二章 3夢 立ち位置
ユミの客人としての部屋。
二つある部屋のうち、一つを『寝室』。もう一つの部屋に名前をつけるなら、『客室』というのがしっくり来る。
頭を抱えて項垂れたユミだが、それはゆっくり上がりを見せてコウと目が合う。申し訳なさそうな表情で待っていた。
アルメリアの不可解な性格を受け入れつつも、慣れるまでには時間が掛かりそうだと、改めて思う。言葉の意が反転しているというのは、あまりにも突拍子もなくて――。
「……ねぇ、コウ。『ジジョ』ってなに?」
聞きなれない言葉ついて問いかける。コウの意図から次女――姉とか妹とかのそっちの意ではないのは分かる。それはアルメリアの態度からも垣間見えていた。兄妹――姉弟であの主従関係のような態度は流石にあり得ない。
「侍女っていうのは、身の回りの世話する仕事につく者の名称だ」
『侍女』。
基本的に、女主人を補佐するのが仕事である。
メイドや女中とは一線を画す。雇用という点では、それらと同じであるが、ある程度の地位が与えられている。
「と言っても、アルは女中の仕事もできるから、そこは心配しなくていい」
「そうなんだ。一人で何役もこなせるってこと?」
「そう思ってくれればいい。他の侍女や女中との兼ね合い――って訳じゃないが……」
「……何か隠してない? コウ」
言葉を詰まらせたコウに、ユミは詰め寄った。ドキンと反応したのが、それを裏付ける。
侍女と女中。その両方を兼ね備えた少女がアルメリア。彼女一人ならば、何人もの手を煩わせなくていいという判断なのだろう。それだけ、優秀だということも、コウが指名するほどだ――その信用度は高い。だが、一人なら当然、負担がのし掛かるのもまた事実。
アルメリアはまだ少女。見た目は十二、三歳ほど。決め手が何であれ、裏があるのだとすればユミには具合が悪い。
コウ達を信頼しているだけに、隠させるのは嫌なのだ。
「……何も隠してない」
「ウソ。なら、こっち向いてそう言ってよ」
「俺は外が見たいだけだ」
「そっちはベッドしかないよ。――寝ぼけてるの?」
「……ぶっ。はっははは。何だ、その解釈は」
畳み掛けるラリー応酬も、コウの吹き出しにより、それは終わりを告げた。そっぽを向いてうつ向く彼は、片手で顔を覆っている。今もなを笑いを堪えようと必死だが、微かに笑い声は漏れ出ている。ピクリ、ピクリと体は笑いの反応で震えている。
――――そんなに笑うとこ!?
ユミは呆れながら、それが収まるのを待つしかなかった。だが、自然とその時間は悪くない。
コウが笑っているのだから――。
「その……なんだ……悪い。別に笑うつもりはなかった」
冷静さを取り戻したコウの第一声は、謝罪から始まった。若干、顔を火照らせて――それは羞恥の心を表すには十分。「変なツボでも、持ってるの?」と、ユミのからかいの油がそそがれて、新たな火照りとなって、コウに現れた。
「――ゴホン。ま、まぁ、俺のことはいい。ユミの言うとおりだが、アルをお前につけるのにはちょっと理由がある」
咳払いで火照りを静め、これから真面目な話だと場の空気は変化した。ユミも、背筋を伸ばして聞き入る準備を整える。
「……お前には何の非もない。それだけは最初にいっておく」
落ちた声色で、コウは前置きというなの確認をしだした。これから綴る言葉が、ユミにとって何ら問題がないこと。だが、避けては通れない、ということを意味している。
ユミは首を縦に振って、身構える。前置きをするほどのことだ。否が応でも構えてしまう。
自分の立ち位置を履き違えてはならない。第二王子の客人といえど、身分もない。位もない。教養もない。
――――自分には何もないということを。
「酷な話をするが、ユミのその髪色は目立つ。城で生活する以上、それはすぐに広まる。――まさか、ずっと部屋で生活するなんていうのは、嫌だろ?」
「うん。そこまでするなら、出ていくよ」
あてはないが、異世界で引きこもっていてどうするのか。そこまで面倒をかけるつもりはない。
乗り越えればいいだけのこと。壁は高いが、今は一人じゃない。
「出ていかれるのは困る。まだ何も返せていないし、『約束』もあるからな」
「具体的に、コウはどうすれば『甘えて』くれるの?」
「うーん。それは難しい質問だなぁ。俺はまだ、ユミのこと全然知らないし、ユミも俺のこと全然知らないだろ? ――『約束』はまだ先だな」
「そだね。――ごめん。話の腰折った」
「別に構わんが一つだけ、改めて腰を折るが――謝るな。俺は何回お前から、ごめんを聞けばいい」
コウの要請に、「ご……」と羅列しそうになった口を、手で覆ってそれを防いだ。「……ぶっ」とそれを見て、またコウは笑う。だが、それも瞬時に治まり、話は続けられた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
一通りの説明され、ユミの心は激しく波打つ。
苦しさに苛まれながらも、表にそれは出さずに、
「……分かった。私やってみせる」
コウへとはっきりとそう伝える。穏やかな表情に変化した彼は、「俺もできる限り、お前といる」と、微笑んだ。
予想していたこと。考えればすぐに分かること。いずれはばれること。
『赤髪』を持つ、得体の知れない客人。それをよく思わない人物が、王城の中にいる。だから、納得させるしかない。
波打つ心をゆっくりと、深い呼吸一つで静めて、
「コウって朝食まだ?」
自然体で朝食へとお誘いする。いつの間にか、準備している音が途絶えている。と、いうことは――トントンと、ユミの背後で、扉の奏でられた音が鳴り渡り出した。
「コウ王子、ユミ様。夕食のお時間です」
アルメリアの現在の時刻と相反する言葉に、「は、はい!」と、振り返って反応はするが、ワンテンポ遅れて今しがたそれを理解した。――朝食だと。
「これ、昼食だったらどうなるの?」
「確か、昼食は昼食だったかな。――これから何回も聞くことになる。行くか」
「そうだね。どんな料理か楽しみだよ」
それぞれ立ち上がり、客室を目指して歩み行く――といっても、振り返ればもう扉。歩み行くほど距離はない。
「足は平気か?」
「大丈夫。お陰さまで、すっかりこのとおり――わぁ!?」
「――ユミ!」
コウへと足の心配などないと言わんばかりに、クルリと半回転。振り返って見せるが、勢い余って足がもつれる。
――――床へとこんにちは……。
などという思考は、瞬く間に消えた。何故なら、駆けたコウによってユミは包容されたのだから。
コウの全てが近い。鼓動が聞こえる。匂いがする。
――――近い。近い近い近い。
「ご、ごごご、ごめんコウ」
紅潮したユミは慌てながらに、その包容から離れた。見上げることができず、目を背けていると――バシッと、頭にチョップが下された。
「な、何するの!?」
赤いものはそれ一つで、見事に冷めた。ずきずきと軽く頭が痛む中、見上げると、コウは笑みを浮かべていた。
「謝るな。――忘れたか?」
「さっきのとは意味が違う。迷惑掛けたら謝るのが普通じゃないの?」
「真面目か、お前は! ……まぁ、そこはいい。だが、無茶だけはするな。これだけは、忘れないでくれ。いいな!」
コウの忠告に、「わ、分かった」とまた新たな事柄を心に残す。
迷惑掛けっぱなしという事実。これから始まる王城生活でも、それは止められないだろう。
コウが甘える日はいつになるのやらと、ユミは包容をほどいたことを少し後悔していた。




