二章 1夢 夢物語の始まり始まり
『柊夢美』、十七才。現代日本の高校に通う、花の女子高生――だったが、昨今の彼女は、普通の高校生活とは無縁の時を過ごしていた。彼女だけが知り、彼女だけが体験し、彼女だけが味わった。たった一日の出来事。その幕は既に下りて、そしてまた新たな幕が上がる。
――――夢は再生する。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……んー。ん……」
ハッとした目覚めとは程遠く、気だるげにユミは唸る。未だに目は開かれず、挙げ句毛布で身をスッポリと隠した。
二度寝の代償を知りつつも、それは最高の時間なのだ。あと五分――あと十分――。
――――一時間後。
「……んー……ここは……」
半覚醒状態で、声は寝ぼけている。最高を味わったがために、体は重い。それは、寝過ぎから来るものであると分かる。
――――いったい、どれだけ寝ていたのか。
だるいながらも体を起こし、瞼に光を差し込ませる。ぼやけて見えるその光景を手で擦り、クリアにする。
窓から差し込む光が、その全貌に色を持たせていた。
奥行きのある立派な部屋だった。まるで最上級ホテルの一室。
見慣れない天井。肌触りのいい生地。心地よい布団。デジャブのように、それをもう一度感じる。だが、何度経験してもそれらは良いものであった。
部屋の一角に飾られている花も、花瓶もまた、良いものである。
――――雰囲気がね。
緑の大地でもなく、使い慣れた寝台の上でもない。ここは、新たな場所。第三の場所で目を覚ました。
「……いたっ! ――やっぱり、夢……じゃない」
頬をつねる、いつものやり方で確認する。それに伴う『痛み』はよく知っている。幾度となくこの世界で味わったものだけに、その信憑性は高い。
柊夢美は、『ユミ・ヒイラギ』としてこの世界――『異世界』で、生きることと相成りましたことを、ここにご報告します。
改めてこの場所を隈無く確認する。
まずユミの目に飛び込むは、巨大なベッド。キングサイズはあろうか。足を目一杯伸ばしてもまだ余裕。白いシーツが敷かれ、ふかふかである。
窓辺に近く設置されており、太陽光がカーテンから木漏れ日のように差し込む。
見るからに高級そうな赤い絨毯が床に敷かれており、幾何学模様が目を引く。
「ふわぁ~……んっ? 靴……?」
ベッドから乗り出すと、床には見に覚えのない靴が置かれている。ブーツと呼べるものに近く、茶色のそれを一先ず履いてみる。
素足のままに入れたために、感触は悪い。が、ぴったりであった。
優雅な水色のネグリジェと共に、それを引き連れて、ユミは部屋を散策する。
「タンスに、イスとテーブル……絵画まであるなんて……やっぱり城って凄い」
部屋に備え付けられている雑貨類を見て回りながら、感心の言葉を口に出す。
城。城内にいるこの状況が、未だに信じられない。あり得ない。寝ぼけているからではない。既に覚醒している。
『プラノ王国』、第二王子――『コウ・ゼネリア』を救い、戦争を止めた。その実感が、今ようやく襲ってきた。
――――やったんだ……私。
その場に膝を抱え、丸くなる。手はグッと握りしめてその喜びを表す。
見返りとして受け取ったのが、コウの『客人』という立場。受け取る代わりに約束として、『甘える』という条件を彼へと付属させた。
ただでそんな立場をもらい受けたくはなかった。何故なら、
「……やっぱり、戻ってない。はぁ……」
その物珍しさで、コウに迷惑をかけたくないからだ。
窓辺へと外の景色を堪能するためにカーテンを開けると、反射する自分の姿――主に髪にため息が漏れる。
寝癖によって跳ねた短髪。日輪によってその髪色は、輝きを増していた。
「……何で、赤いんだろ」
『赤髪』。
異世界では珍しいとされる赤い髪。まるでリンゴのような光沢のある赤を、ユミは持っている。持たされている。それだけは未だに謎。
「似合わないなぁ……ほんと」
ユミは自分の髪をこねくり回す。ファンタジーの住人なら似合うのだろう。その世界へと誘われた迷い人である彼女は、生粋の日本人だ。異世界の住人ではない。
ユミの眼前。窓の外には、中庭らしき場所が広がっている。緑の芝が整えられ、花が咲き誇り、木々が佇む。りっぱな中庭。手入れの抜かりは感じさせない。
「流石はお城って言ったところ。うんうん。憧れるよ。こういう贅沢な生活するのって……複雑だよ! 嬉しいけどさぁ……どうしよう」
心配事は尽きないが、一つ。言えるのは、
――――似つかわしくない。
それに尽きる。
「……ユミ? 起きてるの?」
扉の向こうから、凛とした声色が聞こえる。「あっ……はい! 起きてます」と、釣られるようにユミは声を上げる。
ガチャリと、ドアノブが回され、扉が開かれる。
「おはようユミ。――また随分遅い起床だね」
「おはようございます『カイ』さん。――すみません、そんなに寝てましたか?」
後頭部に手を当てて、おどけながらにそう答える。
現れたのは、『カイ・スレミア』。第二王子の『側近』だ。
「寝てた、寝てた。丸一日。とりあえず着替えようか」
「私、服ないですよ?」
「いいから! 着替えるの!」
「……えっ? えええ!? ちょっと待ってー!?」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
カジュアルな服装だった。
ボタンで止めるタイプの長袖の上着。気を使ってくれたのか、それにはフードがついている。
膝丈までのスカート。足を覆い隠す靴下。
基本的な色使いは、白、黒、茶色。ぬくもりを感じさせる色合いだ。
「似合ってるよ、ユミ」
「そ、そうですか? ――何か、実感します。ファンタジーの一員にようやくなったような気が」
化粧台の前で、イスに腰掛けながらユミは、自分の姿を再確認の真っ只中。櫛を使って、髪をとかしてくれるカイを見ながらに――。
「……何、言ってるの?」
「いえ、一人言ですのでお気になさらず」
「そう。はい、終わったよ」
カイの言葉と行為に、「ありがとうございます」と鏡に写る彼女へと、感謝を綴る。
跳ねていた髪は、きれいに元通り。これで、準備は完了だ。
外観だけはファンタジーに染まるユミ。だが、内観はというと、からっきし。でも、それでいい。ここから始まるのだから。それを少しずつ埋めて行く。その時間は既に動いている。
「じゃ、行こうかユミ」
「は、はい」
カイにの背を追うように、それに続く。
――――どこにいくのだろうか。
――――何が待っているのだろうか。
――――この先に広がる景色はいったい……。
期待と不安とが入り交じる中、扉は開かれた。
夢戻リダイアル。第二章に突入です。
二章から、20時過ぎの更新。二日おきで頑張ります。




