一章 終夢 夢の中の夢へ
城内の一つの部屋では今、王家の二人が対峙していた。
第一王子――『シギリ』。そしてその弟、第二王子――『コウ』。
城に到着するや否や、ユミをカイへと託し、コウはシギリへと謁見を要求した。そしてそれはあっさりと受け入れられた。
白を基調とした一室。いわば応接室。
ここは、ユミとシギリが最初に出会った場所。しかし、その事を誰も知らない。彼女の記憶にしかそれはない。『リダイアル』しているのだから――。
「――あの娘を『客人』として迎える……そう言ったのか、コウ」
シギリは窓を背に、腕を組んで浮かない表情。コウの要求した内容が気にくわないご様子。
第二王子という位であっても、わがままは許されない。ことがことだ。客人が悪いというわけではない。『ユミ・ヒイラギ』という人物が謎に包まれすぎている。
「はい! 兄上」
それでもコウは、立ち向かう。怯むことなく――双眸を逸らすことなく、そうだと伝える。
何としても許可が必要なのだ。シギリの――全権を握る人物の許可が。建前上避けては通れない。それに、いずれは露見する。あの少女が持つものは、それだけ目を引く存在感がある。
「そこまでして、あの娘に入れ込む所以はなんだ?」
「救ってもらった。ただ、それだけです」
「ふっ、それだけで『客人』扱いしろ、か。大層なものを与えるのだなお前は。なら、私にはどんな位を提示する。それ相応の物であるよな? コウ」
「……私から兄上に?」
「ははは、冗談に決まっているだろう。そんなアホ面を向けるな」
あっけらかんとしたコウの表情に、嘲笑でそれを返すシギリ。
「……っ、私は冗談で言っているのでは――」
「そんなことは分かり切っている。――別に構わん。好きにしろ」
「――!! 本当ですか!?」
コウの要求をすんなりと通った。シギリのそれが嘘ではないと分かるのは、伊達にも弟を――第二王子を務めてはいない。
冗談は多いが、それはあくまでも遊び。真剣な頼み事にはそれ相応の態度を示す。それが今出ているのだ。
「あれは目立つぞ。城の者達はどう思うか、楽しみだな」
向かい合うコウへと近づき、すれ違いざまにそう言う。それは嫌味でしかない。ただ、事実でもある。あの『赤髪』は、その一つで毒にも薬にもなり得るからだ。
部屋を後にしようとするシギリへとコウは振り返り、
「赤は良いものですよ、兄上」
「……なら、大事にするといい。たとえそれが、お前の嫌いな『魔女』なりうる者であってもな」
「どういう――」
コウの反応を待たずに、シギリは部屋を後にした。
一人のその部屋に残され、その意味に思考を回すが、その真意が読み取れない。
ユミからは魔女の匂いはしていない。それなのに――。
「兄さんは何か知ってるのか……ユミの秘密を」
心に深いわだかまりができてしまった。
ユミの城の自由と引き換えに手に入れたものは、新たな疑念。それを抱えながらに、コウもその部屋を後にする。
「なんだ、この気持ちは……俺、兄さんに嫉妬してんのか」
コウの心に刺さる、彼女の言葉と笑顔と心。思い返すだけで、押し寄せてくるものがある。赤になってしまう。
そんな初めて感じるもやもやに戸惑いながらも、すれ違う女中や兵には平静を装う。
目指す先は一つ。その原因――赤を持つ人物の場所へと、足は進んでいた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『異世界』という、常識ではあり得ない世界。
『リダイアル』という、あり得ない現象。
『赤髪』という、あり得ない――これだけはあり得る。
柊夢美――ヒイラギ・ユミは、異世界で自分の『夢』を一つ叶えた。それは、戦争を止めるという壮大なものだ。
取り柄はない。右も左も分からない。宛さえなかった。それでも彼女は、『赤い糸』を架けた。それを紡いで、今に至る。
「……んっ。あれっ……」
「……あっ、起きた? ユミ」
見慣れない天井。肌触りのいい生地。心地よい布団。
何もかもが新鮮な感覚。半覚醒ながらもそれは理解できた。そして、
――――あっ……寝ちゃったんだ。
と、襲われた闇の正体も理解した。
一つ、聞き覚えのある声を感じ取り、眼を擦りながらに体を起こす。
「おはよう……ございます。『カイ』さん」
淡い光がランプから発光し、広い寝室を照らす。
ユミの傍らにいる金髪の、凛とした女性――カイの姿を確認できて、挨拶を繰り出した。
「随分遅いおはようだね。待ってて、今、水持ってくるから」
「あ、ありがとうございます」
カイはそう言って、寝台横で腰かけていたイスから立ち上がった。その背中を眺めながら、ユミは五W一Hを確認する。
いつ――異世界。夜。
どこで――寝台。
だれが――ユミ。
なにを――目覚めて。
なぜ――疲労困憊と、『安堵のために。
どのように――運ばれた。
つまりは、異世界の夜更けに、寝台でユミは目を覚ました。疲労困憊と安堵に押し潰されて、カイによって運ばれた。
「……だと思う」
そう結論付けた。完全なる答えとは言いがたいが、目に飛び込む情報ではこれが限界。
「何が?」
「うやぁ!?」
一人、思考を回していたところにカイからの不意打ちを食らう。彼女の片手には、丸みを帯びた円柱形の透明グラス。取っての類いはない。
液体が半分やや上ほどに注がれている。
「別にいいけど。――はいこれ」
「す、すみませんカイさん」
カイからグラスを両手で受け取り、ゆっくりそれを流し込む。
全身を隈無く巡るその冷感に、「はぁ~」とホッと一息が漏れる。
「何ともない? 一応、治療師に診てもらったけど」
「な、何ともないです。いきなり倒れちゃって、その……すみません。それに、私なんかのために……服まで」
肌触りのいい生地の正体は、服装だ。水色のパジャマは、優雅なネグリジェへと変化していた。
いつの間にか、着替えさせられている。
「フフッ、似合ってるよ。私のだけど、丁度いいみたいね」
「か、かかか、カイさんの!? それで、こんなにいい匂いが……」
「……気色悪い」
どストレートにその言葉はユミを突き刺す。蔑まれ、冷淡なその双眸は、痛いものを見るかのように細くなっている。「じょ、冗談。冗談ですから~」と、慌てて訂正する彼女に、カイはまた笑みを溢した。
「一先ず、無事で何より。今日はもう遅いし、明日ゆっくり説明するから。眠れないかもしれないけど、横になって」
カイから差し伸ばされた手に、ユミは空になったグラスを明け渡した。そして、促されるままに仰向けに倒れる。
大きなベッド。キングサイズはあろうかというベッドを一人で使っているという事実が、改めてユミを包む。
「あ、あの……コウは?」
カイの方へと体を向けて、その人物――王子の名を出す。
少しでも情報が欲しかった。コウのことが気になる。気になって仕方ない。
「もう寝てるんじゃない?」
「そ、そうですよね……」
冷静に返してきたカイの答えは、ユミの欲しいものではない。
呆気なくかわされて、その言葉の意味は「もう寝ろ」ということだろう――答えてくれる雰囲気はない。カイの影は段々と遠退いて行く。そんな中、
「コウ殿下はユミのこと、心配してたよ」
その言葉に、ユミはもう一度起き上がってカイを見た。その後ろ姿に偽りは感じ取れない。それだけで、ユミの心は安らいだ。それだけで、熟睡できそうな気がした。
「だから、今はゆっくり休んで。――何かあったら呼んで。隣にいるから」
「はい。おやすみなさい、カイさん」
「お休み、ユミ」
その挨拶を最後に、ユミは闇にスッと入っていけた。
広い部屋。優雅な服。豪華な寝台。不自由とは無縁の――『客人』として扱われているのだと、そう噛み締めながらに。
――――ゴーン。という、鐘のような音が響くのを最後に聞き得た。
何の音だろうか。そんな思考も今はもう夢の中へと――。




