二章 6夢 爵位花
それは執務室と呼ぶにふさわしい、部屋であった。
まず目に飛び込むのが、横長な立派な机だろう。そこがコウの――第二王子の机であるのは目に見えて明らか。
それとは別の机が二つ点在する。それは側近用のものだと言えよう。中心の王子と話をしながら、その横目には側近がいる。来訪者にはそう見えるよう設置されている。
王子の机の背後には、大きな窓があり、バルコニーが設置されている。
側近用の机の背後には書棚。その蔵書量はユミの部屋とは比べ物にならない。仕事の資料探し用といったところか。
コウ達の仕事室。和やかな雰囲気とは行かず、空気は張り詰めている。その要因である赤い客人――ユミ・ヒイラギ。遅れることコンマ数秒――緊張の面持ちでその部屋へと足を踏み入れた。
新たな出会いの糸は、結ばれるのか、はたまた裂かれるのか。その時はもう止まりはしない。そして戻りもしない。ただ進み続けるだけ。時計の針が壊れたとしても、時間は確実に進んでいるように――。
コウとカイ。それぞれイスに掛けられたマントを羽織って身支度を整えている。ユミはそれを見学している。
――――できることがない。
というか、支度待ちのためそれは致し方ない。
「ユミ、ここに座って」
カイの身支度完了と同時にそう促され、ユミはそこへと向かう。そして座る。姿勢を正して。
「それで、殿下。誰が来るのですか?」
そんなユミを座らせると同時に、カイは中心へと歩み、切り出した。
身支度を整え終え、コウもまた鎮座する。
「そんなに気になるか? 見てみろ。――手間が省けたが、ユミには少しきつい時間になるな……」
「……そうだね。――!!」
コウから手渡された資料を眺めるカイだが、その視線はあるところで止まった。書かれている何かに、表情は驚嘆へと変化を遂げた。
「驚いたか? 『ニジエダ伯』――お前の父上殿も来るようだぞ」
「……その時だけ席を外しても?」
「ユミを思うならそれはなしだ」
「……分かりました」
表情は歪ん身を見せ――それは拒絶の反応に近い。だが、それでも渋々それを受け入れたカイがそこにはいた。
ユミそっちのけの二人の会話。状況が状況だけに、それも致し方ない。それどころか頭が思うように回らない。迫りくる時に、鼓動の速さが増しているためだ。
それにしても、情報量が多すぎる。唐突な情報開示。カイの父親がそれほどの人物――つまりはコウと謁見できるほどの人物。そして『伯』という言葉。それが意味するものとは――。
――――ダメだ。
ユミの頭のキャパなどとっくにオーバーしている。そしてボンっと頭が破裂する音が鳴る。
正されていた姿勢は前のめりに崩れて机に項垂れる。例えるならそれは、テストの終わりまで机で寝る姿勢だ。ひんやりと冷たい机が熱を逃がしてくれる。
「お、おいユミ。大丈夫か?」 「ユミ、大丈夫?」
「だ、大丈夫、大丈夫です……ちょっと、整理が追い付かなくって」
ゆっくりと上がりを見せるユミの頭。見上げる先には、二つの心配する表情が目に飛び込んだ。
「分からないことが何でも聞いてくれ。できる限りサポートするからな」
「……ありがとう。今の時点で山ほどあるよ」
「でも、とりあえず今は賓客優先。――ユミもこれに目を通しておいて。顔と名前の一致。それがユミの仕事だよ」
「はい。頑張ります!」
シギリからコウへ――カイからそして、ユミへと回った資料のバトン。立ち上がってそれを意気揚々と受け取る。
――――うん。知ってた。知ってたよ。
ユミは目を通した早々、心の中でそう頷いた。だが、困惑は表に現れている。
当たり前だが読めない。羅列される文字は、暗号文でしかない。
「……ユミ? どうしたの?」
「えっ!? な、何でもないです、何でも――」
身振り手振りで道化を演じたその時だった。トントンと、場の空気を一変させるノックがこだましたのは――。騒めきあっていた執務室はピンっと張り詰める。
文字がどうとか、質疑応答がどうとか、今はそんなことなどどうでもいい。後ででもできることだ。だが、今から起こることは、その時、その瞬間しかない。だからこそ、目の前で起こることに身構えるしかないのだ。
賓客達の顔と名前の一致。そして、その者達を納得させる何かを求めるユミの戦い。その開始の合図が、扉の解放と共に始まった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ユミは固唾を飲んで見やる。カイは扉を開け、その前を守護している。コウは鎮座し、微動だにもしない。
招かれた人物の第一印象は、非常に堅物。そんな面持ちの男性であった。茶色がかった短めの髪。仕立てられた白の服に身を包んでいる。年はそう――三十歳後半といったところか。
風格から身なりなど、その全てが『貴族』――そう呼ぶにふさわしい人物であった。腰に備わる剣は異世界のデフォルトなのだろう。それにユミは驚くことはなくなっていた。
「私のためにお時間を割いて頂きましたことを、心より感謝しております――コウ殿下」
その人物は部屋へと招かれるや否や、コウの元へと真っすぐ直進。机との隔たりの前で止まる。胸に手を当て言葉を羅列。同時――頭を垂れる。
その姿たるや――忠誠。それだけに、コウが改めて王子であると再認識した。
「いや、それはこちらのセリフだ、『リコリス候』。挨拶が遅れたことをお詫びする。――このところごたついてしまっていてな。そこのところは兄上から伝え聞いていると思うが……どうだろう? 省いてもよろしいか?」
「はい。すでに解決済みとシギリ殿下からご報告を受けております。――ご無事なようで、何より」
「ははは、身を案じてくれて感謝する」
コウの爽やかな嘲笑であった。まるでシギリの片鱗が垣間見える笑顔。それでもリコリスは、表情を崩さずそれを受け入れている。王子と臣下。軽いやりとりのように、二人はそれぞれ牽制球を投げたている。『戦争』という言葉を避けてはいるが、お互いにそれを理解し、最終的に締結させた。
――――これで『戦争』の話は終わり。
そう締め括るかのようにコウは、「――本題に入ろうか」と真剣な眼差しをリコリスへと向ける。
――――本題に入る。
その言葉を皮切りに、ユミとリコリスとの視線が初めて交わされた――瞬時、彼の目付きは鋭い刃となって彼女を襲った。コウへと見せていた目付きとは一変。だが、それもすぐに元の目付きへと戻る。刹那の拒絶反応であった。
執務室で異彩を放つ赤。それが目に入らないはずがない。迷いなく本題の糸を汲み取った結果――その目つき。それは、そういうことなのだろう。
――――邪魔者。
そんなリコリスの第一印象をユミはしっかりと受け取り、
「は、初めまして。私はユミ……ユミ・ヒイラギと申します」
邪魔者は、邪魔者なりの抵抗と言わんばかりの名乗りを上げた。邪魔者ではない。夢美だ。柊夢美だと。イスの摩擦音を引き連れて立ち上がり、深々と頭を下げて――。
ユミに対するリコリスの第一印象が同上ならば、それは致し方ない。全員が全員、好意の印象などというまやかしなど、当然あり得ないからだ。それならばそれはチャンス。ここからは成長――上がることしかないのだから。
コウから告げられてから、ここまでどれ程の時があったか、
「――しばらくの間、このお城でご厄介になりますので、どうぞよろしくお願いいたします。リコリスこう様」
思考を回す訓練までさせられたのだ、見繕う言葉は自然と出てくる。続けざまにへりくだって――自分は逃げないとの意味を込めてそう綴った。
「これは……初めまして、ヒイラギ殿。コウ殿下のお客人がお越しになっていると聞いてはおりましたが……いい髪をお持ちのようで」
「あ、ありがとうございます。褒められるほどのものでありませんが……あはは」
思いの外柔らかい物腰のリコリスに、誉められた箇所に手を当てておどけるユミ。垣間見た鋭い目付きはどこへやら――向かい合うその目付きは相も変わらず、コウへの目付きと右に同じ。
「では、殿下。私はこれで失礼させていただきます」
コウへと振り戻り、頭を垂れての挨拶をするリコリス。あっという間――五分も経っていない。
「もういいのか? 貴殿の用件はまだのはずだが?」
「おからかいを、殿下。私の用件など理解されているはず」
「そうか。それは失礼したな」
コウの言葉を聞き終え、リコリスが扉へと歩き始めた時だ、
「――ユミのことはどうだ?」
立ち上がってコウは呼び止めた。その言葉にユミも改めて身構える。
カイによって開かれた扉へと消え行く前に、リコリスは振り返り、
「一つだけ、立場を弁えずに言わせていただきますが、素性も知れぬ娘を殿下のお側に置くことに、私は腹が立っていることだけは知っていていただきたい。――では。その花が毒にならぬよう、祈っております」
本音と言わんばかりの嫌悪感を露にした。
爵位の説明。
例 名前・家名・爵位
例 コウ・ゼネリア・プラノ
ちなみに、『プラノ』は大公爵。
爵位が複数持ちならば、さらにその後ろにつきます。
コウ・ゼネリア・プラノ・~~・~~となります。
公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の五つの順。左が一番偉いです。
大公爵は、公爵の上です。
この『夢戻リダイアル』では、爵位名+爵位の頭文字が基本になります。
名前呼びの時は、名前+爵位になります。
色々と調べてみると結構深いですが、この『夢戻リダイアル』では爵位持ちの方たちは基本こうなりますので、これからよろしくお願いします。




