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夢戻リダイアル  作者: やまは
現実七日、夢六日
34/63

二章 5夢 時の流れは速く、短く、とめどなく

 ――――広く、絢爛な廊下であった。

 彫刻、絵画、燭台。などといった、城ならではの装飾達が目を引く。

 まるで鏡のように光を反射する床。手入れの行き届きを感じさせる。

 数多の窓々が、一定の間隔で明るさを演出。そこから差し込む自然光は、床と相容れ世界を照らす。


 そんな廊下に目移りしながらも、ユミはコウの背中を着いて行く。

 ユミの前を行く背中はもう一つ――カイだ。側近である彼女は、コウと並んで、話している。聞こえてくる内容から察するに、それは巡る順番の確認であろう。

 もう一人――アルメリアはというと、


「ユミ様。被り物は()()です。()()()()ます」


 ユミの隣に並んで、共に進む。通常営業のこどく繰り出される真逆の意に、少し悩みながらも、答えは出た。

 フードを被っているユミだが当然、これは『失礼に当たる』。その事を言っているのであろう。立場上、客人とはいえ――だ。


「何となくは分かったけど……どうしても駄目?」


()()です」


「ううっ、そ、そんな目で私を見ないで、アルちゃん」


 無表情なアルメリアが放つ蔑みの目は、カイよりさらに冷たい。それだけに、その目によって発した痛みが、ユミをたじろがした。


「隠したってしょうがないぞユミ。さっきの勢いはどこに行った」


「わ、分かってるけどやっぱり少し、怖いっていうか……その……なんていうか……」


 一行の歩みは止まった。ユミは深々とフードを前のめりに被り直す。

 覚悟を決めたとはいえ――だ。初めてにはどうしても緊張感がつきまとう。その場、その場の緊張ならまだしも、これから先、頭上で赤く開く花に悩まされることは、既に確定している。まさか髪をバッサリ――というわけにもいかない。むしろ、そっちのほうがより目立つ。

 アルメリア同様、慣れるにはまだ時が必要なのだ。それはユミの心以上に、その他の人々の反応も、また然り――。


「目に写るものだけが真実じゃない。そうだろ?」


 コウはそう言いながら、ユミからフードを取り上げた。そして続ける。


「――それにな、ユミ。こんなにきれいな赤を隠しておくなんて、罪だろ? お前の赤と心で繋いで見せろ」


 見上げるユミの双眸に写るは、微笑みの表情。それを作りし王子が、そこにはいた。

 提示した二つ。赤髪と心。

 赤髪というハンデ。それは異世界でも大きい。それでも――。

 心という見えないもの。それを百パーセント伝えることは熾烈を極める。それでも――。

 それでも――――繋いで、繋がって、ユミは今に至る。


「そうだよ……やるって決めたんだ。うん。――コウ! 私の髪色、似合ってる?」


「似合ってるから、罪だって言ってるだよ」


「そっか。自信ついたよ、ありがとう」


 二コリと微笑み返すユミ。

 そんな中、鳴り渡った鐘のような大きな音。それは、エコーのようにこだまし続けた。

 夜中、ユミが目を覚ました時に聞こえた音とそれが、そっくりであったがために、


「ねぇ、コウ。この音なに? 夜中にも聞こえたけど」


 そうとさりげない質問をコウへと投げ掛けた。言霊を受けた彼の頬が妙に赤みがかっていたが、それもすぐに消えて、


「これで一つ、俺はお前のことを知れたな」


「ん? どういうこと?」


 冷静なコウの意図せぬ言葉。それにユミは皆目、見当もつかない。彼女の脳裏にはハテナしか、そこには浮かんで来なかった。


「『時の鐘』。――プラノじゃ、皆が知ってる、時間を告げる鐘の音だよ。今はちょうど、正午だね」


「そういうことだ。――これでお前は、生まれも育ちもプラノじゃないって分かった。ま、だからと言ってどうということはない。他所の国の者は皆驚くからな」


「そ、そうなんだ。初めて知ったよ」


 時間を告げる神社の鐘のようなものかと、ユミは思った。

 時間の感覚を知る術が乏しいのだと、それ故の知恵。そして、ユミの客室、寝室共々に設置のなかった時計が、それを裏付ける。


「そうだ。これを渡しとく。――時計、知ってるか?」


「え!? あ、あるの!?」


 ユミは驚きの声を上げてそれに反応する。コウの取り出した物に、目を奪われた。

 それは『懐中時計』――そう呼ぶべき物であった。金色の冷たそうな外面がまず目に飛び込む。そしてそこには、コウの剣と同じ紋章が彫られていた。


「あるのか――は、俺の質問の答えになってないが……流石にそこまで無知って訳じゃないな」


「え……う、うん。多少の知識ならあるよ。ちょっと偏ったものかもしれないけど、あはは」


 おどけながらの素振り――手を後頭部に当て、軽めの笑いでその場を凌ぐ。

 ユミの知識量は、至って普通。可もなく不可もない。最低限のモラルと、高校生の平均学力といったところか。それらが異世界で通用するかどうかは、定かではない。ただ言えるのは、

 ――――異世界の知識は未だ皆無。


「そうか。――これはユミにやるよ」


「い、いいの? 大事な物なんじゃ……」


 コウから差し出された懐中時計を、ユミは渋々受け取った。それは、受け取らされたといってもいい。

 ――――コウがユミの手を取り、その手のひらの中へと収めたのだから。


「いいんだ。時計なんて珍しくもないしな。俺のお古だが、そこは許せ」


 謙遜するユミなどお構いなしに話を進める。強引なコウに押しきられた結果、時を知る術を得る。


「ありがとう、コウ。大事に――」


 ――するよ。ユミはそう綴ろうとした。だが、コウの表情が一変していたがために、それを躊躇う。真剣な表情が横顔ながらも窺い知れる。

 コウの視線はユミから外されており、それが見つめるは廊下の一点。そこは曲がり角であった。

 ―――誰かいるのだろうか。


「……ユミ。兄さんがいる」


 ポツリと小さく呟いた言葉であったにも関わらず、それはいやに響いてユミを刺す。瞬時――コウの背中へと、彼女の体は咄嗟に隠れていた。


「……ごめん。まだ慣れなくて」


 呼吸は乱れ、心拍は止めどなく跳ね上がる。

 これもまた慣れなければならないこと。いや、ぶち壊すべき事柄だ。慣れる必要など皆無。このままでいいはずがない。


「いい。その謝りは聞かなかったことにしておく」


「やあ。弟よ。こんなところで会うとは、偶然だな」


 コウの施しの言葉の後、コツコツと足を立てながら、その人物は曲がり角から姿を現した。第一王子――『シギリ・ゼネリア』。その風格は紛れもなく大物。強大な存在感でその場を支配する。

 カイとアルメリア。二人はすぐに姿勢を正してそれを迎える。


「冗談はほどほどにしていただきたい、兄上。そこで待っていたではないですか」


「連れない奴だ、少しは乗れ。――アルメリア、外せ」


()()()。では()させていただき()()()


 シギリに対しても、アルメリアの反意はブレることなく綴られた。そして一礼のあと、彼女は下がって行く。ウサミミが揺れ動きながらに――。

 ユミの心は人知れず、アルメリアの言葉に勇気をもらっていた。ある意味、向かっていったとも取れる反意の言葉。可憐な女の子は勇気を見せたのだ。そう、ユミは受け取った。

 解釈の相違一つが生んだもの。言葉というものの多様性をここで見せつけた。


「――それで、一体どのような用件で? アルを外させるということは、彼女には聞かれたくない話なのは分かります。ですが、ユミにはいいのですか?」


「あぁ、構わん。むしろそのためにお前に仕事をやるのだ。ありがたく思えよコウ」


 コウへと近づいてシギリは資料のような紙切れを手渡す。距離に縮まりにより、ユミの視線は自然と彼と合った。見上げる形で――。


「コウから聞きました。その……あ、ありがとうございます。私なんかをお城に招いてくれまして……」


「私は許可を出しただけだ。招いたのは他でもない――こいつだ。感謝なら、コウに言え。――もしこれが必要になれば、いつでも取りに来るといい。君のためにもなる」


 シギリは去りながらに見せつけるは『指輪』。魔女フィアからユミがもらい受けた指輪だった。

 ――――いらない。

 そんな反論の言葉を、ユミは呑み込んだ。ここで――二人の前で魔女の話題には触れたくない。それだけに押し黙ることしかできなかった。

 魔女に見初められた者。などということは――。

 ただ一人――カイだけはその指輪とユミの反応を確かに目に焼き付けていた。


「兄上、何ですかそれは?」


「お前には関係ない」


 疑問のコウなど軽くあしらって、シギリの姿はだんだんと遠退いていく。そんな中、


「――言っておくが、『戦争』には触れるなよコウ、カイ、ユミ。特にあの二人はそのことで気を揉んでいるからな。任せたぞ」


 意味深な言葉を残し、その場の支配者は曲がり角へと消えていった。


「ユミ。悪いが予定変更だ。今すぐ、俺の部屋に行くぞ」


 その言葉に続くようにコウは方向転換。その面持ちは真剣なまま、歩みは早歩きと変わって進みだした。

 訳も分からずユミはそれに続く。カイも同様だが、その表情は相も変わらず冷静であり、


「何があったのですか、コウ殿下」


 ユミも聞きたかったことを瞬時に言葉に出すカイ。


「仕事を押し付けられた。それはいいんだ……いつものことだからな」


 コウは困惑していた。呆れながらに紡ぐ言葉の声色から、それ自体はいつものことなのだと察せれる。

 だがそれならば、カイが改めて問いただすのだろうか。側近ならば、押し付けられる仕事の内容、重大性、機密性などなどを考慮しても、ある程度は想定の範囲は心得ているはずだ。そして突如――ユミは感じ取った。その仕事が、自分にかかわることなのだと。


「――本当はこちらから場を作る予定だったが、事情が変わった。ユミ。いきなりで悪いが、心の準備をしておけ。さっそく大一番だ」


「……なるほど。それでアルを外させたの。流石はシギリ殿下、手回しが早いね」


 すぐ悟るカイ。少し遅れて、ユミも「う、うん」と考えをまとめ上げる。

 ――――ユミをよく思わない人物。

 そんな人物との接触が、半ば急転直下に差し迫っていた。その時間はあまりにも短く、気づいた時にはもう――コウの部屋の扉は開かれた。

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