二章 5夢 時の流れは速く、短く、とめどなく
――――広く、絢爛な廊下であった。
彫刻、絵画、燭台。などといった、城ならではの装飾達が目を引く。
まるで鏡のように光を反射する床。手入れの行き届きを感じさせる。
数多の窓々が、一定の間隔で明るさを演出。そこから差し込む自然光は、床と相容れ世界を照らす。
そんな廊下に目移りしながらも、ユミはコウの背中を着いて行く。
ユミの前を行く背中はもう一つ――カイだ。側近である彼女は、コウと並んで、話している。聞こえてくる内容から察するに、それは巡る順番の確認であろう。
もう一人――アルメリアはというと、
「ユミ様。被り物はいいです。礼に外れます」
ユミの隣に並んで、共に進む。通常営業のこどく繰り出される真逆の意に、少し悩みながらも、答えは出た。
フードを被っているユミだが当然、これは『失礼に当たる』。その事を言っているのであろう。立場上、客人とはいえ――だ。
「何となくは分かったけど……どうしても駄目?」
「いいです」
「ううっ、そ、そんな目で私を見ないで、アルちゃん」
無表情なアルメリアが放つ蔑みの目は、カイよりさらに冷たい。それだけに、その目によって発した痛みが、ユミをたじろがした。
「隠したってしょうがないぞユミ。さっきの勢いはどこに行った」
「わ、分かってるけどやっぱり少し、怖いっていうか……その……なんていうか……」
一行の歩みは止まった。ユミは深々とフードを前のめりに被り直す。
覚悟を決めたとはいえ――だ。初めてにはどうしても緊張感がつきまとう。その場、その場の緊張ならまだしも、これから先、頭上で赤く開く花に悩まされることは、既に確定している。まさか髪をバッサリ――というわけにもいかない。むしろ、そっちのほうがより目立つ。
アルメリア同様、慣れるにはまだ時が必要なのだ。それはユミの心以上に、その他の人々の反応も、また然り――。
「目に写るものだけが真実じゃない。そうだろ?」
コウはそう言いながら、ユミからフードを取り上げた。そして続ける。
「――それにな、ユミ。こんなにきれいな赤を隠しておくなんて、罪だろ? お前の赤と心で繋いで見せろ」
見上げるユミの双眸に写るは、微笑みの表情。それを作りし王子が、そこにはいた。
提示した二つ。赤髪と心。
赤髪というハンデ。それは異世界でも大きい。それでも――。
心という見えないもの。それを百パーセント伝えることは熾烈を極める。それでも――。
それでも――――繋いで、繋がって、ユミは今に至る。
「そうだよ……やるって決めたんだ。うん。――コウ! 私の髪色、似合ってる?」
「似合ってるから、罪だって言ってるだよ」
「そっか。自信ついたよ、ありがとう」
二コリと微笑み返すユミ。
そんな中、鳴り渡った鐘のような大きな音。それは、エコーのようにこだまし続けた。
夜中、ユミが目を覚ました時に聞こえた音とそれが、そっくりであったがために、
「ねぇ、コウ。この音なに? 夜中にも聞こえたけど」
そうとさりげない質問をコウへと投げ掛けた。言霊を受けた彼の頬が妙に赤みがかっていたが、それもすぐに消えて、
「これで一つ、俺はお前のことを知れたな」
「ん? どういうこと?」
冷静なコウの意図せぬ言葉。それにユミは皆目、見当もつかない。彼女の脳裏にはハテナしか、そこには浮かんで来なかった。
「『時の鐘』。――プラノじゃ、皆が知ってる、時間を告げる鐘の音だよ。今はちょうど、正午だね」
「そういうことだ。――これでお前は、生まれも育ちもプラノじゃないって分かった。ま、だからと言ってどうということはない。他所の国の者は皆驚くからな」
「そ、そうなんだ。初めて知ったよ」
時間を告げる神社の鐘のようなものかと、ユミは思った。
時間の感覚を知る術が乏しいのだと、それ故の知恵。そして、ユミの客室、寝室共々に設置のなかった時計が、それを裏付ける。
「そうだ。これを渡しとく。――時計、知ってるか?」
「え!? あ、あるの!?」
ユミは驚きの声を上げてそれに反応する。コウの取り出した物に、目を奪われた。
それは『懐中時計』――そう呼ぶべき物であった。金色の冷たそうな外面がまず目に飛び込む。そしてそこには、コウの剣と同じ紋章が彫られていた。
「あるのか――は、俺の質問の答えになってないが……流石にそこまで無知って訳じゃないな」
「え……う、うん。多少の知識ならあるよ。ちょっと偏ったものかもしれないけど、あはは」
おどけながらの素振り――手を後頭部に当て、軽めの笑いでその場を凌ぐ。
ユミの知識量は、至って普通。可もなく不可もない。最低限のモラルと、高校生の平均学力といったところか。それらが異世界で通用するかどうかは、定かではない。ただ言えるのは、
――――異世界の知識は未だ皆無。
「そうか。――これはユミにやるよ」
「い、いいの? 大事な物なんじゃ……」
コウから差し出された懐中時計を、ユミは渋々受け取った。それは、受け取らされたといってもいい。
――――コウがユミの手を取り、その手のひらの中へと収めたのだから。
「いいんだ。時計なんて珍しくもないしな。俺のお古だが、そこは許せ」
謙遜するユミなどお構いなしに話を進める。強引なコウに押しきられた結果、時を知る術を得る。
「ありがとう、コウ。大事に――」
――するよ。ユミはそう綴ろうとした。だが、コウの表情が一変していたがために、それを躊躇う。真剣な表情が横顔ながらも窺い知れる。
コウの視線はユミから外されており、それが見つめるは廊下の一点。そこは曲がり角であった。
―――誰かいるのだろうか。
「……ユミ。兄さんがいる」
ポツリと小さく呟いた言葉であったにも関わらず、それはいやに響いてユミを刺す。瞬時――コウの背中へと、彼女の体は咄嗟に隠れていた。
「……ごめん。まだ慣れなくて」
呼吸は乱れ、心拍は止めどなく跳ね上がる。
これもまた慣れなければならないこと。いや、ぶち壊すべき事柄だ。慣れる必要など皆無。このままでいいはずがない。
「いい。その謝りは聞かなかったことにしておく」
「やあ。弟よ。こんなところで会うとは、偶然だな」
コウの施しの言葉の後、コツコツと足を立てながら、その人物は曲がり角から姿を現した。第一王子――『シギリ・ゼネリア』。その風格は紛れもなく大物。強大な存在感でその場を支配する。
カイとアルメリア。二人はすぐに姿勢を正してそれを迎える。
「冗談はほどほどにしていただきたい、兄上。そこで待っていたではないですか」
「連れない奴だ、少しは乗れ。――アルメリア、外せ」
「いいえ。では礼させていただきません」
シギリに対しても、アルメリアの反意はブレることなく綴られた。そして一礼のあと、彼女は下がって行く。ウサミミが揺れ動きながらに――。
ユミの心は人知れず、アルメリアの言葉に勇気をもらっていた。ある意味、向かっていったとも取れる反意の言葉。可憐な女の子は勇気を見せたのだ。そう、ユミは受け取った。
解釈の相違一つが生んだもの。言葉というものの多様性をここで見せつけた。
「――それで、一体どのような用件で? アルを外させるということは、彼女には聞かれたくない話なのは分かります。ですが、ユミにはいいのですか?」
「あぁ、構わん。むしろそのためにお前に仕事をやるのだ。ありがたく思えよコウ」
コウへと近づいてシギリは資料のような紙切れを手渡す。距離に縮まりにより、ユミの視線は自然と彼と合った。見上げる形で――。
「コウから聞きました。その……あ、ありがとうございます。私なんかをお城に招いてくれまして……」
「私は許可を出しただけだ。招いたのは他でもない――こいつだ。感謝なら、コウに言え。――もしこれが必要になれば、いつでも取りに来るといい。君のためにもなる」
シギリは去りながらに見せつけるは『指輪』。魔女フィアからユミがもらい受けた指輪だった。
――――いらない。
そんな反論の言葉を、ユミは呑み込んだ。ここで――二人の前で魔女の話題には触れたくない。それだけに押し黙ることしかできなかった。
魔女に見初められた者。などということは――。
ただ一人――カイだけはその指輪とユミの反応を確かに目に焼き付けていた。
「兄上、何ですかそれは?」
「お前には関係ない」
疑問のコウなど軽くあしらって、シギリの姿はだんだんと遠退いていく。そんな中、
「――言っておくが、『戦争』には触れるなよコウ、カイ、ユミ。特にあの二人はそのことで気を揉んでいるからな。任せたぞ」
意味深な言葉を残し、その場の支配者は曲がり角へと消えていった。
「ユミ。悪いが予定変更だ。今すぐ、俺の部屋に行くぞ」
その言葉に続くようにコウは方向転換。その面持ちは真剣なまま、歩みは早歩きと変わって進みだした。
訳も分からずユミはそれに続く。カイも同様だが、その表情は相も変わらず冷静であり、
「何があったのですか、コウ殿下」
ユミも聞きたかったことを瞬時に言葉に出すカイ。
「仕事を押し付けられた。それはいいんだ……いつものことだからな」
コウは困惑していた。呆れながらに紡ぐ言葉の声色から、それ自体はいつものことなのだと察せれる。
だがそれならば、カイが改めて問いただすのだろうか。側近ならば、押し付けられる仕事の内容、重大性、機密性などなどを考慮しても、ある程度は想定の範囲は心得ているはずだ。そして突如――ユミは感じ取った。その仕事が、自分にかかわることなのだと。
「――本当はこちらから場を作る予定だったが、事情が変わった。ユミ。いきなりで悪いが、心の準備をしておけ。さっそく大一番だ」
「……なるほど。それでアルを外させたの。流石はシギリ殿下、手回しが早いね」
すぐ悟るカイ。少し遅れて、ユミも「う、うん」と考えをまとめ上げる。
――――ユミをよく思わない人物。
そんな人物との接触が、半ば急転直下に差し迫っていた。その時間はあまりにも短く、気づいた時にはもう――コウの部屋の扉は開かれた。




