二章 4夢 バッドコミュニケーション
朝食は、ユミの予見していたとおり豪華絢爛であった。『米』などの和食というより、『パン』などの洋食の部類にそれらは振り分けられる。
異世界らしいといえば、異世界らしいのか、並べられた一つ一つに、「これはなに?」と質問するユミだったが、返ってきた答えは、聞きなれない名前の数々であった。
異世界では馬の役割が魔獣なのだ。生態系が違うのも分かる。それでも、一つも知った名前が出てこなかったのは、予想外。
ただ、それはそれとしても、朝食がとても美味しかったのは、いうまでもない。
今やユミ一人になった客室。談笑の飛び交った朝食の時間も終わり、コウとカイは、書類仕事のためだと、部屋を後にした。アルメリアは朝食の片付けのために、部屋を出ている。
異世界の勉強。それは、歴史から文字まで様々。そして、立ち位置の形成と、課題が山積みのユミは、休憩がてらにソファーに横向きに倒れた。
「……仲を深める、かぁ」
『一先ず俺たちは執務室に戻る。自由にしてて構わないが、まずはアルと仲を深めるっていうのはどうだ?』
食事を終え、小休憩中に放ったコウの言葉を思い出す。その任務はユミにとっても成したいことの一つ。アルメリアとの親睦のためにもまずは、
「アルメリア。アルメリアさん? アル。アルちゃん! アルさん……」
呼び名を決める。
体を起き上がらせて、声色を変幻自在に操作。だが、どれもしっくりくるものがない。強いて上げるとするならば、『アルちゃん』。それが一番しっくりとくる。可愛らしい面持ちと、ウサミミをもつ『亜人』。妹にしたくなるほど可憐な娘である。
「アルちゃん……は、馴れ馴れしいかな?」
「はい」
客室の扉の前で佇むアルメリアの声に、ユミは動揺を隠せなかった。「わぁー」と、情けない悲鳴を上げる。
「あ、アルちゃん……い、いつの間に」
「返事がしましたので勝手ながらに……よかったでしたか?」
問いかけてきたアルメリアに、「……う、うん。よかったよ」と、ユミは一か八かにそう答えた。
一対一。話し始めて、それは初めて分かった。
――――勝手が違う。
意思疎通の概念が全く通用しない相手。思考がまったくといっていいほど、追い付かない。
どこからどこまでが相していて、どこからどこまでが反しているのか、それが分からない。分かったところで、また新たに追加される。まるで波のように――それを見事に喰らったユミ。だからこそ、一か八かの賭けをもう打った。
言葉の暴力とはよく言ったものだ。それは間接的にも、直接的にも脳を活性化させる。
コウとカイは、日常会話のようにアルメリアとラリーをしていた。ユミがその域に達するのは果たしていつになるのか。
一か八かのユミの一発に「そうですか」と、淡白のない声と無表情でアルメリアはそう綴る。ただそれは、いい意味の『そうですか』に、ユミには聞こえていた。
「あ、アルちゃん? 座って少し話さない?」
「いいえ。では、お言葉に辛えさせていただきます」
「か、からえ? ……あっ! 甘えって意味ね」
「いいえ。間違いです」
「……その間違いは、どっちの意味でしょうか?」
「……ユミ様の仰る意味が理解できます」
「……あぇ? ――もう、わっかんないよ~」
ユミは赤を掻きながらに項垂れた。既に満身創痍。見えない傷跡が、あっちにもこっちにも――投げ出しそうになる。
「ダメだ、ダメだ。もっとしっかりしろ、私――いや、ユミ! こんなところで逃げてどうするのよ。要は慣れよ。毎日聞けば慣れる。うん! 絶対そう。私の適応力に賭けた。頑張れ未来の私!」
郷に入れば郷に従え。
もうユミは異世界人なのだ。ならば、ここでの順風満帆な生活のためにも、これは乗り越える壁の一つにすぎない。
そんなユミを他所に、アルメリアは彼女の向かいのソファーへと腰かけていた。
今のは単なる会話劇。ただし、端から見たそれは少しばかり特殊な会話劇。正常なる者と、異常なる者。どちらが異常なのかは、一人一人の受け取りかた次第であるが――。
「私は呼び名に固執します。ユミ様の嫌いなように、お呼びください」
「う~ん。それって、好きに呼んでいいってこと……だよね?」
「いいえ」
「……オッケー。じゃあ、これからよろしくねアルちゃん」
「よろしくです。ユミ様」
立ち上がり、アルメリアへと手を伸ばしたユミ。彼女も立ち上がり、その手を取る。
交わされた二人の握手。彼女たちの関係の始まりを意味した。そんな中、ユミはまた一つ、アルメリアのことを知った。
冷たい手の持ち主であるということを――。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『はい』が『いいえ』。『いいえ』が『はい』。この先、その反した意の言葉が最も多く使われるはずだと、ユミは思った。そして、その解釈はおそらく合っている。場面場面で使われた言葉のため、これだけはいち早く対応できた。だが、心が疼いてしまう。
先程の理論に当てはめると、アルメリアの『肯定』は『否定』となり、それらは対となる。つまり、アウトはセーフ。可は不可のように。
――――夢は現実。
これは現実なのだ。
普段何気なく交わす会話が、いかに優れたコミュニケーションツールなのかがよく分かる。お互いが言葉の意を理解し、伝え合う。
言葉という概念を形成した人間をユミは恨んだ。それでも、言葉は『繋ぐ』役割には欠かせない。
頭はパンク寸前。今にも煙を吹き出してもおかしくはないほど、すり減っている。だが、その犠牲の甲斐あって、ユミはアルメリアと仲良くなった。好感度『五』程度のものだが、いつか彼女の笑顔を見る日を夢見て――。
――――トントン
と、その前置きのノックすら、ユミには届いていなかった。上面だけはまだ生きているが、それ以外は既に死んでいる。まるで抜け殻。上の空で、今にも魂が口から抜けていきそうだ。
すぐに気づいたアルメリアはそれに対応を見せた。もちろん、訪ねてきた人物への対応。彼女にとってユミとの会話は日常会話と変わらないのだから――。
「……どうもです。コウ王子、カイ様。ユミ様にご用で?」
「ようアル。ユミは……って、それどころじゃなさそうだな……」
「倒れてないだけ、殿下よりはよくやってるよ。――限界に近いみたいだけど」
コウとカイ――二人の声に、ユミの首が動きを見せた。徐に三人の方角を見やる。
「……コ、ウ? もうそんな時間なの?」
虚ろな声と目のユミに、コウはすぐに彼女へと歩み寄った。
「戻ってこいユミ」
ユミと目線を合わせるように屈み、彼女の頬へと手を当て、優しく語りかける。そしてゆっくりと頬を撫でる。サイドの赤髪がそれに合わせてなびきを見せる。
コウの温もりのある手の感覚が、ユミを呼び覚ます。
「ありがとう、コウ。戻った」
「今回は謝んなかったな、ユミ」
生気ある元の顔色に、ユミは戻った。微笑んでそう綴ったコウの言葉――それも含めた彼の全てがよく響く。それだけに、
「こ、コウ。もう大丈夫だから……その」
うつむいて、抑えきれない紅潮を何とか隠そうと努力する。その原因の一手をそれとなく伝える。
「――わ、悪い。勝手に触れたりして……許してくれ」
コウはすぐに察して、その手を離す。そして謝った――その瞬間に、ユミのチョップが彼を襲った。「いでっ」と、振り落とされたその一撃に、自然とその声は漏れ出していた。
「お返し。これで一対一だね」
「……お前、根に持ってたのか?」
「コウ殿下と交わしました、約束事ですから」
改まった口調のユミに、カイは笑いを覗かせていた。それは、どちらかと言えばコウに対する嘲笑に近い。
「ふふふ、一本取られたみたいだね、コウ殿下」
「ユミ様。王子に暴力は良いです」
アルメリアは注意を促す。それは、どこぞの天才を彷彿とさせる言葉だが、その意味は『駄目』ということ。誰も気にしていないのは、その意を理解しているから。もちろんそれはユミも同じ。
「お前のそれが出れば多分大丈夫だろう。――さぁ、行くか」
コウは立ち上がり、手をユミへと差し伸ばした。その手は彼女の手と繋がり、確かに温もりを伝えあった。
また新たな始まりの鐘が鳴る。
部屋を後にしたユミの最初に飛び込んできた光景は――。




