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夢戻リダイアル  作者: やまは
現実七日、夢六日
37/63

二章 8夢 明白なる立場

 これは自業自得と呼べる。だから声は上げない。約束を不意にしてるのは分かっている。わがままなのも重々承知している。だけど、ここで逃げても何も変わらない。逃げたところでどうなる。不信感は更なる高みへと突き抜けてしまう。

 チャンスを作った。一対一の対話の場面を――そう、ポジティブに捉えよう。


 ユミの目の前に、リコリスが現れた。


「あ……ええっと……その」


 ユミは言葉を詰まらせた。モジモジと、手遊びをしながらうつむくばかり。

 ――――何て言えばいいのか。

 カイの言葉に紅潮し、あの場から逃げ出した――などという説明をしてどうなる。呆れられるに決まってる。だが、嘘を見繕うのもまた違う。リコリスがそれに対して、最も遠方に存在する者なのだから。


「答えられないことだとすればそれは、私の心証をさらに悪くするぞ。もう一度だけ聞く。素性も知れぬ娘よ、ここで何をしている」


 再度の問いかけと共に、リコリスの剣がユミへと向けられた。片手で扱う剣の捌き方は手慣れたものに見える。忠告は一度までということか――。

 二度目の経験だ。剣を向けられるというのは。カイとは違い、リコリスのそれには表現しづらい圧迫感がある。度合いというものが違うのか――本気の。

 冷や汗が自然と流れる。高鳴る鼓動が響き渡る。

 広い、広い廊下であるはずなのに、ユミの視界には剣の矛先しか入ってはこない。研磨され、光を反射する鉄製の剣。そう見える。


「まだ口をつぐむか、ならば――」

「――わ、わかりました。お、お話ししますからその剣を仕舞ってください」


 ユミの黙り嫌気がさしたか、リコリスの表情がさらに曇る。慌てて口を開いたユミだが、


「今の立場を理解してのことか? コウ殿下の客人とはいえ、好き勝手城を荒らされては堪らん。剣を下ろして欲しくば、問いに答えろ」


 剣の矛先がより一層に迫り、ユミの喉笛を突き刺すほどに近づく。顔は反射的にそれを回避するようにのけ反った。


「……っ、ま、迷ってしまっただけです」


 すぐさま正直に答えたが、リコリスの剣はまだ下ろされない。仕舞われない。


「そんな言い訳が通ると思うのか? 迷ったなどという戯れ言。本当は探りを入れていたのではないのか?」


 全くもって検討違いのリコリスの言葉に、「えっ?」と、それが脳裏を通過する。


「な、何のことで……」


「とぼけるな、娘! これより先は王族の居室であるぞ。まさかその様な関係でもあるまいに――貴様の魂胆など明白。その忌まわしい髪と同じものを白日のもとに晒されたいのか!」


 声を荒らげるリコリスに気圧されるユミ。その言葉はそっくりそのままの意味として受け取る。だが、はっきり言ってそれは勘違いも甚だしい。何を根拠にそうだと決めつけるのか。ユミは嘘をついていない。それは彼も右に同じだろう。だから彼は、彼女に対してひどく怒り心頭なのだ。酷い誤解だ。まるで異端を阻害する保守派のように、勝手に決めつけてそれを追放する輩だ。そうにしか見えない。

 一対一になればこうも変わるのかと、ユミはそう思いながら、彼と同じように怒りが溢れてきていた。一方的な決めつけ。力による脅迫。検討外れな考え。と、まさに高貴なる者の特権と言わんばかりのそれを味わわされる。話し合いなどできるだけ状況にあらず。だが、ユミは溢れてくるそれを表に出さずに、


「なら、あなたのその剣で私を斬ればいい。そんなに疑うのなら、あなたの思うがままにすればいい。それで気がすむのでしたら、私はこの場であなたに討たれたって構わない――」


 ただ冷静に、リコリスの怒りを買った。


「――どうぞお好きに、リコリス候」


 剣を素手で触れて喉笛から退かした。ひんやりとする鉄の感触が、手をつたう。

 のけ反った顔を元に戻した。対峙し、見据えるは嫌悪溢れる面持ち。

 真っ直ぐに言葉を綴った。真剣な面持ちで、視線と視線の火花を散らす。


 買われたらそれまでだ。ユミはこの場で死ぬだろう。死ぬのは怖い。死にたくない。痛い思いなどしたくない。それがユミの本音だ。だが、リコリスという壁に出くわした。それを乗り越えるか、破壊するか――迂回などない。避けては通れない道。ならば、真っ直ぐにユミの――自分の道を行こう。この先、コウに頼りっぱなしなどあり得ないからだ。


「……沈黙は、そうだと捉えますが」


 ユミは顔を引き締めて、一歩、一歩とリコリスに詰め寄る。

 一向に剣は襲ってこない。止まった静寂の時間に、ユミの足音が時を進ませる。リコリスからの返答は今だ無し。それでも剣は納められず、ユミの手からも放されていない。手が切れることもお構いなしに滑らせて――滑らせて、鍔まで――見上げるところまで来た。


「私がこの事をコウ殿下に告げ口することはありません。私の不注意が招いたことですから……あなたの行動は正しいと思います。私自身、この王城に相応しい人間だと、思いませんので」


「……ではなぜここにいる。自分を理解しているのなら、殿下の毒となることを重々承知の上であろう。何故だ!?」


「それが、コウ殿下のお言葉……だとしても?」


「だがそれを断ることもできたのではないか! 目に留まるものを持つがあまり、それがもたらす厄介事にこうして巻き込まれている。それは事実だ。貴様はこれからもそうなるだろう。私以上にその者達との溝は深いと知れ!」


「それでも……それでも私はコウの誘いを受けました! 厄介事? 大いに結構です。私の赤は目を引く道具じゃない。繋がりの赤。この髪色のお陰で私はコウと出会えました。それはもう『運命』なのだと、勝手ながらに自負してます」


「『運命』などと、きれい事を……」


「きれい事でも何でも、罵ってくれて構わない。私はそれを受け入れる覚悟で今、こうしてこの場であなたと向かい合っています。それでも私を厄介者であるとおっしゃるなら、それと合わせて一つ。改めて――私はユミ・ヒイラギと申します。私はしばらくの間、この王城でお世話になる厄介者、どうぞよろしくお願いします、リコリス候様」


 手を差し出して、握手を求める。厄介者であると同時に、今は客人なのだと――今は立場を大いに使う。そう知らしめる。それを使わざるを得ない。今は生きること優先。命大事にだ。


「……殿下だ、娘! 呼び捨てにするとは何事だっ!」


 荒らげられた声。鬼気迫る表情。そして求めた手はバシッと弾かれた。だが、それと同時に剣は鞘へと戻っていった。


「す、すみません、すみません。今のはつい癖で……」


 ユミはそれに圧されて、先ほどまでの勢いはどこへやら――ペコペコと頭を下げる。


「殿下の前ではいつもそう呼んでいるのか」


「あぁ、ええっと……そ、そうです」


 その追撃の言葉に、頭はさらに深く下がりっぱなしになった。嘘をついても仕方がない。だから正直に答えた。


 反省するべき点だ。慣れから来る敬称の怠りというものを――。

 思わず口走った。口走ってしまったが、彼は王子なのだ。当たり前だが、そうなのだ。だがそれは、コウにも非はある。彼が王子――殿下らしくないからだ。

 賓客達との対応は流石と言えた。まるで王子。改めてそれを思い知らされた。だが事、ユミに見せるものはそうではない。爽やかな青年でしかないために、ふとそれが抜けてしまう。

 ――――コウのせいだからね! どうするのよ、折角いい感じだったのに……。

 いない人物に心の中で怒りをぶつける。


「以後気を付けることだ」


「えっ? あ、はい!」


 予想だにしない言葉に動揺しながらも、返事は一丁前にも元気だ。

 リコリスの覇気は消えている。それだけに頭を上げても大丈夫だと悟る。自然と頭は上がり、また見上げると彼の姿は背中へと変わっていた。遠くへと歩いて行く。それが意味するものはそう、ユミは取り敢えず助かったということだ。


「……ユミ、と言ったか」


「はい」


「貴殿への疑いは晴れたわけではない。――ただ、その目に嘘はないと私には見えた。今は少し様子を見させてもらう」


「ありがとう……ございます」


()()、だがな」


 その意味深な言葉に、ユミは固唾を飲んでリコリスを見送ることしかできなかった。

 何を疑われている。何をたくらんでいる。何を――何がなんだか分からない。だが、リコリス本人との休戦は得られた。それだけでもこの場に価値はあったのだろうか。

 本心をさらけ出す人物との戦いは一先ず終わった。


「あ、あの! あなたの名前を教えてくれませんか?」


 ユミの言葉にリコリスは止まることはなかった。ただ、


「……『ツアナキ・サオルマフ』。この事は後で私から殿下に報告する。貴殿に対して剣を振るったことは、紛れもない事実であるからな」


「その事は――」

「その事実は今聞こうか、リコリス候。それはどういう意味だ?」

「「――――!!」」


 突如、リコリスの前に立ちはだかるようにコウは姿を現した。その人物の登場にユミとリコリスは目を奪われた。場の支配権は瞬く間に彼へと移る。


「私の身勝手な判断で、殿下の客人に剣を向けたことです」


「……その言葉が真意だとすれば、貴殿()の立場は危ういと知れ」


 コウの言葉の重みに、リコリスの表情は一気に曇る。あえてつけたのだろう――それはツアナキだけでない。その家族を含める言い回しは、彼の心に刺さったようだ。


「……軽率な判断であったことは重々承知しております」


「……二度目はないぞリコリス候。――こう呼ぶ日が続くことを祈っている」


「……っ、はい」


 すれ違い様に肩を叩く素振りで、ユミへと歩み行くコウ。それは王子と臣下。その立場の違いというものをまざまざと見せつけるのには、十分すぎる出来事であった。


「大丈夫か、ユミ?」


 うって変わって優しい問いかけに、ユミは心底苛ついた。だからそう、ひっぱたいてやった。その一閃の音に、リコリスは振り向き、コウの頬は赤く腫れた。


「……力で押さえつけて何になるの! 脅して何になるのよ!そんなことでホントの信頼関係なんて作れる訳ないよ! ――はっきり言って私はコウに失望したよ……」


 ユミはその場から逃げ出した。脇目も触れずにただ、すれ違う近衛兵や女中には目もくれず――そうしてたどり着いたのは、城外の一角。草木生い茂る空間であった。そこはカイに連れてこられた場所。シギリと初めてあった場所。そして、コウと初めてあった場所だった。

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