二人では決定的に何かが違うのだから――彼の真似事では、コウに先はない。だから違う道を行くと決めた。
「俺は恵まれている。生まれながらに今の地位を授かり、そして揺るぎない兄上という存在がいる。その影でも俺は構わなかった。……でも、それではダメなんだ! いつまでも兄上の背中ではダメなんだ!
――横にいなくては。そのためには貴殿や、臣下達の力が必要なんだ!」
自分自身の強い信念を、コウは語る。
「俺は必ず変わる。変わって見せるぞリコリス候。だからその時、貴殿の地位が無くては話にならない」
マントを靡かせ、跪くリコリスの横を決意の表情で通り過ぎる。去ろうとする最中、「お、お待ちを、殿下!」と、リコリスは立ち上がり、声を上げる。振り返り、「何だ?」と問いただす。
「……私のお咎めのほどは」
「ない。貴殿にはこれからも国のために尽くしてもらう。――不服か?」
「いえ、そのようなことは……ただ、それなりの罰を受けなくては示しがつきません!」
「ははっ、俺は貴殿のそういうところを買っているんだ。――そうか。ならばこうしよう――」
軽い笑いを上げて、コウは罰を提示した。
「――これでも不服というのなら、そうだなぁー俺に敬語を使わせないようにするぞ。そして俺は貴殿に敬語を使おう」
「――そ、それは……」
「なら、よろしく頼む! ツアナキ殿」
「はっ!」
半ば強制的に執行された罰を、リコリスは受け取らされている。誓いを胸に――去って行くコウを頭を下げて見送る。そんな彼をコウは背中に感じて――。
結局は『力』を使ってしまったが、それは愛嬌というもの。リコリスも分かってくれているはずだ。問題はまだ解決していない。ユミのことだ。
「どこに行った……ユミ」
城内を駆け回りながら、行く先々の臣下や女中達に聞き込みを行う。コウの脳内もそれに倣って駆けている。
何故ユミが去ったのかを考えろ。何故彼女に失望されたのかを考えろ。何故彼女に手を上げさせてしまったのかを考えろ。
――――――彼女の言葉を思い出せ。
コウの足は城の者たちの証言により、王城を飛び出し、外に出ていた。雨が降りしきりる中、聞こえてくる足音が一つあった。その方角へと視線は動き、足もそれに倣う。
「はぁはぁ。ユミ……」
「あっ……コウ」
雨足が音を作り、息せき切らせる二人の鼓動は鳴り止まない。気まずい雰囲気がその場を流れ、お互いに向き合うことが出来ずにうつむく。
それぞれが、それぞれの思いがある。
ユミは向かっていった。彼女を嫌悪したリコリスに自ら歩み寄った。斬られるかもしれないというのに、勇敢にも立ち向かったその意志を、コウは蔑ろにした。それは許されるはずがない。
だから謝ろう。コウはユミの言葉の意味を受け取り、そう結論づけた。
「あ、あの……」「あの……な」
示し合わせたわけでもないのに、二人の言葉ほぼ同時に産声を上げた。
「こ、コウからで……いいよ」
「いや、ユミからでいい」
お互いがお互いに配慮し、その場の空気も少しずつ変化していく。「……もしかして、だけど、同じだったりするのかな?」と、ユミの何気ない一言にコウは察した。
「……案外そうかも、しれないな」
「せーので言ってみる?」
「あぁ、ユミがいいなら」
「じゃあ、い、行くよ。せ、せーのっ――」
混ざりあった二人の言葉はそれぞれを捉えて――コウは今一度、『赤』のその手を取ることができた。




